十二歳の少年には違和感としてだけ記憶されていた「憑き物」が人生経験と共に得た新しい解釈で「落ちた」話をしたい。
昭和の終わりの頃はまだ色々とおおらかで、
夏休みともなるとこの小学生高学年の男子たちは夜な夜な家を抜け出し、
待ち合わせ、集団であちこち徘徊する訳だが、
これも大人たちから見て見ぬふりをしてもらっていた。
思い返すとあの頃は誤魔化せていたと信じていたタバコも酒もエロ本も、
すべて承知の上で見逃されていたのだろう。
クラスの女子の着替えをチラ見していたのが、
彼女たちにはすべて把握されていたように。
そんなある真夏の深夜、
私を含めたいつもの4人組はいつもの公園でタバコをふかしながら、
取留めの無い会話を楽しんでいた。
公園に隣接する平屋から呂律の回らない怒鳴り声で、
ガキうるせえぞガキとお叱りを頂いたので、
秘蔵の爆竹一束に火を着けてお応えした、
脱兎、腹を抱えて笑いながら少年たちは深夜の住宅街を走り抜ける。
都心に比べ田舎の方の東京は当時は自動販売機が少なかったが、
その代わり清涼飲料だけでなくタバコ酒エロ本やコンドームの自動販売機が、
群生している形態のものが所々に点在していた。
そのオアシスは少年たちの絶好の溜り場となっていたが、
細心の注意を払わないと中学生高校生のお兄様方と遭遇し可愛がられてしまう、
そういった場所だった。
少年たちは先客がいないことを怯えながら確認する、大丈夫、
一転誇らしげに我が物顔で楽園に足を踏み入れる、
コカ・コーラを一缶買い、みんなで回し飲みをした、
おい飲み過ぎだぞ、誰かが誰かに言ってみんなで笑った。
しばらくして川に肝試しに行こうぜというありきたりな提案が出たのだが、
その日に限ってなぜか嫌な予感がしたのを鮮明に記憶している。
夜の多摩川は鉛色をしていた。
岸には木々が生い茂っている場所が数百メートルごとにある、
特に他の川との合流地点に位置する森もどきは昼間であっても、
不気味に黒々と聳え立っているのにまして深夜、
特にその夜は視界に入った瞬間に鳥肌が立つほどの威圧感があった。
その森もどきに足を踏み入れる、
みんなにも私の感じていたような嫌な予感もあったのかもしれない、
知らぬ間に無口になっていた、
風も無いので聞こえるのは虫の音のみ、
街灯も届かないので明かりは月光のみであった。
オラ幽霊でもなんでもかかってこいやと誰かが発言したのを憶えている、
こういった状況で怯えた風な言動は弱虫野郎の評価に直結する、
少年たちなりにこの肝試しに必死だったと言える。
今も鮮明に思い出せる、
その時にはっきりと見たあの黒い何かを。
実体は感じられず輪郭は曖昧でその形はあえて言えば縦長の楕円、
初見は何か黒い大きな穴が空間に開いているという印象だった。
それがほんの二十メートルほど先に浮かんでいる、
見間違いではと見返す度にそこに存在しているという確信はますます深まった。
オカルトや霊的な怖さというより崖っぷちに立たされているような、
生命の危険を感じる圧倒的恐怖感、初めての感覚であるコワイを超えたヤバイ、
目が離せなかった。
そういった緊張状態はちょっとした切っ掛けで砕け散る、
おい、なんだよアレ、誰かの叫び声を合図に4人全員全速力で、
小さな悲鳴を漏らしながら来た道を溺れる者のように引き返す。
私は先頭を歩いていたのでその時点で最後尾になっていた、
やべーとか叫んでいたと思うが、意外と冷静だったのを思い出す。
前をゆく誰かがこけたら助けよう、と心の準備をしていたり、
黒いアレから遠ざかっているすなわち追ってきていない、と後方確認をしたり。
現在の私の話になるがさっきまでの黒いヤツの描写を打ち込んでいる際には、
鳥肌が立ち冷や汗が出ていたが、今ここまで書き進めて安堵しているのは、
あの時の気持ちに通じるものがある。
河原から大分離れたにも関わらず4人は走り続けていた。
道中、俺ん家に来いと私はみんなに伝える、
おうよと力強い返事が3つ帰って来る。
そこから最も近いのが私の家であったし、
家の教育方針が最も自由だったのが私の家族であったのが理由である。
私は一階の自室の窓から帰宅し、玄関に回り鍵を開け3人を迎え入れた、
ここに来てやっとで安全を実感した。
あれは何だったのだろうか?
