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四話 剛拳

「遊びに来た」


 インターホンに出ると、玄関の前にいる少女の姿がモニターに映し出された。


 本当に来ちまいやがったよ。


 少女の名は桂馬 勝美。

 最近知り合った同じマンションの住人だ。


 彼女はにやにやと笑い、脇にはアケコン(アーケードコントローラー)を抱えていた。


「ちょっと待て」


 少し迷ってから、そう答えて玄関へ向かった。


 まぁ、見られて困る物は家にないからな。

 一つあるとすれば、俺の背中ぐらいだ。


 彼女を迎え入れる。


「おじゃまー」


 軽く挨拶すると、勝美は遠慮なく部屋の中へ入っていく。


「よかった。ハードあるじゃん。もちろん、あれもあるよな?」

「ゲーセンでやった奴ならあるぞ」

「へへ、そうこなくちゃな。対戦しようぜ」


 俺は一つ溜息を吐く。


 まぁ、今日は暇だしな。


 それからすぐにゲームを起動する。


「おっさん。結構、ゲーム持ってるんだな」


 ゲームが起動するまでの間に、勝美がゲームソフトを並べた棚を見て言う。


「これだけが楽しみだからな」

「あ、やってみたいと思ってた奴だ。今度貸してくれよ。代わりにこっちも何か貸すから」

「いいぞ」


 ゲームが起動すると、勝美はアケコンをハードに挿してソファーに座った。

 胡坐をかき、その上にコントローラーを置くスタイルだ。


「あれ? おっさんはパッド派なの?」


 パッド、というのはゲーム機に付属された一般的なコントローラーの事だ。


「そうだな」

「それでこのゲームするの、指痛くならねぇ?」


 この格闘ゲームは、四つのボタンがキャラクターの両手足に対応しており、コマンドを入力するには左手で十字キーを操作し、右手は人差し指と中指によるボタン操作という特殊な持ち方をした方がやりやすい。


「最初だけだな。すぐ慣れたよ。むしろ俺は、アケコンの方が苦手だ」

「私は断然アケコンだけどな」


 ゲームが起動する。

 画面に、俺のオンライン段位が表示される。


「おっさん、名人じゃん……」

「昨日まで餓狼だった」


 正直に言えば、名人と餓狼を行ったり来たりしている。

 ……ちなみに、段位としてはあまり高くない。


「まぁいいや。とりあえず対戦しようぜ」




 数十分後。


「おっさん。弱すぎるぜ」


 数試合して1セットも落とせないまま全戦全敗した俺に、勝美が言う。


 勝美は使った事のキャラクターでも戦ってくれたが、それでも勝てなかった。


「コンボ精度だけ高いけど、基本がなってねぇ」

「基本か……」


 オンラインでの対戦環境が整うまで、CPUとばかり戦っていたからな。

 確かに、コンボは完璧だと自負できるが、対人戦に関しては自信が無い。


「具体的に言うと、確反(確定反撃)を一切考えてないだろ?」

「確反なぁ。うーん」


 確定反撃。

 簡単に言えば、相手の技をガードした時、確実に当てられる技の事だ。


「後先考えずに硬直の長い技振るし、こっちの硬直を前にボーっとしてる。二重の意味で確反周りがなってない」


 そう言うと、勝美は少し思案して「よし」と声を上げた。


「対戦やめて、今日は基本的な事を教えてやんよ。確反だけじゃなくて、いくつか対人戦で必要な事な」

「別にいらねぇけどな」

「弱すぎるとつまんないんだよ。最低限、私から一本は取れるくらいは強くなってもらう。……と言っても、基本がまったくできてねぇからなぁ。いつになるか」


 言ってくれるな。


「まぁ、ちょっと実地でやってみようか」


 勝美は対戦メニューを閉じて、ゲームを練習用のプラクティスモードにした。


 お互いに、愛用キャラクターを選んで操作できるようにする。


「確反には二種類ある。ガードした時にできる硬直に適応したフレーム数の技を当てる物と相手の攻撃をスカして取る所謂スカ確って奴だ」


 始める前に、勝美が言う。


「このゲームに限らず、格闘ゲームの技には全て発生フレームと硬直フレームがある」


 フレームというのは、一秒を六十分割した単位である。

 発生フレームというのは技が出るまでにかかるフレーム。

 硬直フレームというのは技を出した後、次に行動可能になるまでにかかるフレームだ。


「どんなゲームでもそのフレームを意識する事は大事だけれど、このゲームにおいては特に大事な要素だと思ってる。ガード削りがないシステムの都合上、ダメージは中、下段の揺さぶりと確反以外でしか与えられないから」

