二話 カリギュラ効果
本当は昨日の内にこちらも投稿しておきたかったのですが、見直す時間がなかったので今日になりました。
「おい。修」
組の事務所に行くと、組長に呼び止められた。
「何ですか?」
兄貴とは、兄貴がまだ跡目を継ぐ前からの兄弟分で、今もその時の兄弟杯が俺達を繋いでいる。
本来なら親父と呼ぶべきなのだが、俺は組長の事を今も兄貴と呼ばせてもらっていた。
それは俺の我儘で……。
兄貴がそれでもいいと言ってくれたのは、俺の気持ちを汲んでくれているからだ。
「矢島の野郎、こっちに来てるらしいぜ」
俺は、自分の表情が強張るのを感じた。
それを見て、兄貴は小さく舌打ちする。
「やっぱり、話すんじゃなかったな」
「いえ……大丈夫です……」
「いいか、手を出すんじゃねぇぜ? ……奴が、どんなクソ野郎だったとしても」
「わかってます」
「それが親父の遺言だったんだからな」
「わかってるって言ってるでしょう」
つい、声を荒らげてしまう。
そんな俺の様子に、兄貴は深く息を吐いた。
「……すいません」
組長にも、兄貴分にも、向けていい態度じゃなかった。
頭を下げて謝罪する。
「いいよ。気持ちはわかるさ。俺だって、ぶち殺してやりてぇよ」
兄貴は顔を俯け、静かに言った。
俺はソファーに座る。
「な、何だったんでしょう?」
事務所にいた舎弟の一人が、声を潜めて義人に訊ねた。
「あー……お前、一年前はまだいなかったな。まぁ、いろいろあったんだ」
義人もまた、答えにくそうに声を潜めて返した。
そうあれは、一年前の事だ。
当時の組長。
俺が親父と呼ぶのは、あの人だけだ。
父親のいなかった俺に、父親というのがどんな人間なのかを教えてくれた人だ。
だから、俺にとってあの人だけが親父。
それ以外の人間は、例え兄貴が相手だって親父とは呼びたくなかった。
その親父が、ある男に殺されたのだ。
その男こそが矢島である。
矢島は、当時敵対していた組のチンピラで、手柄欲しさに親父を弾いた。
その現場に、俺はいた。
奴は銃を親父に向け、俺は親父を守ろうと立ちふさがった。
だが親父は、俺の前に出て銃弾を体に受け止めた。
俺は、守ろうとした親父から、逆に守られたんだ。
その後、矢島がどうなったのか俺は知らねぇ。
出世したのか、今もチンピラのままなのか、まったくわからない。
俺はそいつを殺したいと思っていた。
いや、今も思っている。
でも、それでも今まで奴の足跡を追わず、無視し続けていたのにはわけがある。
当時、振遊組の上部組織と矢島の所属する組織は、和解しようとしていた。
「ここで俺が殺されたとあっちゃ……和解の話が潰れるかもしれねぇ……。そいつは、だめだ……。これ以上……無駄な血は流すべきじゃないんだ……」
親父はそう言った。
事件そのものを無かった事にしようとしたのだ。
「だからよぉ……。仇討ちなんて考えるなよ? 俺は誰にも、殺されちゃいないんだから……な……」
そう言って、親父は息を引き取ったのだ。
俺はその遺言を守って、奴への恨みを忘れようとしていた。
まぁ、無理な話だったんだがな。
今までは居場所もわからなかったから、手の出しようもないと諦められたが……。
それが、手の届く場所にいるとなれば、我慢できるかわからない。
少なくともこのまま事務所にいたら、隠し金庫に収めている物をいくつか持ち出したくなってくる。
俺はソファーから立ち上がった。
「帰ります」
「おう。……くれぐれも」
「わかってます。しばらく、家に篭ります」
兄貴に答え、俺は事務所を出た。
そのまま自宅へまっすぐ帰る。
こんな時はゲームだ。
ビールをたらふく飲みながら、好きなゲームを馬鹿みたいにやって忘れるしかない。
酒飲んでやるには、洋ゲー(海外製のゲーム)が最高だ。
酔っ払いながら銃をぶっぱなして、敵の頭を吹き飛ばすのは気分が良い。
だが、今日やるのは別のゲーム。
俺が今、一番に気に入っているゲームだ。
周回データじゃなく、ニューゲームでプレイしてやる。
もちろん難易度は最高難度、エクストリームだ。
今日の俺はエクストリーム帰宅部だ!
