弟たちが会いに来ました
伏線を回収しに来ました。
「絶対にダメだから」
「ですが炎帝陛下、彼らは美麗様の……」
「ダメって言ったらダメだよ。肉親でも生物上は男だ」
「炎帝陛下、それではあまりにも美麗様が……」
「彼女の家族は僕だけで十分。そいつらにはさっさと帰ってもらって。美麗には知らせるなよ」
必死な様子の王さんに対して、睿様の態度は取り付く島もない。
ちょうど睿様に会いに執務室へ向かおうとしていた私は、入口近くで偶然二人のやりとりを耳にしてしまった。追い払われるようにして王さんが部屋から出てくると、私はすぐさま彼を捕まえて訊ねた。
「来客があったんですか? 私に?」
王さんはきまり悪そうに黙っていた。「陛下には言いませんから」としつこく訊いても教えてくれないので、
「もしかして、家族の誰かが私に会いに来たんですか?」
さきほどのやりとりを思い出しながら鎌をかける。
両親はもう亡くなっているし、親戚とはもう長いこと会っていないので、
「肉親で男、そいつら、と睿様がおっしゃっていから、弟たちのうちの誰かね」
王さんは睿様の命令を守って黙っていたけれど、それこそが答えだとピンときた。
「大丈夫ですよ、王さんにはけして迷惑はかけませんから。このことは二人だけの秘密にしましょう」
悄然とうなだれる王さんに向かって、私はコソコソと話しかける。
けれど王さんは何も答えない。
他の人たち同様、顔を下に向けて、視線すら合わせようとしない。
延命の儀式を受けてからというもの、私に対する王さんの態度はがらりと変わった。
以前は孫に対するような、どこか親しみのこもった態度で接してくれたものの、今では露骨に距離をとられてしまう。睿様を刺激しないようにしているのは分かるけれど、ちょっぴり寂しい、と言ったら我儘だろうか。
「弟たちのことは私に任せてください。事情を説明して帰ってもらいますから」
「……よろしいのですか?」
ようやく口を利いてくれたと、私は頬を緩めて言った。
「あの子たちには冷たい姉だと思われるでしょうね。でも、いいの」
ともあれ、久しぶりに弟たちに会えるのは嬉しいし、お茶も出さずにさっさと追い返すのも胸が痛むが、仕方がないと割り切っていた。
――睿様の嫉妬を煽らないようにしないと。
愛する人を苦しめるようなことは絶対にしないと決めたのだから。
善は急げとばかりに、私は飛翔に乗って、弟たちが立ち往生している門へ向かった。
弟たちとは、彼らが家を出たあとも、人伝で絶えず連絡を取り合っていた。
五人いる弟たちのうち、長男は農家の娘と結婚して婿入りし、忙しい毎日を送っているらしい。妻が妊娠中なので、そう易々と都まで来られないはずだ。次男は商いの修行で他国へ出ていて、ここ最近は音沙汰がない。釣り好きが高じて漁師になった三男坊はほとんど海に出ているし、四男坊にいたっては博打好きで年中ふらふらしている。そんな四男坊と仲が良い五男坊も、定職にはつかず、日雇いの仕事をしながら時たま自分探しの旅に出ているとか。
――私に会いに来るとしたら、たぶんあの子たちね。
そして案の定、固く閉ざされた門に張り付いている四男坊の仔空と五男坊の一鳴の姿があった。
「なぁ、兄ちゃん、俺らいつまでここで待たされるんだ?」
「ぐずぐず言うなよ、一鳴。帰りたきゃお前だけ帰れ。俺は姉さんに会うまでここを動かないからな」
「そりゃ俺だって姉ちゃんには会いたいよ。けど、本当にこんなところにいるかなぁ」
「ここに姉さんがいるのは間違いないって、近所のおばさんも言ってただろ」
「あのおばさん、かなり目ぇ悪くしてるから、誰かと見間違えたんじゃないかなぁ」
延命の儀式を受けて感覚が鋭くなったせいか、遠くからでも弟たちの声がハッキリと聞こえてくる。
だって、と一鳴は続ける。
「今でも信じられないよ、あの姉ちゃんが神獣様の番に選ばれたなんて」
「失礼な奴だな、お前は。姉さんは見た目がしょぼくても、心は綺麗な人なんだぞ」
「そうだね、女としての魅力はなくても、心根の正しい人だ」
「よく言うだろ、人間は外見よりも中身が大事だって」
「天帝様はなんでもお見通しってね」
母の看病をしながら、必死になって育ててあげたのに。
なんて失礼な子たちだろう。
――もう二度とご飯を作ってあげないから。
「……あれ、誰か来た」
「どこ?」
「バカ、上だよ上」
「ホントだ、すげぇ、俺、飛翔見るの初めて」
「意外にデカいんだな」
信じられないものを見るような目で、彼らは私のいる方向を見上げていた。
田舎者丸出しの雰囲気で、口を半開きにして飛翔を見つめるその顔を見て、気持ちは分かると私も微笑んだ。ほんの少し前まで、私もあんな顔をして飛翔を眺めていたから。
ぽかんとした弟たちのすぐ近くに飛翔を止めると、私はこれ見よがしにゆっくりと輿から降りた。それとなく優雅な仕草で衣服を整えつつ、しずしずと弟たちに近づいていく。
「あの人……もしかして姉ちゃんじゃないか?」
「バカ言うなよ、、美麗姉さんがあんな美人なわけないだろ」
「だよなぁ、なんだぁ、別人かぁ」
「すみません、そこの人、俺ら姉さんに会いにきたんだけども……」
「美麗って名前のブス――じゃなかった、働き者の女性を知りませんか?」
もう我慢の限界だ。
私は腕をまくり上げると、
「あんたたちっ、そこに座んなっ。今から一人ずつぶん殴るからねっ」
ハッと息を飲んだ二人だったが、
「姉ちゃんっ」
「間違いないっ、その下町育ち丸出しのガサツな口調は、美麗姉さんだっ」
その言葉で我に返った私は、思わず辺りを見回した。
だってこんな姿、恥ずかしくて誰にも見せられないから。
――睿様がいなくて本当によかった。
誰も見ていないことを再度確認して、私は遠慮なく弟たちを殴った。
「で、何しに来たのよ、あんたたち」
続きです。
久しぶりに見たらポイントが増えてて驚きました。
いつも応援ありがとうございます。
ストックがないので不定期更新となりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
新作のほうも書き進めてはいるのですが、長くなりそうなので気長にお待ち頂ければ……。
ストックが溜まり次第、更新していきたいと思います。
四馬タでした。




