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番はいらないと全力で拒否られました



 この国、桃源国を治める炎帝は人ならざるもの、人の形をした神獣――朱雀である。私のような庶民にとっては雲の上の人、本来なら言葉を交わすどころか一生お目にかかれないような存在だ。




 それが突然、「貴女は炎帝陛下の番です」と言われて素直に喜べるわけもなく、




 ――私、もしかして騙されてる?




 と、つい挙動不審になってしまう。生まれて初めて飛翔に乗って都へ向かっているというのに、外の景色を見る余裕すらない。




 けれど、「美麗様が番様なのは間違いありません」と炎帝陛下の側近を自称する老人――王わんさんが自信満々に断言するので、理由を訊ねてみたところ、




「天帝陛下よりお告げを賜りました。番様は二十代後半の女性で、花のような形をした字があるとのことで、こうして美麗様にたどり着いたというわけです」




 天帝陛下というのは神獣よりもさらに上の存在――天上世界を治める神様みたいなもの。つまり炎帝陛下の番を見つけるよう王さんに神託が下ったということかなと、私は首を傾げる。番というのは天が定めた運命の相手みたいなもので、神獣にとっての生涯の伴侶に当たる存在らしい。




「ともあれ、美麗様を見つけるのに三年もかかってしまいました。炎帝陛下がご協力くださればもっと早く――いえ、今はやめておきましょう」




 王さんは何やらブツブツと文句を言っていたが、今の私はそれどころではなく、




「本当に私なんかが宮城に行ってもいいんでしょうか?」




 こうして高貴な方々と同席している時点で、既に場違いな気がする。


  


「だって神獣様の番は同じ神獣様か、仮に人間だったとしても、ものすごく綺麗で何かの才能に恵まれた人しか選ばれないって、噂で聞いたことがあります。蓬莱国の番様なんて、人間とは思えないほどの絶世の美女だとか」




 その上、歌と踊りの名手らしい。




 神獣が治める国は、ここ桃源国だけではない。東方には青龍、北は玄武、西は白虎といったように、神獣によって守護された国は他にも存在する。




「でも私にはこれといった才能はありませんし、見た目もご覧の通りですし」




 自分で言ってて泣けてくるが、事実なので仕方がない。


 


「字があるだけで番だと言われても、皆さん納得しないんじゃ……」




 けれど私の不安を払拭するように王さんは力強い声で答える。




「全ては炎帝陛下にお会いになれば分かることです」


 








 ***








 


「炎帝陛下、番様をお連れしました」




 湯船を借りて小奇麗になった私は、借り物の高価な衣装を着て、謁見の間で頭を垂れて立っていた。神獣様がすぐ近くにいると思うと、今にも口から心臓が飛び出そうだ。




 礼儀上、謁見の間に入る前からずっと目線を下に向けているので、炎帝陛下のお姿は未だ拝見できていない。ただ、「上座に誰かいるなぁ」という気配だけは感じていた。とりあえず、お声をかけられるまではじっとしていて下さいと王さんにも言われているので、言う通りにしていたのだけど、




「お前達っ、僕に番は必要ないと、何度言ったら分かるんだっ」




 その、怒りに震える声を聞いて、思わずビクッとしてしまう。


 けれど王さんは慣れているらしく、




「炎帝陛下、どうかお怒りをお鎮めください。番様が驚いておられます」


「何度も申し上げた通り、これは天帝陛下のご意思によるもの……」


「もう千歳近くおなりなのに、嫌だ嫌だと子どものように駄々をこねられては困ります」




 動じた様子もなく、堂々と炎帝陛下を諌めている。


 一方の私といえば、




 ――僕に番は必要ない、か……。


 


 軽くショックを受けていた。


 ここでも、私は必要とされていなかったみたいだ。




 更には、




「こんな痩せっぽちで、色気のない女が僕の番なんて絶対に認めないからなっ」




 確かに私は痩せているし、胸も小さくて色気がない。元より、私がボンキュッボンのお色気むんむんの女性だったら、その手の店で働いて大金を稼いでいたことだろう。




「それにチビで子どもみたいじゃないかっ」




 小柄だという自覚はあったものの、さすがに子ども扱いされるのは心外だ。ムッとして顔を上げた私は、そこで初めて炎帝陛下の顔を見た。




 ――うわぁ……。




 燃えるような赤髪に黄金色の瞳、人間離れした美貌――絶世の美青年がそこにいた。しばらくぼうっと彼の姿に見蕩れていた私だったが、王さんの咳払いを聞いて、慌てて顔を俯ける。




 ――私、やっぱり場違いだわ。




 番だと言われて半信半疑で王さんに付いてきたものの、やはりここに来たのは間違いだったようだ。陛下の言う通り、私には女性らしい魅力もないし、美しくもない。元より、彼の前ではどんな美女も霞んでしまうだろう。




 ――それに私、番じゃないみたいだし。




 陛下がこれほど強く拒絶するのだから、そうとしか思えない。


 はっきり人違いだと分かったら、モヤモヤが晴れてすっきりした。




 ――よし、家に帰ろう。




 そして当初の目的通り、田舎に引っ越しして農家の嫁になろう。そう思い、二人に気づかれないよう、こっそり謁見の間を出て行こうとしたのだが、




「おい、お前、どこへ行くつもりだ」




 炎帝陛下に行く手を阻まれてしまった。




 あまりの距離の近さに驚いて、「ひぃっ」とのけぞる。


 けれどお声をかけられた以上、答えねば礼儀に反すると思い、




「い、家に、帰ろうかと」


「なぜ?」


「へ、陛下の番だと言われて来たのですが、違うようなので……」


「誰がそんなことを言った?」




 不思議そうに問われ、「ええっ」と顔が引きつる。




「さっき、陛下ご自身が……番だとは認めないと……」


「認めないとは言ったが、人違いだとは言ってない」




 もう訳が分からない。




 助けを求めるように王さんの方を見たけど、彼はなぜだか嬉しそうな顔をしているし、少し待っても何も言ってくれないので、仕方なく炎帝陛下に視線を戻すと、




「おい、僕の前で他の男を見るな」




 私が驚いて固まっていると、言った本人も「うわー」と赤面して頭を抱えていた。




「これが番の強制力……最悪……最悪だ」




 続いて青い顔でふらふらと大きな窓があるほうへ向かっていく。




「ひどい言い方をしてごめん。ちょっと外へ出て頭を冷やしてくる」




 そのまま窓から飛び降りようとしているので、私は慌てて、




「あの、私、そろそろ家に帰りたいんですけど……」


「ダメに決まってるだろ」




 思い切って言ってみたものの、速攻で返事が来た。




「でも宮城の敷地内なら自由に過ごしていいから」




 陛下はため息混じりに答えると、ふらりと外へ出て行ってしまった。 





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