炎帝陛下に土下座されました
熱が引いて起き上がれるようになると、私は真っ先に炎帝陛下のところへ向かった。また逃げられるかもしれないという不安を抱えながら、彼の執務室を突撃すると、
「僕が悪かった。許してくれとは言えないけど、この償いは必ずするから」
私が来ることは事前に知らされていたのだろう。
人払いをした上で、なぜか土下座している。
私は戸惑いつつも、口を開いた。
「どうか顔を上げてください、陛下」
「……それはできません」
「どうしてですか」
「今、君の顔を見たら、また暴走しそうで怖いから」
どういう意味だろうと首を傾げて、
「エン様の正体が炎帝陛下だったと見抜けなった私にも責任があります」
「あー、そっち? そっちももちろん悪いと思ってるよ。結果的に君を騙してしまった」
「なぜあんな嘘をついたのですか?」
「君と一緒にいたかったから。離れたくなかった」
「嘘をついてでも?」
「……はい、ごめんなさい」
別に責めているわけではないので、謝られると困ってしまう。
「それより美麗、身体のほうはもう大丈夫なの? 熱を出したって聞いたけど」
「まだちょっと……変な感じはしますけど」
答えた直後、「ごんっ」とものすごい音がして、驚いて見れば陛下が頭を床にぶつけていた。「ごめん、ごめん」と謝罪を繰り返しながらゴンゴンとリズミカルに頭をぶつけているので、
「やめてくださいっ」
大きな声を出すと、陛下の動きがぴたりと止まる。
「怪我をしたらどうするんですかっ」
というか、すでに血が床についているので、ぞっとした。
――自分で自分の身体を傷つけるなんて、どうかしてる。
もしかして、彼はあの時の事を後悔しているのだろうか。
だとしたら悲しい。
「美麗、悪いんだけど、そろそろ部屋に戻ってくれないかな? このまま二人きりでいたら理性がもたないというか……ちょっと一人になりたいんだ」
私と一緒にいたかった、離れたくなかったと言いながら、今は一人になりたいという。彼の気持ちが全く理解できないと思いながらも、
「だったら要件だけ伝えます。陛下、私を不老不死にしてください」
ずっと考えていたことを口にすると、この時ばかりは彼も顔を上げて、私を見た。金色の瞳が私を映し出して、大きく見開かれている。いつ見ても綺麗だなぁと見蕩れながら、私は続けた。
「私も陛下と同じ分だけ、生きられるようになりたいので」
「どうして、考えが変わったの?」
彼の疑問はもっともだ。
私だって、自分で自分の変化に驚いている。
「ずっと生き続けることは、美麗にとっては怖いことなんでしょ?」
「怖いですけど……それ以上に、陛下には生きてこの国を治めて頂きたいので。神獣様は、番を残して死ぬことはないんですよね?」
「……美麗も賢くなったねぇ」
彼は苦笑すると、「いや、ずる賢くなったと言うべきかな」と言い直す。
「僕を生かすために君が犠牲になる必要はないんだよ」
「犠牲じゃありません」
「だったら罪悪感かな?」
「違います」
貴方のことが好きだから生きてそばにいたいのだと、どうして素直に言えないのだろう。
「陛下は、後悔していらっしゃいますか? 私と……ああなったこと」
恐る恐る訊ねてみれば、彼は「ああっ」と苦悩するように頭を抱えて、再び顔を伏せてしまった。「もちろん後悔しているよ。君は初めてだったのに……」
よくよく事情を聞いてみれば、私との行為自体が嫌だったわけではなく、彼は私にひどいことをしたと、乱暴したと思い込んでいるようだった。神獣様にはよくあることらしく、番を相手にすると自制心が効かないんだとか。
――私はそんな風に思わなかったけれど。
それどころか嬉しかったし、番であることを実感できて幸せだった。
正直にそう伝えようとしたものの、「ちょっと待てよ」と思いとどまる。
――そんなこと言ったら私、すきものだと思われないかな。
ただでさえ行き遅れのおばさんなのに、その上すきものだなんて、彼にバレたら幻滅されてしまうかもしれない。そんな不安が脳裏をよぎり、私はあえてその件には触れないことにした。
「それより陛下、いつ私を不老不死にしてくださいますか?」
「いくら君の頼みでも、それだけはきけない」
まさか断られるとは思わず、ショックを覚える。
「不老不死になるということは、君が想像しているよりも遥かに辛い選択だよ。君の家族や友人は、君を置いてさっさと逝ってしまうし、君に対する周囲の見方だって変わってくる。時に自分が、化物のように感じることもあるかもしれない」
それでも私は彼に生きていて欲しかった。
そのためなら化物と呼ばれようとかまわない。
「陛下は、先ほど私に言いました。この償いはすると」
こんな言い方、自分でもずるいと思ったものの、他に方法も思いつかないので、また脅すようなかたちで私は彼に詰め寄った。それくらい、私も必死だったのだ。
「陛下の謝罪の言葉は聞き飽きました。次は行動でしめしてください」
「……分かった」
やがて、彼は観念したように両手を上げる。
「美麗の言う通りにするよ」
「本当ですか?」
「君が長生きしてくれるのなら、それ以上に勝る喜びはないからね。ただ、誤解がないように言っておくけど、いくら神獣でも、人間を不老不死にすることはできないよ」
「そうなんですか?」
がっかりする私に、「ただし」と彼は補足する。
「番に関しては特別。延命の儀式を行えば、寿命を延ばすことができる。その代わり、僕は不死ではなくなってしまうけれど。まあ、美麗の寿命が尽きたら死ぬつもりだったし、その点は問題ないかな」
息を呑む私を、陛下が心配そうに見上げている。
「簡単に言えば、僕の、残りの寿命の半分を美麗にあげるってことだよ」
「半分って、どれくらいなんですか?」
「分からない。五百年かもしれないし、千年かもしれない」
途方もない年月に、思わず尻込みしそうになってしまったけれど、
「やっぱりやめとく?」
「いいえ、私の決意は変わりません」
何なら今すぐにでも儀式を受ける覚悟だった。
「焦る必要はないから。もっとよく考えてごらんよ」
「もう十分すぎるほど考えました」
これ以上のんびりしてたら、あっという間におばあちゃんになってしまう。そんな私に、陛下は辛抱強く言った。
「儀式を受ければ、見た目も少し変わるよ」
「どんな風に?」
「背中から翼が生えるかもしれない」
それを聞いて、私は笑った。
「でしたら陛下とお揃いですね」