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絶対に離すまいと決意しました



「おいっ、紅玉っ。お前、僕に何か恨みでもあるのかっ」




 桃源国の宮城に帰ると、私はいそいで自室へと戻った。まだ軽く混乱していたし、まともに睿様の顔が見られなかったせいもある。彼が心配して追いかけてくれたことにも気づかず、鼻先で戸をピシャリと閉めてしまったせいだろうか、




「せっかくのハネムーンを邪魔しやがってっ。美麗に何を吹き込んだっ」




 睿様は即座に近くにいた紅玉様に噛み付いた。




「八つ当たりはやめて。母の話をしただけよ。天帝陛下のご命令だもの、仕方ないでしょ」




 紅玉様の返答は淡々としたものだ。




「……具体的には?」


「それは美麗に聞きなさいよ」


「お前……昔、あんなに可愛がってやったのにっ。この恩知らずめっ」




 紅玉様はまるでこたえていない様子で「ふんっ」と鼻を鳴らすと、




「あんなに番を持つことを嫌がっていた貴方が、この程度のことで取り乱すなんて、天帝陛下がご覧になったらさぞがっかりされるでしょうね」




「生意気なことを言うなっ。ほんの二百年前まで、ろくに人の姿にもなれなくて、トカゲみたいな姿で僕の後ろからヨチヨチ付いてきたくせにっ」




「今は子どもの頃の話なんてどうでもいいでしょうっ」


「どうでもよくないっ。僕に説教する気なら、お前も番を持ってから言ってみろっ」


「嫌よっ、あたしは絶対、貴方みたいにはならないんだからっ」


「僕みたいとはなんだっ」




「周囲の目もあるのに、美麗の前じゃ、鼻の下伸ばしてデレデレと……みっともないったらないわ。一国の主として――知性を重んじる神獣として恥ずかしくないの?」




「ははーん、さてはお前、僕達に嫉妬してるな」


「なっ……」




 呆れて言葉も出ないという紅玉様に、




「だから僕らの仲を引き裂こうと美麗に余計なことを吹き込んだわけか」


「……もう勝手にしてちょうだい」


「おい、どこへ行く。逃げる気か?」


「お子様の相手をするのに疲れたから、天上界へ帰るのよ」


「誰が子どもだっ。訂正しろっ」




 二人の足音が徐々に遠ざかっていくのを感じて、私はほっと息を吐いた。




 けれどしばらく経つと、




「美麗、紅玉のやつは追っ払ったらから、部屋に入れてくれる?」




 睿様が戻ってきて、引き戸越しに声をかけてきた。


 私がためらっていると、




「分かっているよ、僕に対して怒っているわけじゃないんだよね? けれど僕のことで悩んでいる。だったら一人で抱え込まないで、僕にぶつけてよ。二人のことだから、二人で考えよう」




 彼の言い分ももっともだと思い、私は戸を開けた。




 睿様はほっとしたように微笑んで、部屋に入ってくる。




「さあ、話して。紅玉に何を言われたの?」




 私は包み隠さず、これまでの出来事を睿様に話した。


 すると彼は天井を見上げると、




「天帝陛下は時折、ああして使者を送ってきては、僕らを試すようなことをするんだ」




 恨むような声を出して、ため息をつく。




「美麗、僕が珊瑚の話を君にしなかったのは、その必要がないと思ったからで、後ろめたかったわけじゃない。そりゃ多少、青龍には悪いことをしたなと反省はしているけどね。あの時と今の僕は違うから。言ったはずだよ、君に出会って考え方が変わったって」




「でも……」




「それに、本当に自由になりたいのなら、わざわざ君に延命の儀式を受けさせると思う? その前にこっそり僕の神名を教えれば済むことなのに。そのほうが完全に呪いを断ち切れると思うけどな」




 言われてみれば、確かに。


 それを聞いて、すっと心が軽くなるのを感じた。




「最初から何も悩むことなんてないんだよ、美麗」




 そう、穏やかな声で言われて、私はたまらない気持ちになった。


 ずっと我慢していたものが、目から口から溢れ出す。




「ごめんなさい……私、ごめんなさい……」


「どうして謝るの?」


「だって、私には……できないから、睿様と離れるなんてこと……離したく、ないから」




 自分がこれほど欲の深い女だとは思わなかった。彼が私以外の女性を抱く姿を想像するだけで、気が狂いそうになる。年甲斐もなく泣きじゃくる私を、「ああ、美麗」と睿様は感極まったように抱きしめてくれた。




「私、頑張りますから。もっともっと勉強して、賢くなって、綺麗になって、誰にも馬鹿にされないくらい……嫉妬されないくらい、努力しますから。貴方の隣に、胸を張って立てるように」




 きっと時間はかかるだろうけど、不可能ではないと思える。


 これから先、私は気が遠くなるような歳月を生きるのだから。




 絶対に離さないという強い気持ちを込めて、私は彼の背中に腕を回した。




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