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第十六話




「あいつに何て言われた?」


 ――番である君が死ねば、青龍も死ぬ。青龍が死ねば、君も死ぬ。


 炎帝陛下の言葉が耳について離れない。

 命を分け合うということは、そういうこと。 


「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ」

「だって、嬉しくて――」


 人の生死に関わることなのに。

 喜ぶなんて、自分でも不謹慎だと思う。けど、


「俺以外の男に近づくなって……初めて聞いたんだけど」


 話を逸らすと、翡翠はむすっとした顔をする。


「悪かったな、嫉妬深い男で」

「いいの。炎帝陛下が女性の方だったら、私のほうが嫉妬してた」


 一緒にいればいるほど、翡翠への思いは強くなっていく。それが良いことなのか悪いことなのか、自分でもよくわからない。そのことを口にすると、翡翠は嬉しそうに笑った。


「なんで笑うのよ」

「別に」 

 

 笑みを深くしながら、私の頬を指で押したり挟んだりしてくる。


「訊いてもいい?」

「ん?」

「延命の儀式を受けたあとで、もし、私が病気になって死んじゃったら……」


 私の不安を、翡翠は笑い飛ばす。


「死なないよ。おまえを丈夫にして、長生きさせるための儀式なんだから」

「だけど、高いところから足を滑らせて、転んだりしたら……」

「それでも死なない。仮に頭の打ちどころが悪くてもな。寝てりゃ、すぐに治る」


 黙りこむ私に、「怖くなったか?」と翡翠は言った。


「そんなの、普通の人間じゃないもんな」


 そうかもしれない。けれどこれまで、ただの人間であることを卑屈に思っていた私にとっては、嬉しい驚きでしかなく、「良かった」と胸を撫で下ろした。


「だったら、私のうっかりのせいで、翡翠が死ぬことはないのね」

「……うっかりって」


 再び吹き出すように笑いだした翡翠に、私はむっとした。


「笑うことないでしょ。私は真剣なのに」

「そうだな……悪い」


 わざとらしい咳払いで笑い声をごまかすと、ふいに真面目な顔をする。

 じっと見つめていると、言いづらそうに彼は口を開いた。


「見た目も少し、変わるかもしれない」

「どんな風に?」

「……肌に龍の鱗みたいなものが生えるかも」

「あら、素敵ね」


 即答すると、心配そうな視線を向けられる。


「女は特に見た目を気にするらしいが……おまえは平気なのか?」

「私が一番怖いのは、あなたに嫌われることだから」


 甘えるように身体を寄せると、やんわりと抱きしめられる。

 耳元で「ありがとな」と感謝されて、「変なの」とつぶやく。


「私が、自分でそうしたいと思ってるだけなのに」

「おかげで、俺の心配が減る。おまえに何かあったらって……考えずに済む」


 翡翠の腕に力がこもるのがわかって、ほっとした。

 力強く抱きしめられて、少し痛いけれど、居心地は悪くない。

 子犬がじゃれ合うように頬をすり寄せると、とくとくという心臓の音が聞こえた。

 少し速い。


「珊瑚」


 呼ばれて顔を上げる。おもむろに唇を塞がれて、息が止まった。

 直後に「しまった」という焦る声が聞こえて、彼の姿が煙のように消えてしまう。


「……翡翠?」


 



 ***





 

 夕餉の席で、青帝陛下は不機嫌そうな顔をしていた。

 じっと私を見つめて、落ち着かない様子なので、


「私の意思は変わりません」


 この際だからと、再度はっきりと伝える。


「延命の儀式、謹んでお受けいたします」

「……わかった」 

  

 陛下は食事を片付けさせると、盃を持ってこさせ、人払いをした。

 二人きりになると、陛下は盃を手に、私の前に腰を下ろす。


「儀式といっても、簡単なものだ」


 そう言って、陛下は一旦盃を下に置くと、近くにあった果実酒を注いだ。

 それから自分の指先を軽く噛んで、溢れ出た血を数滴、盃の中に垂らす。


「私の血を体内に取り込むことで、内側からそなたの肉体を作り変える」


 ようはそれを飲めばいいのだと理解して、盃に手を伸ばそうとすると、待ったをかけられた。横から盃を奪い取られ、にわかに抱き寄せられたかと思えば、なぜか口移しで飲まされてしまう。


 直後に胸の辺りに熱を感じて――あまりの熱さに驚いて覗き込むと、文字のようなものが刻まれていた。


「……これは」 

「神名……私の本当の名だ」


 まもなく、文字は肌に吸い込まれるようにして消えたものの、あまりのことに、私は絶句していた。ということは、陛下は禁忌を犯したことになる。けれど陛下の口調はあっさりしたものだった。


「そなたがその名を口にしなければ、禁忌を犯したことにはならない」


 どうやら機嫌が直ったらしく、優しい表情を浮かべている。

 

「……そういうものですか」

「そういうものだ」


 あまりに自分を信用しすぎではないかと、あわあわする私の頬を撫ぜて、陛下は続ける。


「これから、そなたは深い眠りに就く。多少、苦しい思いをするだろうが、耐えてくれ」


 瞬く間に眠気が訪れて、うつらうつらしてしまう。恐怖は全くと言っていいほど感じない。子どもの頃、裸足で村をさまよい、餓死しかけたせいか、ある程度の苦痛には慣れていた。

 

 ――それに、これは私が望んだことだから。


「珊瑚……眠ったのか」


 ふらつく身体を優しく抱きとめられて、温かな腕の中に閉じ込められる。

 骨が軋むような痛みを覚えながらも、私は安心して目を閉じた。








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