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三話 獣段

「どうしたんですか? 兄貴」


 事務所へ入ると、早々に義人が訊ねてきた。

 そんな事を訊かれるほど、おかしな様子で入ってきたわけじゃないのだが……。


「何が?」

「服ですよ」

「ああ。どうだ? 堅気に見えるだろ?」


 今の俺は、いつものスーツではなくアロハシャツとスラックスのラフな私服姿だ。

 その上にお洒落として、ミラーのサングラスを着けている。

 南国の軟派なトロピカル男を演出したコーデだ。


 これなら、どこからどう見ても堅気に見えるはずだ。


 と思ったのだが、義人はとても渋い顔をしていた。

 何かとても言い辛そうに、冷や汗すらかきながら口を開く。


「兄貴、言いにくいんですが……。チンピラにしか……見えません」

「マジで?」


 義人はもう何も言えないとばかりに、首を縦に振るだけで肯定した。


「そうか……言い辛い事言わせちまって悪かったな」

「そんな、兄貴……」


 兄貴分に言うのは勇気がいっただろう。

 それでもこいつは、自分の正直さを貫いたんだ。

 もしくは、俺に恥をかかせまいとあえて勇気を振り絞ったのかもしれねぇ。


 どちらであっても男気のある奴だ。

 きっとこいつは、いずれ大きな男になる。


「おう、おはよう。うわ、修、お前、チンピラみたいだなぁ」


 丁度事務所に来た兄貴が笑いながら言った。




 それはいいとして。

 俺がこんな堅気ファッションで事務所に来たのにはわけがある。


 この後、行きたい所があったからだ。

 そこはあまり、俺のような人間が出入りするような場所じゃない。


 そのためにもあまり堅気を威圧する格好をするわけにはいかないのだ。


 そこへ辿り着く。

 大きなゲームセンターだ。


 俺はここでやりたいゲームがあるのだ。

 自動ドアが開いて、中へ入る。


「うわ、ヤクザだ」


 ゲームセンターに入って早々、そんな声が聞こえた。


 ……堅気を威圧しちゃならない。

 だから、俺はそのための努力をした。

 したんだ……!


