炎帝陛下のために部屋に引きこもることにしました
次の日から私は、お世話係の女の子達以外とは誰にも会わず、部屋で一人で過ごすようになった。睿様にも、具合が悪いので、勉強は当分お休みしたいと伝えてある。
ともあれ自習だけは続けていた。
せめて手紙だけは完成させたかったし、部屋に閉じこもっていると、何もすることがなくて退屈だから。自習したあとは本を読んだり、手紙の内容を考えながら無駄に広い室内をぐるぐる歩いて、運動したりして過ごしている。
「番様、炎帝陛下がお越しになりました」
私はその声を聞いて、慌てて布団の中にもぐりこんだ。
まさか彼が訪ねてくるとは思わなかったので、心臓がバクバクしている。
「美麗、具合はどう?」
引き戸越しに話しかけられて、私は軽く混乱しつつ、
「し、心配をおかけしてすみません。寝ていれば治ると思うので」
嘘がばれないよう、弱々しい声を出す。
けれど一向に彼が立ち去る気配はなく、
「入ってもいいかな?」
それどころか入室の許可を求められる。もっとも、このお城の主は彼なんだから、許可を求める必要なんてないと思うけれど、
「だ、ダメですっ」
つい大声を出してしまい、私は慌てて自分の口を手で押さえる。
「だって感染るかも、しれないから」
咄嗟に付け加えるも、「だったらなおのこと、医師に診てもらったほうがいい」と言われて、
「自力で治せるから平気です。これまでだって、そうしてきましたから」
私も必死に言い返す。
それに全部が全部、嘘ってわけでもない。医師にかかるとものすごくお金がかかるから、私はこれまで、祖母から教わった民間療法で病を克服してきたのだ。もちろん家族が病気にかかった時はすぐに医師を呼んだけど。
「……美麗、僕には甘えてくれていいんだよ」
人に甘えるのは苦手だ。
相手が好きな人ならなおのこと。
こんな性格だから、いつも私はフラれてしまんだろう。
「申し訳ありません、陛下。しばらく一人にしてください」
頑なに言い張れば、とぼとぼと彼が立ち去るのが分かって、ほっとした。
今の私にはこの程度のことしかできないけれど。
――早く彼を自由にしてあげないと。
このやりとりを繰り返せば、いずれ彼も諦めて、私から離れていくだろう。そして私はこのまま部屋に閉じこもって、誰にも会わずに一人で過ごす。そうすれば彼の気を引くこともないし、嫉妬で苦しめることもない。
けれど彼はその次の日も、次の日も私の部屋にやってきた。
「美麗、いい加減、機嫌を直してよ」
その落ち込んだ声を聞いて、思わず「は?」と耳を疑ってしまう。
もしかして私、怒ってふてくされてると思われているの?
すると私のそばにいた女の子達が一斉に頭を下げた。
「美麗様、申し訳ありません」
「陛下があまりにも美麗様のお体を心配されるものですから……」
「美麗様が眠っておられる間に、女性の医師に診てもらったのです」
そして嘘がバレてしまったわけだ。
あまりに過保護過ぎると思ったものの、嘘をついて彼女達を心配させてしまった私が悪いので、「怒っていないから顔を上げて。私のほうこそ、ごめんなさい」と謝る。
嘘がバレてしまった以上、こうして布団に潜っているのも馬鹿らしいと思い、私は布団から起き上がると、大きく伸びをした。
――とりあえず、陛下の誤解を解かないと。
あらためて姿勢を正して、引き戸越しに陛下に向き合う。
「陛下、私は怒っているわけでも、ふてくされているわけでもありません。そもそもどうして、私が怒っていると思われたのですか?」
「僕のことを避けているじゃないか。現に部屋にも入れてくれない」
珍しく彼の沈んだ声を聞いて、胸が痛んだものの、
「同じ理由です」
「何が?」
「陛下は最初の頃、私のことを避けておられました。それと同じ理由です」
彼はハッと息を飲むと、
「……ひどいな」
なぜか傷ついたように言われて、再び「え?」と耳を疑ってしまう。
「美麗って結構、根に持つタイプなんだね」
さすがにそれは心外だと思い、
「陛下、それは誤解です。私がそばにいると、陛下を苦しめることになるから……」
「冗談だよ、美麗。君の言いたいことは分かった」
相変わらず声のトーンは低かったけれど、理解してもらえたようでホッとした。
「嫉妬に狂った神獣が番を監禁していまうことがあると、君に教えたのは僕だ。だから君は部屋に閉じこもった。僕の、ためなんだよね?」
「……陛下、お仕事以外ではどうか自由に、好きなようにお過ごし下さい。以前のように、たくさんの宮女達に囲まれてお休みになるの、お好きだったでしょう? 私はここでじっとしていますから、私がどこで何をしているかなんて、もう気にする必要はないんです」
口下手なりに、懸命に自分の思いを伝えたつもりだが、
「ううっ、自己嫌悪で死にそう……」
彼はなぜか床に突っ伏して、泣きそうな声を出す。
「もう行ってください、陛下。時間が経てば、私のことなんて忘れてしまいます」
「……ごめんよ、美麗、本当にごめん」
ブツブツと謝罪の言葉を繰り返しながら、彼はふらふらと立ち去っていく。