4人は興奮冷めやらぬまま各々見たものに関して話し始めた。
ただおかしなことに4人の見たものは全く別のモノのようで話が噛み合わない。
1人はあれは犬位の大きさの獣だった、茂みの中で目が光っていた、と言い、
1人は私たちの頭上に煙のような布のような白いひらひらが舞っていたと、
もう1人は川の対岸に薄汚い浮浪者のような爺だか婆だかがいたと言った。
つまり私を含めた全員が全く別のものを見ていたと言うことだ。
ここにきて4人はお互いに顔を見合わせ力なく笑い始めた。
なんだよチキン野郎、お前こそ、といったやりとりが続く。
みんな必死に。見たものは恐怖心が見せた幻覚と言い聞かせるように。
ただ私がそうであったように全員が確信していた、確実に見たと。
気持ちはもんやりとしていたがそれでも心身共に疲れていた4人は、
固まるようにして眠った。
翌朝午前8時を回ったところだろうか、
家族の朝食の用意の音で4人は目覚め3人は帰宅した。
父母妹と朝食をとったのだが、
その際に父親が私に向かって真剣な表情でこういった。
そこの合流地点の森で首吊り自殺があった、
父は朝の犬の散歩の際に森の手前の堤防に集まっている、
パトカーや救急車を見たと言っていた。
私は一瞬で血が引いていくのがわかった、昨晩肝試しをした森だからだ。
昨晩見たものはその首吊りをした人の幽霊だったのではないかと。
しかし父親の話を聞き進めていくうちにおかしな点が出てきた。
その森の近くに住むトラックの運転手が何らかの事故を数日前に起こし、
それが原因で自殺したそうなのだが実際に事に及んだのは明け方だったと言う。
事に及ぶ直前に運転手は実家に電話をしてその電話を受けて実家の家族が、
警察に通報し運転手発見に至ったという。
そうであるなら私が見たものがその運転手の幽霊であると言う仮説が崩れる。
私が森にいた時には運転手はまだ時間的に生きていたのだから。
子供の頃の私には人が死ぬ、死んだ後で幽霊が出る、
その幽霊は死体と一対一の関係であると言う認識しかなかった。
結局この不思議な体験は私の中で消化しきれないまま胸に残り続けた。
あの時、私が確かにあの黒い穴を見たように、
恐らく他の3人も確かに各々の現象を目撃していたのであろう。
あの時、私が見たものは、その後すぐに同じ場所で起こった、
悲しい事件と関係があるように思えてならなかった。
これらの記憶はまるで憑き物のようにいつまでも私にへばりついていた。
そしていつしかこの記憶からは目を背ける習慣がついた。
あの黒い塊のことをいつ忘れたのかはもう思い出せないが、
再び思い出したのは今から5年前の秋だった。
その年、私の経営している会社が納品したシステムが、
客先で損害賠償レベルの障害を起こした。
詳しい話は伏せるが障害復旧のめどが年内に立たない場合は、
裁判になり賠償金を払わなくてはいけなくなった。
年内に復旧の目処が立ったとしても3月末までに復旧作業が完了しなければ、
やはり裁判になり賠償金を支払わなくてはならない。
もし3月末までに復旧作業が完了しない場合の賠償金の総額は、
ジャンボ宝くじ一等前後賞合わせた金額より上になる。
私と客先の責任者は障害発生から1週間後ほぼ同じ時期に、
疲労とストレスで倒れた。
それは思い出したくもないほどに苦しい日々だった。
食べるもの飲むもの全て泥と泥水のように感じた。
それどころかストレスが原因で体のホルモンバランスが崩れ、
抗体が弱まり、ちょっとしたことで食中毒に似た症状が出たり、
体中に蕁麻疹が出たりした。
何が言いたいのかと言うと、もしこのままの生活が続くのであれば、
私にとって全く別世界の話と思っていた自らの命を絶つという選択肢が、
浮上してくるかもしれなかったということだ。
絶対に私はそんな事はするはずが無いと思ってはいたが、
また私の場合、復旧作業を完了すればこの地獄から抜け出すことができる、
と言う希望があったので、しかしそれでもそれまで全く理解が出来なかった、
自殺をする者の気持ちと言うものが理解出来きた瞬間であった。
そんなある朝、もはや驚くこともしなくなった、大量の抜け毛の枕と、
全身でおねしょをしたかのような寝汗で水浸しの布団から目が覚めると、
不意に再会した。
あの夏あの森で出会ったあの真っ黒な穴ぼこは私の部屋の入り口に浮いていた。
私はしばらくその黒い穴ぼこじっと見つめていると、
なんだか向こうからもこちらを見ているようなそんな感じがした。
以前感じたような恐怖を感じていたが、
その時は何か負けるものかといったような、
強がりとも喧嘩を売るとも思えるようなそんな態度で対峙していた。
何分ほどそうしていただろう、いつの間にかその黒い穴ぼこは消えていた、
私は勝ったかのような気分になり、ざまあみろと呟いたのを覚えている。
今から思えばその再会は夢だったのかもしれないが。
ちなみにシステム障害の復旧作業は年明け早々に予定を前倒しして完了した。
私も私の会社のパートナーも客先の担当者も最後の障害対策会議では、
お互い握手しながら涙を流した。
私はその時、生きるということを生々しく感じていた、
同時にあの黒い穴ぼこを振り切ったと実感した。
結論:
そして長らく胸につっかえていたあの日の記憶が整理された。
亡くなった運転手は子供の頃の私たちが肝試しをやっていた頃、
既に死を覚悟していたのだろう。
事に及ぶ場所もあの森にしようと決めていたのだろう。
その死を目前にした運転手の魂が発する何らかの匂いにつられて、
様々なモノ達がその場所に集まっていたのだろう。
ひょっとしたら未来から来たモノがあるかもしれない。
迷っている魂を引きずり込む目的で来たモノもあるかもしれない。
同様に過去から来たモノや突き飛ばそうとしに来たモノ、
その魂を喰らいに来たモノ、野次馬もいたかもしれない、
そして―――その魂を回収する為に降り立った者
あの日の私たち4人はそれらを目撃したのではないかと私は考える。
あの日の私が見たのは人類が自我を得た頃から恐れ戦き崇めてきた、
死を司る者―――死神―――であったと今では確信している。
いつかまたどこかで会うことになるだろう。
我々は生きている以上、常に死が隣り合わせにいることを思い知らされる。
人生とは迫りくる死の恐怖に怯え、発狂する寸前の魂の叫び声に似ている。
終
お付き合い頂き誠にありがとうございました
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