 自分を宥めすかしつつ、俺は目当てのゲームの場所へ向かう。

 そこは対戦格闘ゲームの筐体が並ぶ区画だ。


 目当てのゲーム筐体は対戦台になっていて、互いに向き合う形でゲームをするように置かれている。

 プレイしている人間の後ろには二人ほど人が並んでいて、俺はその最後尾に並んだ。


 俺はゲーム画面を見る。

 美麗な3Dポリゴンのキャラクターが二人、向き合って戦っている。

 これは世界的な人気のある3D格闘ゲームで、シリーズの7番目に位置するナンバリングタイトルだ。


 簡単な操作と派手な演出が特徴的で、爽快感のある戦いができて楽しい。

 正直、俺はこのゲームが上手い方じゃないが、好きなのでシリーズを通してずっとプレイしている。


 ストーリーやキャラクターの設定も面白く……。

 簡単に説明すると、祖父と父と息子が周囲の友人知人他人を巻き込んで壮大な親子喧嘩をするという内容の物だ。


 普段は、家のゲーム機でネット対戦を楽しんでいるのだが、少しこういう場所で腕試しをしてみようと思って今日はゲームセンターに訪れたのだ。


「あ……」


 俺の直前にいる奴が振り返り、俺に気付いた。

 目をそらし、そそくさと並んでいた列を離れた。


「いいのか?」

「……いいんです。急用思い出したんです、すみません」


 そのまま離れていく。

 前に向き直ると、さらに前の奴が振り返っていた。

 目が合う。


「あわ、僕も急用思い出しました」


 列から離れていく。


 今度はもうちょっとコーデを変えよう。


 程なくして、プレイしていた奴が負けて俺の番になる。


 席に着いて100円を入れた。


 キャラクターの立ち位置を左に設定し、キャラクターを選ぶ。


 俺が愛用しているのは、中国拳法を扱う金髪の少年だ。

 中性的な顔立ちをしていて、男か女かわからない。

 前作で水着を着ると女性だったので、性別が確定したかと思ったのだが……。

 今回は水着を着ると男性だったので、性別がとてもあやふやである。


 さて……。


 対戦が始まる。


 相手の使っているキャラクターは、悪人面のレプリカントだ。

 個人的に、苦手意識のあるキャラクターだ。


 と、いうのも……。


 相手のキャラクターが、長い足で下段攻撃を仕掛けてくる。

 俺はそれをガードできず、そこからコンボを決められて壁に追い詰められた。


 この下段。

 スネークエッジというのだが……。


 実は、俺はこの下段が見えない。


 このゲーム、実はこのスネークエッジが見えるか見えないかで才能のあるなしがわかると言ってもいいだろう。


 最初にも言ったが、俺はこのゲームが上手くない。

 虎落としが上手かろうが、このそれほど速くない下段に反応できない。

 反応できても遅い。


 相手は、俺がスネークエッジに反応できないと知るや、露骨に下段を狙い出した。

 俺は何度もそれを受け、一本目を落とす。


 すると、相手は体力が無くなった俺のキャラクターを執拗に攻撃した。

 死体蹴りという奴である。


 イラッとする。


 死体蹴りをする奴は気に入らない。

 しかし、これはあくまでも俺が気に入らないと思うだけの事だ。

 個人的な感情でしかない。


 ルール内で可能な事。

 テレビゲームという物は、ツールでも使わない限り違反行為ができないようにできている。

 制約はプレイ内容にきっちりと落とし込まれていて、それを破る事はできない。


 つまり、プレイの範疇でできる事は許容されているわけだ。

 死体蹴りが可能ならばそれはルール内に収まった行動という事だ。


 だから、それに文句を言うのは間違いだ。


 将棋にだって盤外戦という物がある。

 これは、それと同じ物だろう。


 だから、この苛立ちを収めて冷静に挑む事こそが正しいプレイスタイルなのだ。

 俺はそう思う。


 しかし、だからと言ってイラッとした気分が消えるわけじゃないが。

 まぁ、俺にはまだ修行が足りないという事だ。


 気持ちにひっぱられたのと、下段が見えないという理由で、その後三本落としてストレートで負けてしまった。


 家では、二セット勝つか、二セット負けるまでは続けてプレイする。

 ぶっちゃけ、腹が立つので連続で挑みたい気もする。


 しかしここはゲームセンターだ。

 家じゃない。

 順番を待っている人間もいるだろう。


 俺は後ろを見る。

 不思議な事に、誰も並んでいなかった。


 さっきは何人か並んでいたはずなんだが……。

 というより、相手側の後には何人か並んでいる。


 何故こっちに並んでいない?


