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炎帝陛下に呼び名をつけることになりました



 炎帝陛下に相応しい呼び名、呼び名……うーん、いくら考えても何も思いつかない。昨夜は夜ふかしまでして考えたというのに、お腹ばかり減って、肝心の名が何一つ思い浮かばなかった。




 陛下には「難しく考えすぎないで。ぱっと思いついたやつでいいから」とは言われているものの、ぱっとなんて思いつかないし、陛下のことを考えれば考えるほど、なぜか胸が苦しくなって、意味もなくジタバタしてしまう。




 ――そうだ、王さんに相談……はダメだよね。これだけは私一人の力でやらないと。




 本当に何がいいんだろう。


 こんなに悩んでしまうのは、やはり炎帝陛下が美しすぎるせいだろうか。




 ――朱雀になったお姿も、とてもお綺麗なのよね。




 普段は人間の姿をしている炎帝陛下だが、ずっと人間の姿をしていると肩が凝ると言って、たまに本来の姿に戻ることもある。




 実際にこの目で見られるなんて、夢にも思わなかったけれど、巨大な鳥が空を飛ぶ姿は感動的だ。真っ赤な翼と青い空の対比が美しくて、いつまでも眺めていられる。




 ――自由に空が飛べて羨ましいわ。




 もっとも私がやったら、美しいどころから空飛ぶまんじゅうになってしまうだろうが。けれどここ最近の努力のおかげか、私は順調に痩せつつあった。女の子達の助言通り、一旦太って、部分痩せ――主に腹部と腰のあたり――に力を入れたせいだろうか、以前よりも胸とお尻が大きくなった気がする。それでもちゃんとくびれはあるし……まあ宮城にいる美女達の、ムチムチわがままボディに比べたら、私のなんて可愛いものだけど。




 ――それに勉強も頑張っているし。




 気づけば陛下に勉強を教えてもらうようになってひと月が経っていた。私は簡単な子ども向けの書物なら読めるようになっていたので、庭で散歩をしたあと、書庫で読書するようになった。




「本を読むって、ただ目と頭が疲れるだけだと思っていたけど、実際にやると面白いのね」




 まだ子ども向けなので偉そうなことは言えないけれど、教訓の込められたおとぎ話なんかを読むと、色々と考えることがあり、頭まで良くなったような気がした。 


 


 ――それよりいい加減、陛下の呼び名を決めなくちゃ。




 陛下は勉強を始める前、いつも「決まった?」と訊ねてくる。私が「いいえ、まだです」と答えると、露骨にがっかりした顔をするので、それが地味にプレッシャーだった。その上、私が「陛下」と呼んでも反応してくれないので、実際困っている。




「ただ単にいじけておられるだけですわ」


「そうですよ、殿方というものは、好きな女性の前では子どもみたいになるんですから」


「美麗様が気に病むことではありませんわ」




 そう、女の子達は優しくフォローしてくれるものの、私は焦っていた。なぜなら陛下は、私に勉強を教えて、一緒に夕食を摂るようになってからは、他の女の子には手を出していない――と言うと誤解が生じるかもしれないけど――のだ。




 休憩時間はいつも、お気に入りの宮女達に囲まれて、庭の一角でだらだらと過ごしているのに、ここひと月はその光景を見ていない。もしや私に嫉妬させないために、隠れてこそこそしているとか? なんて思ったこともあったけれど、




「その心配はありませんわ、美麗様」


「宮女達は最近、陛下のお呼びがかからないと不満を漏らしていましたもの」


「わたくし達も目を光らせておりますから、ご安心なさいませ」




 またもや優しい女の子達の言葉に救われる。




 ――私ったら、陛下を束縛する気なんてないはずなのに……ほっとしてる。




 これが良いことか悪いことかは分からないけれど、陛下のことばかり考えているせいで、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。




 散歩中、普段よりも早いペースで歩いていたせいか、早々に息が上がってしまい、私は四阿で休むことにした。長椅子に座って、ぼんやり美しい庭を眺めていると、ふと昔を思い出す。そういえば子どもの頃、ろくに名前も知らない男の子を好きになったことがあって、密かにこう呼んでいた、「梓豪ズーハオ」と。文武両道の人という意味を含む名前で、彼にぴったりだと思ったのだ。




 ――どう書くのかは知らなかったけど、近所のおばさん達が話しているのを聞いたんだよね。




 目を閉じて、当時のことを思い出そうと懸命に記憶を辿る。








『今度生まれてくる子どもの名前をどうしようかねぇ』


『梓豪にしなよ。文武両道でたくましい子になるから』


『浩然ハオランはどうだい? 心が広くて優しい子に育つよ」


『いいや、私は断然、睿ルイだね。聡明で優れているという意味があるし』




 


  


 その瞬間、私の中で何かがぴったりはまった気がした。


 彼の呼び名は決まった。




 ほっとすると同時に、私は膝を抱えて泣き出したような気持ちになっていた。


 


 ――ああ、私、炎帝陛下のことが好きなんだ。




 できれば気づきたくなかった。恋愛って、楽しいことばかりじゃないから。


 けれど気づいてしまったものはしょうがない。




 ――きっとこれから、もっともっと好きになっていくんだろうな。




 優しいだけじゃなくて、美しいだけじゃなくて、聡明なだけじゃなくて、勉強ってこんなに面白いんだ、本を読むってこんなに楽しいことなんだと、陛下は私に教えてくれた。




 この気持ちを陛下に伝えるべきか悩んだものの――また彼に避けられたりしないだろうか? 距離を取られたりしないだろうか? といった不安があるものの、






『美麗はさ、僕のこと好き?』




  


 そういえば私はまだ、あの質問に答えられていない。


 質問されたことにはきちんと答えなければと思い、伝える決心をする。






 ――でも口にすると、うまく伝えられないと思うから……。




  


 手紙を書こう、その中で自分の気持ちを包み隠さず陛下に伝えようと、結局最初の地点に戻るのだった。


  

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