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ただ飯食いにはなるまいと決意しました



「あの炎帝陛下の反応をご覧になりましたか? いつもは飄々としていて、どこか掴み所のないのないお方なのですが、貴女様の前ではまるで子どものような言動をなさって――よほど動揺したに違いありません」




 王さんの嬉しそうな声を聞いて、私は喜ぶべきか嘆くべきか、反応に困っていた。神獣が番を求めるのは本能で、番を前にすると強い独占欲に駆られると王さんから事前に聞かされていたものの、実際に目の当たりにすると複雑な気分だ。




 ――よく知りもしない相手のことを独占したいなんて、普通は思わないものね。




 しかも一目惚れするどころか、私の外見は彼の好みに外れているようだし。そういえば、炎帝陛下は豊満な美女がお好みだと風の噂で聞いたことがある。






『これが番の強制力……最悪……最悪だ』








 ――それに、とても苦しんでいるように見えたけど。




 それを口にすると、王さんは重々しい口調で答えてくれた。




「陛下は長年、番の存在は神獣にとっての呪いだとおっしゃられていましたから、そのせいでしょう。番の存在が神獣の理性を奪い、下等な獣に変えてしまうと危惧されているのです。相手が同じ神獣ならそのような危険性もないのですが、人間が相手となると――ああ、そのように暗い顔をされないでください、美麗様。蓬莱国のような成功例もありますし、私は美麗様のような女性が陛下の番に選ばれて、むしろ喜んでいるのですから」




 本当に? と王さんの顔をじっと見る。


 すると王さんは優しく目を細めると、




「これでも私、国一番の占術師だと自負しておりますから。美麗様のことは全て存じ上げております。幼少期からとても苦労されて、学舎にも通わず、親兄弟の面倒を見てこられた。その自己犠牲的な姿勢――貴女の深い愛情と忍耐強さには心から感服致します」




 まさか面と向かって褒められるとは思わず、私は恥ずかしさのあまり俯いてしまう。29歳の女が何をもじもじしているのかと、気味が悪いだけだと思いつつも、王さんの言葉が嬉しくてたまらない。




「家族のために尽くすのは当然のことです。私は長女ですから」




 なるほど、と王さんは納得したみたいで、




「でしたらここに留まって、炎帝陛下にお側にいてくださいますね?」




 んん? 何だかうまく丸め込まれたような気もするが、特に断る理由もないし、どのみち行くあてもないので、私は頷く。




「良かった。それでは早速、番様のお部屋へご案内しましょう」








 ***








 ――広い……広すぎる。それに何、この見るからに高そうな調度品は――。




 今日からここが貴女のお住まいですと言われて連れて来られた私は、宮城の一角、やたらと広い部屋の前に立って、ぽかんとしていた。




「この部屋は応接間としてお使いください。もっとも、陛下の許可なく番様に会うことなど何びとたりとも許されませんが――他にも衣裳室、更衣室、化粧室、寝室とございまして……」




 私一人でそんなに部屋を使っていいものなの? っていうか、居間だけでも実家の十倍以上の広さなんだけど、私ここに一人で住むの?




 途方に暮れている私を見かねて、王さんがパンパンっとこれ見よがしに手を叩いた。するとどこからともなく三人の美女たち――皆さんボンキュッボンの魅惑ボディの持ち主だ――が現れて、私たちの前に跪く。




「今日からこの者たちが番様のお世話を致しますので、御用の際は何なりとお申し付けください。さあ、お前達も、番様にご挨拶なさい」




 立ち上がった彼女達は私の前で深くお辞儀をすると、




「明明めいめいと申します」


「魅音みおんと申します」


「翠蘭すいらんと申します。誠心誠意お仕え致しますので、どうぞよろしくお願い致します」




 三人とも、まるでお姫様みたい。


 肌は綺麗で手も荒れていないし、きっと良いところのお嬢様たちだろう。




 一方の私は慢性的な睡眠不足のせいで肌はボロボロ、手も水仕事で荒れに荒れているし、髪の毛にも艶はなく、お姫様どころか一使用人といった感じ。仕えるのはむしろ私のほうじゃない? なんてことを考えつつ、




 ――それに自分の世話くらい自分でみられるわ。




 そのことを王さんに伝えようとしたものの、ふと、だだっ広い部屋を見渡して、思いとどまる。そういえば、お腹が空いたらどこで食事をすればいいんだろう? 身体が汚れたらどこで洗えばいいの? 考えれば考えるほど不安になってきて――やはり彼女達の協力は必要だと感じた。




「こちらこそよろしくお願いします」




 こんな綺麗な子達を私のために働かせるなんてと、恐縮して頭を下げようとすると、




「いけませんっ、番様っ」




 くわっと両目を見開いた王さんに叱られてしまった。




「番様が頭を下げられるお相手は、炎帝陛下か、他国の神獣様、もしくはその番様だけです。彼女達にはけして頭をお下げになりませんよう」




 そうなの?


 そういうものなの?




 きょとんとする私を見、「これは早急に教育係をお付けせねば」と王さんは張り切っていた。それにしても、私のようなくたびれた女を主人に持つなんて、彼女達のことが気の毒でならない。炎帝陛下も私の見た目にがっかりしていたようだし。でもこればっかりはどうにもならないだろうな。




 そんな考えが思わず口から出てしまったらしく、王さんが呆れたように言った。




「美麗様は十分、愛らしい顔立ちをしておられますよ」




 親子ほど年の離れた王さんに言われても何のフォローにもならない。


 私が落ち込んでいると、




「お忘れですか? 美麗様。炎帝陛下は私なんぞよりも遥かに年上ですぞ」




 そういえば千歳近いと王さんも言っていたような……。


 思い出した途端、少しだけ自分の年が気にならなくなった。




「髪に艶がなく、お肌が荒れていらっしゃるのは、疲れがたまっているせいですわ」


「十分な睡眠と栄養を取れば、必ずお綺麗になられます」


「わたくし達も全力でサポートいたしますから」




 なんて優しい子達だろう。




 彼女達のためにも、また、私を見つけてここへ連れてきてくれた王さんのためにも、こんなところでウジウジなんてしていられない。とりあえず、少しでも炎帝陛下の好みの女性に近づけるよう、努力しなければ。




 ――私ももう、惚れた腫れたの歳でもないし。




 それよりも誰かに必要とされていることのほうが重要だ。


 少しでも期待されているのなら尚の事、全力で応えたいと思う。




 ――長女気質もここまでくると病気ね。




 そう苦笑しつつも、この時の私はやる気に満ち溢れていた。




  



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