質問の意味を考えてから答えるべきでした
「昨日は食事中に逃げ出してごめん……って、この前から謝ってばっかだね、僕」
一人称が「わたくし」から「僕」に変わっている。
単にこれまでは猫を被っていたのだろうと思い、私は気にしなかった。
「私のほうこそ、失礼なことをしてしまって申し訳ありません」
「謝らないで。美麗は悪くない。僕がただ、過剰反応しただけだから」
「そうなんですか?」
「そう。神獣ってそういうものだから」
なんだかうまく誤魔化されたような気もするけど、
「それより勉強を始めようか」
勉強の合間、私はエン様に訊ねた。
「炎帝陛下はどうしていらっしゃいますか?」
「……普通に仕事していると思うけど、気になる?」
「はい。あれから一言もお声をかけて頂いていないので」
でも、それでいいのだと私は慌てて付け加える。
「私が言い出したことですから」
「美麗はこのままでいいの? このまま、会わないままで」
このままでいいと言えば嘘になるけど、
「陛下のためですから」
「でも兄は、美麗に会いたがっているよ」
「……嬉しいですけど、本心とは思えません」
「どうして?」
「だって番に関わると、自分が自分でなくなってしまうと、陛下はおっしゃっていました」
「あー、引っかかってるのってそれかぁ」
エン様はくしゃくしゃと自身の綺麗な髪を掻き乱すと、
「そりゃあね、若い神獣だったらそれもありえるよ。四六時中、番のことばっか考えて、番と一緒にいたがって、ってか初見で番に襲いかかって無理やり自分の伴侶にした神獣もいるくらいだからね。けど、ぼ……兄は千歳近い神獣だよ? そんなに簡単に自分を見失ったりするもんか。だいたい、自分が自分でなくなってしまうなんて、あの時は大げさに言い過ぎただけで……」
必死に言葉の意味を理解しようとする私を見、エン様は「げほんごほん」と咳払いすると、
「つまり実際に美麗に会って、美麗のことを知って、兄の考えも変わったんだと思うんだ」
「変わったって……?」
「それは妹の僕の口からは言えないけど、今の兄は以前の、美麗のことを避けてた兄とは違うよ。変わることを恐れなくなった。それよりも、美麗のそばにいたいと思っているはずだ」
尚も自信が持てない私に、エン様は懇願するように言った。
「少しでも兄のことが気になるのなら、もう一度会ってあげて。チャンスをあげてよ」
***
私はその夜、エン様に言われたことをじっくりと考えてみた。
じっくりと考えた結果、
「このまま会わないことに決めました」
「なんでっ」とエン様を驚かせてしまう。引き続き私の勉強を見てもらうことになるだろうエン様には申し訳ないけれど、
「エン様、私は人間です」
「そんなの、とっくに知ってるよ」
「私の寿命は、せいぜい頑張っても五〇年程度……下手に情が移ると陛下もお辛いでしょうから」
母の死後、私は介護疲れと愛する人を失った悲しみで、軽いうつ状態にあった。立ち直るのに何年もかかったし、その時のことを思い出すと、今でも辛くなってくる。
エン様はハッとしたように私を見ると、躊躇いがちに口を開く。
「けれどもし……もしもだよ、不老不死になれる方法があるとしたら、美麗はどう思う?」
「どうって……?」
「不老不死になりたい?」
「いいえ、なりたくありません」
深く考えず、私は答えた。
「ずっと生き続けるって、とても怖いことだから。私がものすごい美人だったり、何らかのすごい才能を持っていたりしたら、話は変わるかもしれないけど」
エン様はなぜか落ち込んだ様子で、「そっか」と呟く。
「それが君の出した答えなんだね」
エン様はそれ以上、何も言わなかった。
そしていつものように優しく勉強を教えてくれて、夕食を一緒に食べてくれた。
「この距離感が、僕らにはちょうどいいのかも」
「今……何か言いましたか?」
聞き返すと、エン様は悲しげに笑う。
「気にしないで、ただの独り言だから」