「まぁ、そうだな。でも、確反って相手の攻撃のフレームを把握しなくちゃならねぇじゃないか。俺はそんなに頭良くねぇんだが」


 特にこのゲームはキャラクター数が多いし、なおかつ一人当たりの技の量も多い。

 とても憶え切れるものじゃない。


 俺が確反を忌避するのはこれが理由だ。


「全部は憶えなくていい。特定の強い技……コンボ始動技だな。これをガードした時には、だいたいこちらのコンボ始動技が入るようになってるから、これを各キャラ一つずつ憶えとくだけでもかなり違う」


 そう言いながら、勝美はキャラクターを操作する。


「スイープ……。下段のコンボ始動技を出すから、ガードしてコンボしてみ」

「おう」


 言われた通りに、下段ガードをする。

 すると、相手が大きくよろけ、俺は立ち上がり途中RPを当てる。

 相手が浮き、1コンボ叩き込む。


「こういうハイリスクハイリターンな下段を持っているキャラクターは多いから、これを確実に決められるよう心構えをしておくんだね」

「……そもそも、俺はスネークエッジすら見えないんだがな」

「それはそれでいい。見えなくても勝てる奴は勝てる。私はデビ仁の奈落払いが見えないけど勝率は良い方だから」


 速くて見えない上にコンボが繋がる技だったな、あれ。


「要は、偶然でもガードした時に、しっかりとコンボに繋げる事と……あとは下段を恐れずにチャンスだと思う心構えだね。そういう意識を持てば、案外いつの間にか安定してガードできるようになってるもんだよ」


 一朝一夕ではできないけど、と彼女は続けた。


「あと確反について言える事は、いくつかの有力な技の確反フレームを憶えて的確に出すのが良いって事なんだけど……」

「ちょっと無理だな」

「だと思う。だから、反撃できそうな時はとりあえずワンツーを出す習慣をつける事。間違っても、相手の攻撃が途切れても無理にアッパーなんてしない事。おっさん、結構そういう所あるからな。カウンターでワンツー食らって余計なダメージ食らってる」

「ああ……」


 結構適当に反撃しているから、そういう事はよくある。


「そういう奴は、私的にスカ確を読みやすくてウマーだよ。あと、そういう対応してるとワンツーと軽い中段を織り交ぜたゴリ押しの餌食にされやすい」


 そうして負けた憶えはいくつかある。

 相手の攻撃が途切れず続き、どうしていいのかわからず混乱してしまうのだ。


「だから、とりあえず困ったらワンツー打とう。特に軽い中段をガードした時は、たとえ相手がすぐにワンツーをしてきてもフレームの関係で相打ちになるから少なくとも一方的な展開にはならない」


 言いながら、勝美はキャラクターを操作して、ワンツーと軽い中段を繰り返してくる。

 軽い中段をガードした後にワンツーを繰り出すと、確かにお互いのワンツーがヒットした。


「あとは、横移動で避けてスカ確取るか、相手のワンツーを読んでしゃがみステータスの下段。ワンツーは一番発生フレームが速く、硬直フレームも短いという最高の技だけど、上段なのでしゃがめば絶対に当たらない」

「そうだな」

「特にこういう時に読み勝ってコンボ始動の下段を当てられればかなりおいしいし、相手も警戒してあまり同じ事をしなくなる。狙ってできないなら、一か八かでやるのもありだ」

