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第四話



 ――式典って、ようするに番(私)のお披露目式だったのね。


 あのあと、そのまま後宮に入れられるかと思いきや、そんなこともなく、私は元いた場所に戻ることができた。さすがにその日の夜は眠れなくて、一晩中、これからのことを考えていた。


 ――明日から何をすればいいんだろう。


 宮城の敷地内であれば、自由に過ごしてかまわないと言われたけど。正直なところ、私は戸惑っていた。時を遡る前はほぼ軟禁状態で、部屋から一歩も外に出るなと命じられていたのに。


 ――これって、前に私が逃げ出そうとしたから?


 私はあの方について何も知らない。

 それなのに思い込みだけで彼のことを判断し、あのような大罪を犯してしまった。


 ――ずっとイヤイヤ、私の相手をしているのかと……。


 けれど青帝陛下は私を嫌ってなどいなかった。無関心でもなかった。

 逃げようとした私に激しい怒りをぶつけ、手にかけようとしたのだから。


 ――番って、あらためて考えると何なんだろう。


 人間である私には馴染みのない言葉。

 けれど神獣である青帝陛下にとっては重要な意味を成す。


 ――まずはそこから理解していかないと。


 神獣が治める国は、何も蓬莱国だけではない。南方には朱雀、北は玄武、西は白虎といったように、神獣によって守護された国は他にもいくつか存在する。他国の番に関する資料が、書庫に眠っているかもしれない。


 翌日、貴重な書物を保管する書庫を訪ねると、


「これは番様。何をお探しですか」


 私の顔を見た文官が、すぐさま番に関する書物を見つけてきてくれた。


「とても古く、貴重なものですので、本来は持ち出し禁止なのですが」


 特別に一日だけ、貸出を許可してもらえた。


 いそいで部屋に戻り、傷んだ紙を慎重にめくっていく。

 著者の名はなく、番に関する情報を、箇条書きに記しているという感じだった。

 

 最後まで読み終えると、私は息を吐いて背筋を伸ばした。


 ――なんか、頭が痛くなってきた。


 神獣は本来、神獣と番う。生まれた子は成長すると、新たな国を作り、統治者となる。けれど番が人間の場合でも、希に子どもが誕生するケースもあるというが、生まれた子は神獣ではなく、ただの人間だったらしい。


 番を前にすると、神獣は平常心を失い、強い独占欲に駆られる。

 番が近くにいても、その姿を目視しなければ、相手が番だとわからない。


 もっとも人間側はさらに鈍感で、そもそも番の意味すら知らず、番の神獣が目の前にいても、何も感じないという。ゆえに意思疎通が難しく、業を煮やした神獣に監禁されるケースが多々あるそうだ。


 ――だったら今の状態は、とても恵まれているってことよね。


 地上に存在する神獣の個体数は少なく、近親相姦を避けるために人間の番が生まれたのではないかと推測されている。人間の番は神獣を地上に留まらせるための碇であり、孤独を癒す存在。


 ――けれど、人は神獣と違って、すぐに老いて死んでいく。


 しかし他国には、およそ二百年以上生きている人間の番がいるというから驚いた。考えてみれば、神獣は神通力を使い、天候を自在に操ることができるのだから、人の寿命を伸延ばすことくらい、造作もないことかもしれない。


 ――ただし、番の同意なくしては無理だと。


 番亡きあと、孤独に耐え切れずに自ら命を絶ってしまう神獣もいたらしい。その際、新たな神獣が天から遣わされ、国を治めたという。


 ――天を治めるのは神様である天帝てんていで、地上を治めるのは、天帝の使いである神獣の役目。


 人間が統治者として治める国も多々あるが、神獣による守護――国を守る結界がないため、他国との争いが頻発し、治安も良くないという。ゆえにわずか数十年で滅んだ国もあるらしい。


「番は神獣の孤独を癒す存在、か」


 思えば五百年以上、青帝陛下はおひとりでこの国を治めてこられたのだ。

 彼が過ごした年月は、ちっぽけな人間である私には想像もつかない。

 

 けれど孤独の恐ろしさなら、少しは理解できるつもりだ。


 ――癒すったって、どうすればいいのよ。 


 そういえば、私は既に下級宮女としての教育を受けているのだった。

 神獣の心を癒し、楽しませるのが 下級宮女に課せられたもう一つの仕事。


 ――夜伽に呼ばれるようになるのは十八になってからだけど。


 得意な歌と踊りなら、いつでも披露することができる。


 ――とりあえず、練習しとこうかな。




 

 ***





 

 お披露目式が終わったあと、青帝陛下は一度も私の元を訪れなかった。おそらく避けられているのだろう。これでは前回と立場が逆だと、私は苦笑した。代わりに私のところへ顔を出したのは、


