五話 ケジメと誠意
誤字を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
やらかしてしまった……。
事の起こりは、舎弟を連れて室戸の店に行った時の事だ。
言い訳になるかもしれないが、俺は珍しくベロンベロンに酔っていた。
室戸が呑み比べで勝負だ、と言い出したのでそれに乗ったのだ。
その酔い覚ましのために屋上で風に当たってから、帰りにトイレへ寄った。
その間に、事件は起こっていた。
トイレから戻ると、店は騒然となっていた。
騒ぎの中心は、俺達が飲んでいた席。
俺がそこに着くと、俺の舎弟が別の客に殴り倒される所だった。
「おい。何してやがる!」
俺が声をかけると、その男は振り返る。
「礼儀のなってねぇ奴に灸をすえてやっただけだ」
そしてそう答えた。
「てめぇら、振遊組の連中だろう? 最近調子に乗ってるらしいが、こんなチンピラしか揃えられねぇようじゃお前らの親もたいした事ねぇな」
「あ?」
その言葉にカッとなった俺は、その男をボコボコのタコ殴りにした。
なんなら灰皿も使ったし、顔も踏みつけた。
椅子も振り回し、塩も顔に振りかけてやった。
気付けば、数人の見知らぬ男が足元に倒れていた。
一人が相手かと思っていたが、途中から何人か増えていたらしい。
酔っていたので、わからなかった。
そして、その倒れている男の胸に光る代紋に気付き、一気に酔いが醒めた。
それは中森組の代紋。
男達は、うちの上部団体……。
というより、本家筋の組の人間だったのである。
「幸い、中森の親父は懐の深い人だ。今回も、示談金で許してくれるとの事だ。これから、侘びを入れてくる」
兄貴は叱るでもなく、そう言った。
「すみませんでした!」
俺は、深く頭を下げる。
「こういうのは、親の責任だ。気にするな、とは言わないがな。申し訳ないと思うなら、今後気をつけろ」
「はい。わかりました……」
頭を下げたまま答えると、兄貴の溜息が聞こえた。
「今日はもう帰れ」
「……はい」
家に帰ると、大きな溜息が吐いた。
失敗は、何度味わっても堪えるもんだ。
兄貴に対しては申し訳ないし、不甲斐ない……。
それを考えると辛い。
「……ゲーム、するか」
いろいろな事が渦巻いて、心がずっと休まらない。
そんな感じが、あれからずっと続いていた。
ああ、しんどい。
癒されたい。
そんな事を考え、俺はあるゲームを手に取った。
手に取ったのは、お姫様に手を引かれた盲目の王子が描かれたとても可愛らしいパッケージ絵のゲームである。
俺はゲームを起動する。
プロローグが始まり、俺は絵本のような映像を見ながら、朗読を思わせる語り手の声に耳を傾けた。
このゲームのあらすじはこうだ。
魔女の支配する森とそれに囲まれた小さな国があった。
森には歌の上手な狼が住んでいて、その狼は毎夜岩の上で誇らしげにその歌声を披露していた。
そんな彼女の歌声を聞くのは、一人の王子。
彼は崖下でいつも、その美しい歌声の主に思いを馳せていた。
そして彼はある日、決心して岩を登る事にした。
岩の上に登った王子だったが、自分の正体を知られると嫌われるのではないかと思った狼は、咄嗟にその目へ手をやった。
鋭い爪のあるその手は王子の目を引き裂き、岩の下へ落ちそうになる。