 まぁ、理由はわかるけどな。


 しかし、並んでいないのならもう一度挑むとしよう。


 深呼吸して、先ほどの試合内容を頭の中でさらう。


 相手の攻めは激しい。

 先手必勝を旨としているらしく、攻め手に迷いがない。


 多分、ファイトスタイルは俺と似たような物だろう。

 俺がぽんこつなのを良い事に、下段攻撃を多用してくる。

 それもコンボの起点となる技を優先して振り、貪欲にダメージを取ろうとしていた。


 防御を優先しつつ、発生フレームの早い技を中心に戦ってみるか。

 あと、できるだけ確定反撃を狙う感じで……。

 下段も多発してくるから、ジャンプステータスの技を暴れに使ってみよう。


 戦略を練り、もう一度挑む。


 そしてその戦略が功を奏し、俺は相手から一本取る事ができた。


 同時にダンッという音が鳴り、衝撃が筐体から伝わる。

 恐らく、相手が筐体を叩くか蹴るかしたのだろう。


 そういう奴か。


 二本目も、難なく勝つ。

 再び台が叩かれた。


 冷静に戦っていて気付いたのだが……。

 遠間から3RP振ってたら自分から射程に入ってくるな、こいつ。


 と少し油断したのが悪かった。

 追い詰められて、瀕死の状況になる。

 それは相手も同じで、どちらもあと1コンボで倒れるという感じである。


 そして、壁際に追い詰められ……。

 絶体絶命のピンチに、スネークエッジが放たれる。


 俺は咄嗟に、何も考えず下ガードをしていた。

 技が見えたわけじゃない。

 たまたまだ。


 それでも、その幸運を逃す俺じゃない。


 スネークエッジはコンボに繋げられるハイリターンな技だ。

 しかし、ガードされると硬直が大きく、大きなコンボを確実に決められてしまう危険な技でもある。


 俺は、立ち途中RPで相手を浮かし、空中コンボを決めた。

 相手の体力が0になり、GREATの文字が表示された。


 俺の勝ちだ。


 と、その時だった。


「くそっ!」


 相手側の席から怒声が聞こえる。

 勢い良く相手が席から立ち上がり、こっちに来た。


「テメェ、このゃろぉ……」


 俺と目が合い、威勢の良かった相手の声が尻すぼみになっていった。


「何だよ?」

「……何でもないです」


 最初の威勢はどこへやら、相手はそのまま元居た方へ帰っていった。


 その間に、次の相手が入ってくる。


 そっちに集中する。

 すると、相手は見た事もない高段位の相手だった。


 使っているのは、ファイトスタイルが破壊衝動という赤い肌の巨漢である。


 これは、強敵だ。

 でも、さっきの戦いで俺は何か掴んだ気がする。

 どんな相手とも、渡り合える。

 そんな気がするのだ。


 だから、負ける気がしねぇ。


 俺はそう思い、戦いに挑んだ。




 ま……気持ちじゃどうにもならねぇ事ってあるよな。


 あの後二連戦したが、どっちもストレート負けした。

 段位は伊達じゃなかった。

 もう、何をされているのかわからん内に負けたのである。


 あまりにもボコボコだったので、飲み物を買って一息吐いてしまうほどだ。


 今の俺は筐体の見える位置にあったベンチに座り、ジュースを飲んでいた。


 俺が居なくなると、再び筐体の前には列ができ……。

 俺が負けた相手は連勝数を伸ばしていた。


 すげぇなぁ。

 あれくらい強くなってみてぇもんだ。


 と、そんな時だ。


 ある男が、筐体に着いた。


 あれは、さっき俺が戦って勝った奴じゃねぇか。

 俺と似たような腕なんだから、多分勝てないだろうなぁ。


 そう思いながら見ていると、案の定ボロボロに負けていた。


「くそ!」


 そう怒鳴り、相手の方へ向かっていく。

 さっきも見た光景だな。


 俺は立ち上がり、そちらへ向かった。


「テメェ! このやろう、調子こいてんじゃねぇぞ!」


 そう言って、対戦相手の胸倉を掴んで立たせる。


 その相手は、一人の少女だった。

 ぼさぼさ頭に化粧っ気のない顔。

 メガネをかけた小柄な少女。


 そんな少女の胸倉を掴んだ男は、もう片方の手で少女を殴ろうとする。

 俺はその手を掴んで止める。


「邪魔すんなぁ……」


 言いながら俺の方を見て、言葉が尻すぼみになる。


「そういう場所じゃねぇだろ。ここは」

「は、はい。そぅでぃすね……」


 言いながら、男は少女から手を離す。

 それを見て俺が男の手から同じく手を離す。

 すると、男は逃げるようにその場を去っていった。

 ゲームセンターの出口へ向かったようだ。


「ありがと」


 礼を言われる。

 見ると、少女がこちらを向いていた。


「助かったよ。だけどおっさん。強そうな見た目のくせに、ゲームは弱いんだな」


 そう言って、少女はいたずらっぽく笑った。


 肝の据わった奴だな。


「そうだな。日進月歩だよ」


 俺も笑い返す。




 それからも少女は連勝を続け、俺は何度かそれに挑んだ。

 結局一本すら取れず負け続け、最終的に少女へ挑む相手はいなくなった。


 彼女がアーケードを終わらせて席を立ち、ゲームセンターを後にする。

 それを見届けると、俺も帰る事にした。


「おっさんも帰るの?」

「そうだよ」


 電車で一緒になり、軽く会話を交わす。


「おっさんの持ちキャラは二択が強いから、もっと押し付けた方がいいぜ」

「そうなのか?」


 そして電車を降りてしばらく帰り道を一緒に歩き……。


「もっと暴れた方がいいと思うぜ。全部想定通りに進ませるのが理想だけど、やっぱどうしようもない時ってのはあるからさ」

「そんなつもりはないんだがなぁ。相手が何の攻撃してくるか考えると、硬直しちまうんだよな」


 二人とも同じマンションに着いた。


「おっさん。同じマンションなんだな」

「みたいだな」


 言葉を交し合うと、少女がこちらに向き直る。

 自然、彼女が俺を見上げる形になり、口を開く。


「おっさん。どの部屋に住んでるの?」


 少し考え、答える。


「ふぅん。名前は?」

「勇城 修だ」

「そうなんだ。私は、桂馬けいま 勝美かつみ。今度、遊びに行くよ」


 どうしたもんだろうなぁ……。

 上級段位の人でも、見えない人は見えないらしいです。

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