「……あなた……翡翠? 翡翠なの?」


 下女に呼ばれ、戸口を開けて外に出ると、翡翠色の目をした少年がいた。最後に会った時より、ずいぶんと身長が伸びているものの、頬の線が柔らかく、まだあどけなさが残っている。彼は照れくさそうに頬を掻くと、「よっ」と片手をあげた。


「元気そうだな、珊瑚」

「なんで、翡翠がここにいるの」

「そりゃあ、ここで働いてるから」

「働いてるって……知らなかった」

「雑用係みたいなもんだけどな」

「雑用係って?」

「まあ、色々っていうか」


 言葉を濁す翡翠に、私は慌てて言った。


「話せないならいいの、ごめんなさい」

「なんでおまえが謝るんだよ」


 自分でもうまく説明できない。ただ、


「翡翠が、またどっか行っちゃいそうで……」


 ああ、と翡翠は困ったように頭に手をやる。


「あの時は、黙っていなくなって悪かったな。実は俺――」

「青帝陛下の番探しをしていたんでしょう?」


 はっとしたようにこちらを見るので「やっぱり」とつぶやく。だからこそ、彼が姿を消したあと、あのような辺境の村に、わざわざ都から役人が来たのだ。


 後宮に入ってから三年間、青帝陛下が一度も私に会いに来なかったのは、おそらく、私がまだ子どもだったから。神獣は、番を前にすると平常心ではいられない。だからあえて距離を置かれたのだろう。そして今も放置されている。


 ――翡翠はずっと、私のことを好きだと思ってた。


 自惚れもいいところだ。


「私はあなたが目をつけた、番候補の一人だった」


 それ以上でも以下でもない。


「……それは違う」

「何が違うの?」


 決まり悪そうな顔で黙りこむ翡翠に、「ごめんなさい」と再び謝罪を口にする。


「あなたを責めるつもりなんてないのに。入って、今お茶を淹れるから」

「いや、今日は帰る。また出直すよ」


 くるりと背を向けた翡翠の腕を、私は咄嗟に掴んでいた。


「行かないで」


 驚いて振り返る翡翠の目に、私はきっと、駄々をこねる子どもみたいに映っていたと思う。けれどこのまま別れてしまったら――また私の前からいなくなってしまうのではと思うと、怖くて手が離せなかった。


「お願いだから、行かないでよ」


 しまいには涙まで出てきて、止まらない。


 再会したら、言いたいことがたくさんあった。

 けれどいざ彼を前にすると、何も言えなくなってしまう。


「泣くなよ、珊瑚」


 うろたえたような声を出す翡翠に、少しだけ胸がすく。


「茶くらい飲むから。ほら、中に入ればいんだろ」


 うんとうなずきながら、翡翠の手に引かれるようにして家の中に入る。


「このくらいでべそかいて。おまえもまだまだガキだな」


 何をっ、この大きく膨らんだ胸が見えんのか――と思ったものの、翡翠の手に触れるのは本当に久しぶりで、私はひどく浮かれていた。居間に彼を通したあと、いそいで台所へ行き、お茶の準備をする。


「よかった、まだいる」

「いるに決まってるだろ」


 あきれたように言い返されてもかまわず、テーブルの前にお湯を入れた陶器と茶器を並べる。事前にお湯で温めておいた茶器に、琥珀色のお茶をそそぐと、花の香りがぱっと辺りに広がった。

 

「うまいな」

「たくさん練習したから」


 美味しいお茶を淹れられない女は嫁にはいけないと、村でもよくからかわれたものだ。


「ねぇ、翡翠。もっと喋ってよ」

「喋るって何を?」

「何でもいいから」


 もっと翡翠の声が聞きたい。

 喋る彼の姿を見ていたいと、隣に座って催促するように言えば、


「おまえ、性悪」


 なぜか怒ったように睨みつけられてしまう。


「なんでよ」

「なんででも。だいたい、男を簡単に家にあげるな。ガキじゃあるまいし」


 さっきはガキ扱いしたくせに。


「大丈夫、翡翠は男じゃないから」

「へーへー」


 残ったお茶を飲み干すと、翡翠は立ち上がった。


「どこへ行くの?」

「仕事に戻るだけだ。付いてくるなよ」


 せめて玄関まで見送ろうとすると、「頼むからそんな顔するな」と翡翠は眉を下げて私を見る。


「そんな顔って?」

「捨て犬みたいな顔……」

「だって、翡翠は私を置いて行くんでしょ?」

「仕事に戻るだけだって言ったろ」

「じゃあ、また来る?」

「……ああ」

「いつ来るの? 明日? それとも明後日?」


 翡翠は困ったように手を伸ばすと、そっと私の頬に触れた。


「おまえ次第」

「……意味わかんないんだけど」

「早く気づけよ、馬鹿」 


 囁くような声で言い、翡翠は外へと姿を消した。




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