2.夢オチにして欲しかった
はい、起きました。おじさん起きました。でも目の前の景色は変わっていませんでした。どういうことなの??窓の外を見てみると、太陽はすっかり真上に昇っていて、昼になっていることがわかった。遅刻じゃないか!困る!いや、そもそもこの状況じゃ会社行けないけど!
「失礼いたします」
コンコン、というノック音と共に誰か入ってきた。嘘!?そんな突然知らない人が入ってくるの!?僕は一体どうしたらいいんだい!?しかもこの人、メイドさんってやつじゃ…!?
「お、お嬢さま!お目覚めですか、よかった。ずっと熱が下がらなくて、心配していたのですよ」
お、お嬢さま…?誰のことを言っているんだろう。まさか僕?ばっちり目があってるけど僕のこと…?声が高くなってたり、体が小さくなってたりする僕のこと…?
「お嬢さま?どうかなさいましたか?」
メイドさんが目に見えて狼狽えてしまった。ごめんよ、僕はおじさんなんだ、君のこともわからないんだ。言ったほうがいいのかな?やっぱり言ったほうがいいよね、何事も報告、連絡、相談だよね。
「あの…すみません、お嬢様ってぼ、私ですか?あと、あなたは…?」
「え、え!?お嬢さま、もしかして記憶が…!?お待ち下さい、すぐにお医者様を呼んで参ります!」
メイドさんはすごく焦って言ってしまった。う〜ん、やっぱり僕がお嬢さま本人ってことなのかな。鏡ないかな、鏡…あっ、あった!よし、見てみるかな。
「う、うわー!す、すごい、すっごく可愛い、これ僕?ほんと?すごい、こんな可愛いなんて…!」
鏡に映ったのは、予想通り小さな女の子。金色の髪は日の光に反射してすごく綺麗。なんだろう、蜂蜜みたいだな。蜂蜜好きだからなんか嬉しいな、たまの休日にホットケーキを焼いて、蜂蜜をかけて食べるのがすきだったんだよね。あ、話逸れた。
「わ〜目もなんかキラキラしてる…」
目の色は緑、すごくキラキラしていて、あー、あれ、あの、エメラルド!みたいな宝石みたいだ。髪はふわふわしていて長い。目は垂れ目かな?こんな女の子、見たことない。童話に出てくるお姫様みたいだ。
う〜〜ん、これ夢かなあ?おじさんがこんな女の子になるなんて夢以外あり得ないんだけど、でも覚めないし、頬を抓ったら痛いし、お腹は空いたしなあ。つまり夢じゃない?そんなことも、あるのかなあ、あるのかもしれないなあ、僕が知らないだけで、最近ほら、よくわからない話を若い子がしているしね。VRとか。
「まあ、考えて分からないことはしょうがないよね。それより、迷惑をかけないようにしないと。この子になりきって振る舞えばいいのかな?」
でも、じゃあ、この子の精神?的なものはどこにいっちゃったんだろう。もしかして、僕の体?それは、可哀想すぎるんじゃないかな???あと会社は?ん〜〜まあ、いいか。考えてもどうにもならないよね。ごめんね女の子。
「お嬢さま!!お医者様をお連れしました!…って、どうしてベッドで寝ていらっしゃらないのですか!早くお戻り下さい!」
鏡の前で考えていたらメイドさんがすごい剣幕で戻ってきた。後ろにはお医者さんらしきご老人が息も絶え絶えでついてきていた。
お、お医者さん…!お疲れ様です!!
とりあえずベッドに戻り、お医者さんの診察を受ける。ただ、名前や年齢、家族…なにもかも答えられなくて申し訳なくなってきた。ごめんなさい、中身はおじさんなんです。
この女の子、というか僕に医者が下した判断は「記憶喪失」ということであった。どうやら、この子は3日前に高熱を出し、ずっと寝込んでいたらしい。その熱のせいで記憶喪失になった、ということになった。
正直、記憶喪失という設定はありがたい、と思う。この子になりきるにはそれなりの情報が必要となってくる。だけど僕はその情報を一切持っていない。しかし、記憶喪失という免罪符があれば、合法的に情報を聞き出せるのだ。
「よ〜し、おじさんはおじさんなりに頑張るぞ!」
良い子のみんなに教えてあげるね。上手く生きるコツは、物事を深く考えず、周りに馴染むことを努力することだよ。おじさんはそうやって厳しい社会を生きていたんだ。だから、このよくわからない状況も、おじさんがんばります。