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私の存在が陛下を苦しめていたようです



 陛下に手紙で想いを伝えようと決意した私だったけど、なかなか思い通りにいかず、焦っていた。ただ陛下への感謝の気持ちと、好きだという想いを伝えたいだけなのに、なんの言葉も思い浮かばない。




 きっと長く書こうとするから言葉に詰まるのだ。短くてもいいから、一番伝えたい言葉だけを書けばいい。そう思い、試しに「いつもありがとうございます、好きです」と書いてみたところ、




「美麗様、これではちょっと……軽薄すぎるというか」


「そうですわね、好きという言葉に重みが感じられませんわ」


「愛の告白というよりは、ご機嫌取りをしているように思えます」




 女の子達にことごとくダメ出しされてしまった。


 やはりまだ、色々と勉強不足のようだ。




「ねぇ、美麗。いい加減、僕の呼び名は決まった?」




 陛下との勉強の時間、いつものように催促されて、「もちろんです」と私は胸を張って答える。




「睿様はどうでしょう?」


「睿? なんで睿なの? もしかして美麗の初恋の人とかじゃないよね?」




 なぜか険悪な表情で詰め寄られて、慌てて頭を振る。




「ち、違います」


「ならどっから出てきたの? そんな名前」




 呼び名をつけろと言い出したのは陛下のほうなのに。


 どうして責められなければならないのか。




「も、もしかして、女性名のほうが良かったですか?」


「そういう問題じゃない」




 はあ、と大きくため息をつかれて、慌てて理由を説明する。 




「昔、近所の人達が話しているのを聞いたことがあるんです。その人達は、生まれてくる子にどんな名前を付けようかって相談してて、その時、睿って名前の意味を知って……陛下にぴったりだと思ったんですけど、気に入りませんでしたか?」




 がっかりして問えば、陛下は「なぁんだ」とあっさり機嫌を直し、




「いいよ、それで。響きが真名にも似ているし、しっくりくる。気に入ったよ」




 満足げに笑う。




「何より美麗がつけてくれた名だから、嬉しい」


「そ、そうですか」




 陛下のことを――睿様のことを好きだと自覚したせいか、喜んでもらえて私も嬉しかった。




「そういえば手紙のほうはどう? もう書き始めてるって聞いたけど、誰に出すつもり?」




 誰に聞いたんですか? と訊ねるのはきっと野暮だろう。




「も、もちろんへい……睿様にです」


「うん、良かった。それでいつ読めるの?」


「すみません、かなり、時間がかかるかと」


「分かった、待つよ」




 嫌な顔をされるかと思いきや、睿様は上機嫌で、にこにこしている。




「僕、美麗のことだんだん分かってきた気がする」


「ほ、本当ですか?」




「美麗はさ、根が真面目なんだよね。嘘がつけなくて、どこか自分に自信がない。でもだからこそ努力家だし、辛いことがあってもへこたれない。それに責任感もあって、情に厚い。美麗なら、手紙を完成させられるって信じてるよ」




 褒めすぎだと、私は赤くなった顔を隠すように俯いた。




「それはたぶん、私が長女だから……」


「関係ないよ」




 睿様は机の上にあった私の手を掴むと、優しい声で言った。




「美麗は美麗だ。心根の美しい、僕の番さ」




 その言葉を聞いた途端、私は胸がいっぱいになってしまい、たまらず泣き出していた。そんな私に驚いて、「ごめん」と睿様が手を離す。




「急に手を握ったりして、嫌だった?」


「いいえ……いいえ」




 私はいそいで涙を拭うと、




「私でいいんですか?」




 と彼に訊ねた。




「なんのこと?」


「私なんかが睿様の番で……いいんですか?」




 睿様は呆気にとられたように私を見ると、




「それは……天帝陛下がお決めになったことだから」




 苦しげな声で答える。




 そうだった、私を番に選んだのは睿様じゃない。それなのに私は、彼に心から好かれていると、大事にされていると錯覚してしまった。




 ――私は何を期待していたんだろう?




 番として特別扱いされるだけでは物足りなくなった?


 自分が告白する前に彼に愛を告げられたかった?




 ――なんて、おこがましい。




 彼は最初から私のことを避けていた。番は必要ないと言っていた。なぜなら番に関わると理性を失って、自分が自分でなくなってしまうから。そのことをひどく恐れていた。






『僕の番に触れるなっ』






 普段から温厚で、慈悲深く、飄々としている彼の、あんな怒鳴り声を聞いたのは生まれて初めてだと王さんも言っていた。以来、宮城にいる男性達は皆、決して私に近づこうとしないし、私の姿を見るやいなや、処罰を恐れて速攻で逃げ出してしまう始末。




 ――私の存在が、彼を苦しめているんだ。




 今更ながら気づく。


 私は、運命に逆らわんとする彼の邪魔をしているのだと。




 すーと頭が冷えていくような感覚を覚えながら私は席を立つ。




「申し訳ありません、陛下。気分が悪いので、部屋に戻ってもいいでしょうか?」




 我ながら堅苦しい言い方だなと思ったけれど、今はとても彼のことを睿様と呼べる気分ではなった。彼は困惑したように私を見上げると、




「大丈夫? 体調が悪いようなら医師を呼ぶけど」


「必要ありません。少し休めばよくなると思うので」




 軽い押し問答の末、粘って退室する許可をもらった。


 小走りで部屋に戻りながら私は、懸命に涙をこらえていた。





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