エン様との友情を育む
「エン様、ここに座ってください。髪の毛を整えて差し上げます」
炎帝陛下にはもう会わないと宣言してから、エン様は勉強を教える以外でも、ちょくちょく私の部屋を訪れてくれるようになった。
最初は、私が逃げないよう監視しているのではないか、兄の命令で仕方なく……、なんてひねくれたものの考え方をしていたけれど、
「美麗、おいで。外へ出よう。こんな天気のいい日に部屋にこもっているなんてもったいないよ」
「ですが私がここにいないと、陛下が……」
「僕がそばにいる限りは自由にしていいってさ。ね、だから散歩に行こう」
「でも……」
「飛翔にも乗せてあげるから。美麗、好きだよね、飛翔。いつも窓から眺めてるでしょ?」
よく私のことを見てくれて、気遣ってくれる。
物知りで勉強も見てくれるし。
そんな彼女のことが、気づけば大好きになっていた。
エン様と一緒に過ごす時間が本当に楽しくて、
「せっかく綺麗な髪をしておられるのに、ボサボサじゃありませんか」
つい母親のように世話を焼いてしまう。
そんな私に、エン様も最初こそは戸惑っているようだったけれど、
「うん、お願いするよ」
今では安心して身を任せてくれるまでになった。それなりに私のことを信頼してくれたのだろう。エン様が過剰反応? されるので、身体にだけは触れないよう細心の注意を払って、彼女の髪をとかす。
「こうしていると懐かしい気持ちになります。母の髪もエン様と同じくらい長かったので」
年を取るとともに病が悪化し、櫛が握れないほど弱ってしまった母の髪は、いつも私がとかして整えていた。癖のない母の髪はいつも綺麗で艶々していて、私の自慢だった。私にも遺伝していたらいいのだけど。
「もうそれぐらいで大丈夫だよ。ありがとう、美麗」
「どういたしまして。せっかくだから髪飾りでもつけましょうか?」
「そ、それだけはやめて」
「そうですか? とても可愛らしくなると思うのに」
「それよりさ、今日はどこへ遊びに行こうか?」
「遊びませんよ。今日は一日勉強するって決めてますから」
「えー、少しくらい遊びに行こうよ」
「行きません。読みたい本があるんです」
先日、エン様のおかげで、私は晴れて子ども向けの書物を卒業することができた。次なるステップとして、知識と語彙力を身に付けるために、書庫の書物を片っ端から読もうと決めたのだ。
「そんなに焦らなくても本は逃げないよ、美麗」
エン様は苦笑交じりに行って私を見ると、
「せっかく今日は宮城を出て街に降りるつもりだったのに、美麗が行かないなんて残念だな」
これみよがしにため息をつく。
「街へ……行かれるんですか?」
「そうだよ。今、街ではお祭りをやっているから、きっと行ったら楽しいよ。あーあ、美麗と出店の食べ歩きしようと思っていたのに、がっかりだよ」
お祭り、出店の食べ歩き、なんて心惹かれる誘い文句。
思い返せば、私が暮らしていた町でも年に一度のお祭りがあったけれど、私は出店を手伝う側で、見物人として楽しんだ記憶はない。子どもの頃は母に連れられて行った記憶もあるけれど、家で幼い弟達が待っているからと、小さな飴玉だけ買ってもらって、すぐに家に帰ったのだ。
「お祭り、行きたいです」
そうこなくちゃっとエン様に手を引かれ、私はいそいそと部屋をあとにした。
***
さすが大きな街だけあって、通りは多くの人達や出店で溢れていた。たくさんの桃の形をした飾り物や美しい花々で彩られた広場には、美しい飛翔を象った銅像なんかも置いてあって、目にも楽しい光景が広がっている。
「とても賑やかですね、エン様」
「うん、そうだね」
「これって何のお祭りなんですか?」
「炎帝陛下がついに番を迎えたから、そのお祝い……かな」
私はびっくりしてエン様を振り返る。
「でも、私が来たのは半年以上も前のことなのに……」
「そうだね、そのことも含めて、君の存在は秘匿にされていたんだ。けれど先日、炎帝陛下自ら番の存在を民に知らしめた。運命を受け入れる覚悟を決めたからだ」
「運命を受け入れる覚悟? それってどういう意味ですか?」
エン様は私の質問には答えてくれなかった。
ただ笑って、私に桃の形をした飴を差し出す。
「この飴、中にお酒が入ってて美味しいよ、食べてごらん」
「エン様……」
「今は難しい話はなしだよ。それより美麗は何食べたい? 何が欲しい? お金ならたくさん持ってきてるから、何でも言ってよ」
その後は二人で出店を回って食べ歩きをしたり、買い物をしたりして過ごした。エン様は目に付いたものを片っ端から購入して散財されていたけれど、私はただ歩いて、あちこち眺めているだけでも十分楽しめた。
「エン様、今日はありがとうございました。来て、良かったです」
楽しい時間は瞬く間に過ぎてしまい、あっという間に夕方になった。
「僕も楽しかったよ。また来ようね」
「今日は食べ過ぎてしまったから、体重が心配です」
街にはお忍びで来ているので、帰りは馬車の中だ。
ぽっこり膨らんだお腹を手を隠そうする私を見、エン様はくすくす笑う。
「気にしなくていいのに」
「気にしますよ」
「健康であればいいさ」
言いながらエン様はあらためて私を見ると、
「美麗は綺麗になったよね」
しみじみとした口調で言う。
その口調がなんだから年寄り臭くて、笑ってしまった。
「エン様のような美少女に言われても、嬉しくありません」
「それに色気も出てきた」
ぶっと、今度は吹き出してしまった。
「からかわないでください」
「からかってなんかないよ。本心だ」
私はどう反応していいのか分からなくて、首を傾げる。
「もっと早く美麗に会えば良かった。そしたら、その分長く一緒にいられたのに」
「……今日のエン様、なんだか少し変です」
「そう?」
「はい、何かあったんですか?」
エン様は答えず、決まり悪そうに顔をそらした。
「別に。ただ、自分の馬鹿さ加減に呆れてるだけ」




