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この度、運命の番に選ばれまして  作者: 四馬㋟
朱雀の章

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39/64

炎帝陛下に避けられています



 翌日から、私の涙ぐましい努力が始まった。




 これまでは井戸の水で身体を拭う程度だったけれど、ここに来てからは毎日お風呂に入れてもらえるし、睡眠もたっぷりとれるから、目元の隈も消えて、身体が妙に軽くなった気がする。その上、お世話係の娘達がお肌や髪の毛のお手入れまでしてくれるから、軽く五歳は若返った気分だ。




 いいや、実際若返っているのだと、鏡を見て実感した。




「貴女達が用意してくれたこの桃、すごいわね。若返りの効果があるって、本当だったんだ」




 桃源国の特産品でもある仙桃せんとうは、神の果物とも呼ばれ、美容効果や健康効果が期待できる人気の果物だ。他国にも広く知られていて、庶民にはなかなか手が出せない高級品――そんな果物を毎日食しているせいか、肌にハリが出て、髪の毛も艶々してきたように思える。




 ――ただし体型のほうは、そうすぐには結果は出ないわよね。




 脱衣所にある大きな鏡の前に立って、私はため息をついた。




 手足はひょろ長いし、くびれがあっても胸がないし、お尻も小さいしで、女性的な魅力に乏しい。頑張って肉を付けようと食べ過ぎたせいか、お腹だけがぽっこり膨らんで、完全にお子様体型と化していた。




「こんなんでよく陛下の番に選ばれたよね、私」




 愚痴はこぼすまいと思っていたが、鏡を見るたびにくじけそうになる。


 それはなぜか。




 ふと窓の外を見下ろして、私はため息をついた。




 宮城の庭は広く、幻想的だ。一年中美しい花々が咲き誇り、仙桃がたわわに実った樹木があちらこちらに植えられている。また、色鮮やかな鳥や飛翔が放し飼いにされており、彼らの餌箱には常に眩いばかりの金の粒が盛られていた。




 ――まさに贅を尽くした庭よね。




 柱が朱色の四阿も大きくて綺麗だし――あそこで昼寝できたら気持ち良さそう――散策路も整備されていて、歩きやすそうだ。




 その庭の一角、一際大きな大木の下に、彼らはいた。




 美しい赤髪が遠目でもはっきりと分かるほど、彼は存在感に溢れている。華美で高価な衣装にも負けない、華やかな美貌――炎帝陛下がグラマラスな美女達に囲まれて、鼻の下を伸ばしていた。


 


 ――神獣は番としか番うことができない。




 ですからあれは断じて浮気などではありません、ただ単にくつろいでおられるだけですと、王さんがすかさずフォローしてくれたものの、美しい彼女達と自分を見比べて、何度傷つき、落ち込んだことか。




 そんな自分の頬をぱんっと叩いて、美麗は湯船に突進した。




 ――選び抜かれた宮女達と比べるなんて、どんだけ図々しいのよ、私。




 ただ美しく着飾って、陛下のおしゃべりに付き合っているように見えるが、あの場にいる女性達は皆、死に物狂いで努力し、己の美を磨き、厳しい競争を経て勝ち残った――陛下のお側に侍ることを許された、いわば精鋭達なのだ。




 ――私はただ、天帝様に選ばれたってだけの、運が良いだけの女。




 本来なら、彼女達の足元にも及ばない。




 ――ないものねだりはやめて、今あるものに感謝しなくちゃ。




 花の香りがする湯船に浸かりながら、私はあまりの気持ちよさに目を閉じた。毎日温かな湯船に浸かれて、美味しいものをたらふく食べさせてもらって、これ以上何を望むというのか。




「私は、私にできることを精一杯やるだけ」




 これまでだって、そうしてきたのだから。


 やることは決まっている。




 まずは炎帝陛下に気に入ってもらえるよう、努力すること。主に外見に力を入れる。そして、彼のことを知って、彼にも自分のことを知ってもらえるよう、できる限りコミュニケーションをとること。




 そうと決まれば行動あるのみと、私は湯船から上がり、早速陛下に会いに行ったのだが、




「申し訳ありません、美麗様。逃げられました」




 はあはあと息を切らせた王さんに、申し訳なさそうに報告される。




 その時は、たまたまタイミングが悪かったのだと思い、私は出直すことにした。


 けれどその次も、その次も、




「も、申し訳ありません、美麗様っ。何とか捕まえようとしたのですが、またもや逃げられてしまいました」




 あーこれはもう完全に避けられているなと感じた私は、とぼとぼと自分の部屋へ戻った。普通の人なら、ここで諦めるんだろうけど、私は違う。働かざる者食うべからず。長女として生まれた私の辞書に、ただ飯食い、穀潰しという言葉は存在しない。




 ――何が何でも陛下にお会いして、番としての役割を全うする。




 番という言葉の意味は、まだよく理解できていないけど、要するに私は、天帝さまに選ばれた炎帝陛下の婚約者? 嫁? みたいなものだと、自分なりに解釈していた。




 それなのに炎帝陛下に避けられているということは……




 ――絶対に結婚したくないのね、あの人。




 今の生活がよほどお好きなようだと、美女に囲まれ、幸せそうな顔をした彼の姿を思い出して、ため息をつく。別に私だって、その生活を奪おうなんて考えてはいない。なにせ彼はこの国を治める王であり、神獣様だ。愛人の一人や二人、いいや、十人や二十人くらい、いてもおかしくはないだろう。




 ――彼は番のことを呪いみたいに考えているって、王さんが言ってたっけ。




 だからこそ、私は違うということを彼に伝えたかった。


 彼から恋愛の自由を奪うつもりも、束縛するつもりもないのだと。




 ――会ってくれないのなら手紙を書くという手段もあるけど。




 悲しいかな、まともに学舎に通えなかったせいで、私は文字の読み書きができなかった。だから手紙なんて書けない。代筆を頼むこともできるけど、こういうことは自分でやらないと意味がない気がする。


 


 文字の読み書きはこれからみっちり勉強するとしても時間がかかるし、やはり「会って話をする」が一番手っ取り早いような……。そもそも手紙を書いても、読んでもらえない可能性のほうが高いし。




 けれどどうやったら、私を避けて逃げ回る彼と、まともに話ができるのか。




 およそ二ヶ月間、自分磨きをしつつ、懸命に考えた結果、こればかりは私一人の力ではどうにもできないと感じて、王さんに相談することにした。王さんはなぜか炎帝陛下に極力私に近づくなと命じられているらしく、人目を避けるように私を部屋へ招き入れてくれる。




「陛下は私を孤立させたいんでしょうか?」




 部屋の外へ出ても、すれ違う人達は皆、私の顔をちらりとも見ようとしないし、目も合わせてくれない。またもや落ち込んでしまう私を、再び王さんがフォローしてくれる。




「そうではありませんよ、美麗様。神獣としての本能――単なる番に対する独占欲ですから、お気になさらず。それよりも美麗様は、炎帝陛下と二人きりで過ごす時間が欲しいのですね?」




「そんなに長い時間じゃなくてもいいんです。たまに会う機会を作ってもらって、少しでもお話がしたいなぁと思うんですけど……難しいですか?」




「正攻法でいけば難しいでしょうが、私に考えがあります」




 そう言って、王さんは自信満々に胸を張る。内容を聞いて、なんだか少し不安になってきたけれど、もうあとには引けないと思い、私は彼の作戦に乗ることにした。




 

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