その手を掴んで王子を助けようとした狼だったが、目に見えぬ中で毛に覆われた何者かの大きな手の感触に混乱し、暴れ……。
崖下へと落ちていった。
目と顔を引き裂かれた王子は、もう公に出せないと判断した両親に幽閉される。
その扱いに憤った狼は、王子と会うために城へ忍び込む。
王子と初めて言葉を交わした狼は、自分が隣国の姫だと嘘を吐く。
森に住む魔女に目を治してもらうため彼を連れ出そうとした狼だったが、王子は毛に覆われた手の感触に怯えてしまっていた。
今の自分の手では、王子に触れられない。
そう思った姫は、単身で魔女の元へ向かう。
そして、歌声と引き換えに姫の姿へ変身する能力を授かるのである。
姫となった狼は王子を連れ出し、王子の目を治してもらうため魔女の住処へと向かうのだった。
という、内容である。
プレイヤーは、王子と手を繋ぐ事のできる姫の姿と、敵を倒すための狼の姿を駆使して、道中の謎を解きながら魔女の元へ向かう。
そんなアクションゲームだ。
とはいえ、アクション要素が重視されたものではなく、むしろ謎解きを重視した物と言えるだろう。
謎解きの難易度はあまり高くなく、謎解きの苦手な俺でも苦にならなかった。
むしろ、程よい手応えで次々に進めたくなる面白さがあった。
このゲームの良い所は多々あり、それはそのゲーム内容もそうなのだが。
キャラクターのデザインも可愛らしく、手を繋ぐ事で笑顔に変わる二人の表情や、高所から落下した際の二人の動作など、細やかに作られた動きも見ていて面白い。
音楽もゲームの雰囲気を盛り上げ、何よりエンディングで流れるテーマソングはこれ以上ない程ストーリーにマッチしており、同時流れるスタッフロールの映像と合わせてむしろそれすらストーリーの内と言っても過言ではないだろう。
本当に良いゲームである。
これほどに欠点の少ないゲームはそうそうないだろう。
本当にボリューム以外の欠点がない。
俺はゲームを進める。
この姫と王子にできる事は手を繋いで歩く事しかない。
それも最初は、手を繋いで歩く事すら上手くできなかった。
しかし、二人で旅をする内にできる事が徐々に増えていく。
手を引かれて歩く事しかできなかった王子は、手を繋いだ状態からなら一人で一定の距離まで歩く事ができるようになり……。
物を持ったり、置いたりする事ができるようになる。
そして次第に、手を繋いでいなくても声の届く距離なら王子は姫のお願いを聞いてくれるようになるのだ。
これは旅の中で、王子の姫に対する信頼が高まったからこそできるようになる事なのだと俺は思う。
ゲーム内のアクションが増える過程は、そのまま二人の信頼関係を表現しているのだろう。
そこに考えが及ぶと、尊いなぁ、と胸がきゅんきゅんしてしまう。
ちなみにこの王子だが……。
思いのほか身体能力が高い。
自分の身長と同じくらいの高さまで跳躍でき、なおかつ自分の胴体より大きな石材か木材かよくわからない物を片手で持ち上げたまま同じくらいの跳躍能力を見せる。
終盤においてとんでもない無茶ぶりをしてくる事もあり、案外脳筋である可能性が高い。
この王子の国が魔女の森に囲まれているというとんでもない立地であり、なおかつ毎夜その森の奥に足を運んで狼の歌を聴いていたという事実もある。
それらを加味して考えると、もしかしたら王子は不意打ちさえ受けなければ狼に対処できたのでは?
