炎帝陛下に求婚されました
儀式によって私の寿命を延ばすと陛下は約束してくれたものの、その時はなかなか訪れなかった。催促してものらりくらりとかわされてしまうし、その話題をあえて避けている節がある。
勉強は以前と同じように教えてくれるし、夕食も一緒に摂ってくれるものの、彼が何を考えているのか分からず、徐々に不安になってきた。
――それにあれ以来、私に触れようともしてくれない。
けれどそれはたぶん、彼が私に無理強いしたと思い込んでいるせいだろう。彼は優しいから、私を傷つけまいとしてくれているのだ。
――でもそれはそれでもどかしいような……。
私がまだ若かったら、気遣われて嬉しいと思うんだろうけど、29の行き遅れの女にとっては、ただ放置されているとしか思えない。だったら私のほうから彼を誘惑……なんてことは経験値の浅い私にとってはハードルが高すぎる上にすきものだと思われるのが怖い、そもそも恥ずかしくて無理、と毎度のことながらぐるぐるしてしまう。
ついには勉強にも身が入らなくなってしまった私を、
「美麗、おいで。君に見せたいものがあるんだ」
陛下が現れて、外へ連れ出してくれた。
「どこへ行くんですか?」
「それは秘密。実際に見たほうが早いから」
そう言って連れてこられた場所は、宮城からかなり離れた敷地内の隅っこ――庭園だった。少し前までは果樹園だったはずが、いつの間にか一面花畑になっていて、「わー」と感嘆の声が漏れてしまう。
「気に入った?」
「はい、すごく綺麗」
植えられている花の種類は一つだけ、俯草うつむきそうと呼ばれる白く可憐な花で、私も大好きな植物だ。花言葉は確か「永久とこしえに君を愛する」だったような……。
「美麗の身体にある字って、この花の形に似ているよね」
「……そうでしょうか?」
まさか字の、細かい形まで覚えられているとは思わず、恥ずかしさのあまり声が小さくなってしまう。
「咲かせるのに時間がかかってしまったけれど、これを全部、君にあげるよ」
思わず耳を疑い、彼を見上げる。
照れくさそうな顔をしながらも、彼もまた私を見ていた。
「意味は分かるよね?」
桃源国において、男性が女性に白い花を贈るということは、求婚を意味する。私は信じられない思いで口を開いた。
「陛下は、私のこと……好きなんですか?」
「好きだよ。ものすごく好きだ」
噛み締めるように彼は言った。
心臓がばくばくして、胸が苦しい。
彼に告白されて、とても嬉しいはずなのに、
「……嘘よ」
素直に受け止められない自分がいた。
一体いつの間に、これほど疑り深い女になってしまったのだろう。
「私は全然、貴方のタイプじゃないし」
「そうかな。君は気づいていないかもしれないけれど、すごく綺麗になったよ」
「だったらどうして、あれ以来、私と……」
顔を伏せる私の髪に、彼はそっと触れる。
「どうしてって……あのあと、君は熱を出しで寝込んだでしょ?」
「あんなの、大したことありません」
「それでも僕は心配した」
やはり私の身を案じてのことだと知って、ほっとする。
「僕が悪かったんだ。心から反省しているよ。神獣と違って、人間は弱く脆い生き物だ。それなのに理性を失って、無茶をしてしまった。千年近く生きておいて、僕もまだまだガキなんだって実感したよ。でもまあ、あれは僕にとっても初めての経験なわけで……その辺は察してくれると助かる」
「陛下は悪くありません。元はといえば私が抱きついたりしたから……」
もっと身体を鍛えますと言うと、彼ははにかむように笑う。
「その必要はないよ。延命の儀式を受ければ、今よりも遥かに丈夫になるから。病気にもならないし、怪我をしてもたちどころに治ってしまう」
けれどその前に、ちゃんと言葉にして伝えたかったんだと彼は告げる。
「君を番に選んだのは僕じゃなくて天帝陛下だ。だから僕は最初、君を遠ざけた。神獣としての本能は君を求めていたけど、それが余計に嫌だったんだ」
首を傾げる私に彼は噛み砕いて説明する。
「分かりやすく言えば、人間でいうところの『身体目当て』みたいな感覚に近いかな。君が僕のことをどう思っていようが関係ない、嫌われても憎まれてもいい、ただ君を独占して、囲いたいっていう本能――その本能から逃げるために、君を避けてた」
彼の声はいつだって穏やかで、耳に優しい。
もっと彼のことを理解したくて、私は一心に耳を傾ける。
「でも君のことを知って、考えが変わった。本能から逃げるんじゃなくて、正面から戦おうって決めたんだ。僕はね、美麗、出会った時から君のことが欲しくて欲しくてたまらないんだ」
熱のこもった視線を向けられて、今度は嘘だとは思わなかった。
「それでも我慢するのは、君に嫌われたくないから。僕は君に、僕のことを知って、好きになってもらいたかった。その努力はしたつもりだ。だからあらためて訊くよ、美麗。僕の番に……妻になってくれる?」
当然、私の答えは決まっていた。
それでもやっぱりうまく言葉にできなくて、馬鹿みたいに泣いてしまう。
「美麗、どうして泣くの?」
「わ、分かりません」
嬉しかった。こんな私を見てくれて。
こんな私を選んでくれて。
「抱きしめて慰めるけど、いい?」
「そ、それはやめてください」
返って涙が止まらなくなってしまうから。
「ご、ごめんなさい」
「今度はなんで謝るのさ」
「だ、だって、私、馬鹿だから……」
「美麗は馬鹿なんかじゃないよ。心が綺麗なだけだ」
「ば、馬鹿で、ごめんなさい」
私のような女は、きっと彼にはふさわしくない。分かっているのに、手を伸ばさずにはいられない。好きにならずにはいられなかった。私は心根の綺麗な女なんかじゃない。身の程知らずの、卑しい女だ。




