女の嫉妬ほど、怖いものはありません
結局あのあと、涙腺が崩壊してしまった私は、意味のない言葉を繰り返すばかりでまともなことは何一つ言えず、「風が冷たくなってきたから部屋に戻ろうか?」と彼に声をかけられるまで、馬鹿みたいに突っ立って泣いていた。
返事はいつでもいいからと彼には言われたものの、
――次はちゃんと、自分の気持ちを伝えなくちゃ。
もう絶対に泣かない。
彼の前で二度とみっともない姿を晒すまいと決意する。
そんな矢先のことだった。
「番様、お初にお目にかかります、依依イーイーと申します」
ものすごい美女が私の前に現れた。
服の上からでも分かるボンキュッボンのナイスバディ、玉のような肌に派手な装飾品にも負けない華やかな美貌――どこかで見たような顔だけれど、思い出せない。
一方の彼女もなぜかじろじろと私を見、ため息なんかついている。
「私がこんな女に負けるだなんて、ありえない」
小声で何か言ったようなので、
「今、なんて言ったの?」
「本日から、王様に番様のお世話を命じられました」
そんな話は聞いていない。
後ろにいるお世話係の女の子達を見ると、彼女達も初耳らしく、戸惑った顔をしていた。
「美麗様、わたくし王様に確認して参りますわ」
「わたくしも」
「では、わたくしも」
慌ただしく三人が姿を消すと、
「ようやく二人きりになれましたわねぇ」
少し前まで私の前でしおらしく立っていた彼女の口調ががらりと変わる。
「誰がこんな芋娘の世話なんてするものですか。あら失礼、娘という年齢でもありませんでしたわねぇ、おばさん」
明らかに私のことを馬鹿にしたような口ぶりだった。
驚いて彼女を見れば、
「仙桃で多少なりとも若返ったようですけれど、私の目はごまかされませんわ」
辛辣で、私のことを見下したような目をしている。
彼女はパンパンっと手を叩くと、
「ほら、貴女達も出ていらっしゃいよ。一緒にこのおばさんをこき下ろしてやりましょう」
すると隣の引き戸が開いて、ぞろぞろと美女達が現れた。
三人? いいえ、四人いる。
依依を含め、五人の美女達はぐるりと私を取り囲むと、
「この芋女が、調子に乗るんじゃないわよ」
「ご自分の容貌を鏡で見たことがおあり?」
「いい年をして、見苦しいったらないわ」
「炎帝陛下がおかわいそう」
「あんなに美しくていらっしゃるのに、隣に立つ女が貴女のような醜女だなんて」
美女は怒ると迫力があるというけれど、本当だ。
逃げなければと思うのに、彼女達に睨まれて、恐怖で足が竦んでしまう。
「その上、学も教養もないなんて、救いようがないわ」
「多少、本が読めるくらいで賢くなったと思わないことね」
「あら、この人、真っ青よ」
「今にも泣き出しそうな顔をしているわ」
「泣くなんてやめてよね。不細工な顔がいっそう不細工になって、気味が悪いわ」
生まれてこのかた、働き者だねぇと感心されたり、家が大変そうだねぇと同情はされても、これほどまでに強い憎しみを向けられたことはなかった。誰かに嫉妬されるなんて、自分には縁のないことだと思っていた。
――彼女達の言う通りよ、私は陛下の番にふさわしくない。
そんなの、自分が一番よく分かっている。
今さら他人に言われるまでもない。
彼女達はただ、自分の鬱憤を私にぶつけているだけ。
――彼女達が誰か、ようやく思い出したわ。
炎帝陛下のお気に入りの宮女達。
最近になって陛下のお呼びがかからないから、しびれを切らして乗り込んできたのだろう。ただ天帝様に選ばれたというだけの運の良い女――私に、自分達の仕事が奪われたと思い込んでいるに違いない。
ひとしきり私を罵倒して気が済んだのか、
「依依、これからどうします?」
「このままここにいてはあの子達が戻ってきますわ」
「下手をすれば王様も一緒に……」
「貴女の嘘がバレてしまいますよ」
固まって動けない私の周りで、彼女達はこそこそと話している。
彼女達のリーダー格である依依は私を見下ろして胸を張ると、
「もちろん、この女をこのままにしておけるわけないでしょ」
「そうですわね」
「このことが万が一にも陛下に知られたら……」
「想像するだけで恐ろしいですわ」
「だったら急がないと」
彼女達の一人が懐から小瓶を取り出すと、それを私の口元に近づけてきた。
「貴女達、この芋女が逃げないよう、しっかり押さえていてくださいね」
強引に口を開かれ、流し込まれたそれは、どろりとしていて甘く、私は瞬く間に意識が遠ざかっていくのを感じた。最後に見たのは、醜く歪んだ依依の笑顔。
「さようなら、美麗様。完全無欠あの方に、みすぼらしい番など必要ありませんわ」