第十八話
再び目を覚ました時、陛下は相変わらず私のそばにいて、私を見下ろしていた。
眠っている私の手を、ずっと握ってくれていたらしい。
夢の中で何度も陛下の声を聞いたと言うと、私が悪夢にうなされているのを見、心配になって力を使ってしまったという。神獣は、血を分けた者にのみ、感覚や意識を共有できる。今は落ち着いているものの、私が陛下に対して、強い衝動を覚えたのもそのせいらしい。
陛下は、夢の内容については触れなかったけれど、できることならもう一度、時を戻したいと言っていた。私がこの世に生まれた時点で保護したいと。これまで、私は祖母のことを――祖母による、度を越した「しつけ」のことも、誰にも打ち明けたことがなかった。陛下も私の夢を覗き見るまで、知らなかったらしい。
「それだけは、絶対にしないで」
二人きりの時だけ、私は翡翠に接するように陛下に接した。
彼が翡翠のことを受け入れるまで、そうしようと決めたのだ。
「私が朱雀に負けるとでも?」
「……そういう問題じゃなくて」
他人に迷惑をかけたくないから、あなたの命を危険に晒したくないから、そもそも私個人の問題に、無関係の人を巻き込むわけにはいかないから――ただでさえ自分の気持ちや考えを言葉にするのは苦手なのに、それを理解してもらうのは、さらに骨が折れた。けれど途中でくじけることなく話し終えることができたのは、陛下が正面から、私と向き合おうとしてくれているのが分かったからだ。
「そなたの言い分はわかった」
「……本当に?」
「ああ」
熱が引いて体調が戻ると、自分の部屋に戻ることを許された。
出迎えてくれた連油は、私を見て、ひどく驚いた顔をした。
「ようやく戻ってきたと思ったら……あんた、珊瑚よね?」
見ればわかるだろうと私は苦笑する。
「髪が、すごく伸びたわ」
確かに、腰辺りまであった髪は、気づけばひざ下に届くまで伸びている。
「それに、前より綺麗になった」
「気のせいよ」
「……ううん、気のせいじゃない。あんたの肌、毛穴一つ見えないし、産毛すら生えていないもの」
言いながら、戸惑うような視線を私に向ける。
「整いすぎて、まるで人間じゃないみたい。特に目が……」
「目?」
自分で見たほうが早いと言って、鏡を持ってきてくれる。
私が見る限り、大した変化はないように思えた。少し、目の光彩に赤色が混じっているくらいか。ただし腕をまくると、皮膚にうっすら、桃色の鱗模様が浮かび上がっているのが見えた。その部分だけ、皮膚が硬い。
「暗いところで見てみて」
窓を閉め切られ、光を遮られた途端、鏡に映る自分の両目が光って見えた。
瞳孔が細長くなり、猫目のようになる。
――暗闇なのに、はっきりと連油の顔が見える。
夜目が利くようになったのは、きっと陛下の血のおかげだろう。
「何があったの?」
心配する連油に、私は全てを話した。
炎帝陛下がお忍びで来られたこと。延命の儀式を受けたこと。
「だから心配しないで」
連油は引き攣るような笑みを浮かべながら、うなずく。
「でも、なんだか」
言いづらそうにしているので先を促すと、
「あんたがあんたじゃないみたいで……」
「怖い?」
いいえと連油はかぶりを振る。
「ちょっと寂しいだけ」
「私は私よ。何も変わらないわ」
微笑んで顔を覗き込むと、連油は顔を赤くしてそっぽを向く。
「喉が渇いたでしょう? 今お茶を淹れるわ。あと、お部屋で玉祥様がお待ちよ」
その言葉で、一気に現実に引き戻される。
「しばらく勉強をお休みしてたから、遅れを取り戻すとおっしゃって……逃げちゃだめよ」
わかっていると答えて、私は勇んで勉強部屋へ向かった。