「なるほどなぁ」


 勉強になるぜ。

 具体的に対応策を教えてもらえると解りやすい。


「あ、でも飛鳥やギース様には要注意だ。反撃のワンツー読みで当身を仕込んでくる可能性があるから。あえて、下段を狙うのもありだよ」

「なるほど!」

「ギース様は下段も当身できるから、それすら読まれる可能性もあるけど……」

「どうしろと?」

「投げよう!」


 勝美はいい笑顔で言った。




「じゃあ、次は攻め。二択についてだ」

「おう」


 勝美はキャラクターを操作しながら説明を始める。


「まず、ワンツーで相手を牽制する。これをガードさせれば、こちらの有利な状態で技を出せる」

「でも、しゃがめば避けられるんだろ?」

「その通り。なので、直後に軽い中段を出す。これでしゃがみにくくするわけだ」

「でも、それを読んで立ちっぱなしガードする可能性もあるじゃねぇか」


 そしてそれをガードすれば、ワンツーで割り込む隙ができるわけだ。

 それがわかっていれば、無理にしゃがむより立ちっぱなしでいる方が良い。


「そ、だからそこで軽い下段を出すという選択肢が出てくるわけだ」

「そうか! それなら、立ちガードばかりというわけにもいかなくなる」

「それこそが、どんなキャラクターも持っている基本的な二択行動なわけだよ。このどちらの技を使ってくるか、それを推測する攻防が「読み合い」という奴だ」


 なるほどなぁ。

 今までよくわからなかったが、なんとなく「読み合い」についてわかった気がする。


「この読み合いが高度になってくると、もはやノーガードで殴り合っているように見えるから参考にならなくなってくるけどな!」


 まぁ確かに、全国一位の試合とか見てもどうすごいのかよくわからないからな。


「しかしあくまでも今は基本的な二択の話だ。今教えた二択は、中級段位までは十分に通用するから憶えおいて損はない」

「わかった」

「で、次はキャラクター固有の二択になるわけだけど。丁度、おっさんの持ちキャラには、金鶏という凶悪な二択がある。ある意味、これが最大の武器と言ってもいい」

「ああ。あれな」

「貸してみ」


 そう言って、勝美は俺のコントローラーをひったくった。

 指痛てぇ、と言いながらキャラクターを操作する。


「頂肘金鶏独立(4LPRK)をガードさせれば強制的に複数の択に持ち込める構えに移行する。この構えからは、中段も下段も打てる。ただし、この二つはジャブで潰す事ができる」

「そうなのか? じゃあ、二択にならないじゃないか」


 俺が言うと、勝美はちっちっち、と指を振った。


「それだけじゃないのがこの構えだ。なんとこの構え、速い上段も打てる。相手がジャブをしてきたら、カウンターで取る事ができる」


 言いながら、実際に技を披露する。


「全体的に調整されたとはいえ、それでもまだ十分に強みのある良いキャラクターだと思うよ。技も簡単で使いやすい物が揃っているから、基本的な動きを覚えるのにも最適だ」


 言いながら、勝美は俺にコントローラーを返した。


「まぁ、基本的な事はこれくらいかな。今の事を実践していれば、剛拳くらいまではいけると思うぜ」

「そうか。ありがとう」

「どういたしまして」


 勝美は冗談めかして答えた。


「あと、もう一つ大事な事が」

「何だ?」

「考えるな。感じろ」


 ロウでも使えと?


「……いや、冗談じゃなくて。考えなくとも、戦えるようになるのは大事なんだよ。手に操作を覚えさせるっていうの? 戦う事に余計な意識を割かなくなれば、その分相手を見る事に集中できるようになるからさ」


 そういう事か。

 言いたい事はわかった。


「あ、あともう一つ」

「おう」

「格闘ゲームは結局の所、憶えゲーだ。それぞれのキャラクターにできる事は決まっているし、使う人間が変わっても使う技は変わらない」

「まぁ、そうかもな」

「所詮相手は人間で、キャラクターのできる事も限られてる。個人の特徴は出てくるけど、概ね一緒なんだよ。攻めのパターンとかさ。そのパターンも見極めて憶えてしまえば勝てるようになってる」

「わかった。憶えておく」

「それともう一つ」


 もう一つが多いな。


「勝てる相手にはどんな時でも勝てるけど、勝てない相手にはどんな時でも勝てない。そう思う事。その時は、意地になって挑まない事だよ」

「……つまり逃げろって? それじゃあ、いつまでも勝てないままだろ」


 そういうのはちょっと嫌だ。


「いや、そうでもない。あくまでも、勝てないのは今の自分だから。とにかく戦った回数を増やして経験を積んでいけば、それまで勝てなかった相手も勝てる相手になってるもんだよ。強い相手に挑み続ける事が、強くなる唯一の道じゃないって事」


 そう言われると、納得できる。


「それにこれはゲームだ。楽しむためにあるって事を忘れちゃいけないよ。やっぱり、勝つのが楽しいでしょ?」

「まぁな」


 それもそうだ。

 ゲームというのは楽しむためにあるのだ。


「けど、絶対に勝てるわけじゃない。だから、勝ち負け以外の楽しみを見つけるともっといい」

「勝ち負け以外?」

「どうやって相手のガードを崩すか、相手の二択をどう読むか、間合いをどこで維持するか……。そういった攻防その物を楽しむ。そうしていたら、いつの間にか勝ってたって事もあるからね。これは私の経験だ」

「なるほどな。勉強になった」


 本当に、基本的な事から心構えまで、いろいろな事を知る事ができた。

 実際にこれで俺が強くなれるかはわからないが、気分的にはもう今までよりも強くなった気分だ。


 俺は勝美に笑いかける。

 すると、勝美もにやっと笑った。


「じゃあ、さっそく対戦しようか」

「おう」


 しかしながら、教わった事がすぐさま身につくわけでなく。

 俺はその後、結局一本も取る事無く全敗した。


 けれど……。

 それから一ヶ月ほどかけて、俺は『剛拳』段位にまで上がる事ができた。

 できるだけ、簡単に要点をまとめたつもりです。

 必要な事はもっと多いかもしれませんが、とりあえずこれだけ覚えればそこそこ戦えるはず……。


 個人的にはポールで練習するのが面白くておすすめです。

 落葉と双飛天脚の後先考えない二択と相手のスカを崩拳で取る。

 という三つの行動だけに絞ると、なんとなく勝ち方が解って他のキャラでも勝てるようになりました。

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