などという事も考えてしまう。
……いや、まぁ流石にそれはないと思うが……。
あと、完全な願望なんだが。
朗読の声をいろんな声優に変えられるDLCとか出ないかな……。
銀河さんの声で朗読とか聴いてみたい。
物語から可愛らしさが死ぬ事間違いないだろうが。
王子が食べる、姫の用意した飯はまずい……。
『ごめんね、旅の疲れで喉の調子が悪いみたい…治ったらまた歌ってあげるから…』
……。
姫は旅の最中、王子に対して多くの嘘を吐いていく。
それは自分が姫であるという事から始まり、次々に重ねられていく。
しかし一貫してその嘘は、王子を想っての事だ。
正体を知られれば嫌われる。
王子に嫌われたくない。
その一心で、姫は嘘を吐き続けるのだ。
そしてその嘘が、どのような事態に二人を導くのか……。
「ふう……」
その結末を思うと、別の意味でしんどくなってきた……。
黙々とゲームを進め、合間に挟まるシナリオを観賞し……。
その都度、コントローラーから手を放して「ふぅ……」と息を吐く。
そして、ラストまで来た。
『私は王子の目を傷付けてしまった。だけれどそれをごまかして、王子の目を治せればそれだけで王子と仲良くしていいって思ってた』
『でもそれじゃダメだってわかったんだ。だから…』
姫の台詞。
「そうだな。その通りかもしれないな……」
思わず俺は、一言呟いた。
いいゲームだな、本当に。
俺の抱えているもやもやも、吹き飛ばしてくれた。
翌日。
俺は、中森組長の屋敷まで来ていた。
門前払いを受けるかもしれないと思ったが。
インターホンを鳴らして名前を告げると、すぐに会うと言ってくれた。
出迎えたのは、俺がぶちのめした男達だった。
「あの時は、すいませんでした」
深く頭を下げて、謝罪する。
「いや、あの時は俺も言っちゃならねぇ事を言った。お互い、酒のせいって事で忘れちまおう」
男の一人が、そう言って謝った。
喧嘩の原因になった相手だ。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、救われます」
男達に案内されて、俺は座敷に通された。
上座には、着物姿の老人が座っている。
しかし老人といっても体格は良く、長い白髪を撫で付けている。
顎には立派な白い髭が生えていた。
この人が中森組長か。
「お前が、勇城か。何しに来た? 話はもう、お前の親父との間で着いてる。用事なんざないはずだぜ」
「いえ、違います」
俺は、中森組長の言葉を否定する。
中森組長は、その言葉に眉をひそめた。
「あれはケジメです。やった事に対する、最低限の礼儀でしかありません」
「ほう。それで?」
「でも、それだけじゃいけないと思ったんです。実際に手を下した俺自身の誠意がそこにはなかった。だから、それを納めていただきたく、参上した次第です」
俺はその場で、土下座した。
「この度は、手前の浅慮で迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでした」
『私は王子の目を傷付けてしまった。だけれどそれをごまかして、王子の目を治せればそれだけで王子と仲良くしていいって思ってた』
『でもそれじゃダメだってわかったんだ。だから…』
そうだ。
ただ、帳尻を合わせるだけではダメなんだ。
しっかりと、そこに謝罪する人間の気持ちが伴わなくちゃいけない。
俺が頭を下げ続けていると……。
「はは……はっはっは」
不意に中森組長は笑い出した。
俺は顔を上げる。
「誠意ねぇ……。なら、俺が指を詰めろと言ったらどうする?」
「それも覚悟してきました」
「冗談だよ。面白れぇ男だな。お前みたいな奴は、初めて見た。少なくとも、極道社会では一人としていないだろうな」
中森組長は、髭を撫でながら笑った。
「極道には向いてねぇ気がするし……。逆に、器が量り切れねぇほどでかくて向いているようにも思える」
言うと、中森組長は立ち上がった。
「いいぜ。謝罪を受け取ってやる」
「ありがとうございます」
俺は再び、頭を下げた。
今度は、感謝の礼だ。
「何かあったらいつでも来い」
そう言い残すと、中森組長は部屋を出て行った。
「お前何したんだ?」
事務所に行くと、兄貴から開口早々に訊ねられた。
「何の話です?」
「中森の親父から電話があってな。詫びいれに何か手落ちでもあったのかと冷や冷やしてたら、お前の事をベタ褒めされた」
「そんなの、ちょっと謝りに行ってきただけですよ」
「わざわざ行ったのか? 何でまた?」
「そりゃあ――」
『悪いことをしたら、謝らないと』
ちなみに、ゲーム内のバグ挙動も好きです。