ゲームを起動する。
これは、カリギュラ効果と現代病理をテーマとしたRPGだ。
あらすじはこういうものだ。
主人公は、高校生。
彼……もしくは彼女(性別を選べる)は、オープニングの終業式である異変に気付く。
そして、この世界が現実ではなく仮想現実、『メビウス』であると知るのである。
その世界は『μ』という存在が作り出した、人に幸せな人生を送らせるための世界だった。
彼はμと共にその世界を作った存在『アリア』と出会う事で戦う力を得て、同じく仮想世界からの脱出を目指す仲間と共に現実への帰宅を目指すのである。
ちなみに、これはリメイク作品だ。
無印の方はプレイした事がない。
偶然、アニメを見た事がきっかけで興味を持ってリメイク版を購入したからだ。
そしてだだハマりした。
正直に言って、このゲームは至らない所が多い。
改善するべきだろうと気になってしまう部分がとても目に付く。
会社がアップデートに熱心で、かなりの部分が改善されたがそれでも目に付く物は目に付く。
とても粗削りな代物だ。
特に『××××5』なんかと比べられた日にゃ、目も当てられないだろう。
あっちは五作目ともあって、今までの不満点をほとんど解消している。
総合力で圧倒的に負けている。
……だが、だとしても。
それでも俺が強い魅力を感じるとすればこっちのゲームだ。
そんな不思議なゲームだ。
××××5が美しい球体の宝石だとすれば、こちらは尖りに尖った原石だ。
刺さる人間には、刺さりに刺さる。
ゲームが始まる。
自分の性別を選択する。
今回は男主人公で行こう。
名前は、前にやったゲームの主人公と同じにした。
俺はあまり本名でやるのが好きじゃないので、迷った時には前までプレイしていたゲームのキャラクターと同じにする事が多い。
「こいつ、絶対喧嘩強いな。背中に龍の刺青背負ってそうだ」
選択を終える。
ああ〜〜メビウスに連れて行かれる〜〜。
プロローグを進める。
『恋人! やっぱラブだよねー。シシュンキだね! いいよー 今出したげる! ラブリーハニー出ておいでー!』
はは、ポンカラ。
話を進めると選択肢が出る。
……昔の事が忘れられないんだ。
……思い出すだけで胸が苦しいんだ。
三つ目の選択肢で迷う。
どれも違うな。
苦しみを理解して欲しいわけでも、この記憶を消し去りたいわけでもない。
まして、過去を改ざんしてほしいわけでもない。
起こってしまった事は戻らない。
そう思いながら適当に選ぶ。
……この記憶を消し去りたい。
忘れるなんて事、絶対にできないけどな。
選択を終えると、チュートリアルを兼ねた戦闘が始まった。
このゲームの戦闘は、かなり特殊なルールで成り立っている。
主人公は数秒先の未来を予測する事ができ、その予測される未来を元に行動を決めて敵を倒すのがこのゲームの戦闘だ。
このシステムが俺にとってはとても面白くて、大好きだ。
敵を倒しながら道中を進むという単調な作業だけでも楽しいと思えたくらいだ。
戦闘後リザルトもさくさくと進むのでとてもテンポが良く、それも好感を持てる。
チュートリアルが終わる。
適当にストーリーを進めると、ようやく話が本筋へと入る。
現実へ帰るために、楽士との戦いが始まるのだ。
さて、ここからは戦闘に加えてさらなる魅力が顔を出し始める。
楽士というのは、敵の幹部みたいなものである。
μの歌う曲を作った連中で、それぞれが専用のテーマソングを持っている。
そして、そのテーマソングはそれぞれのエリアで延々と流れており、それを聞きながらの戦いがまた楽しいのである。
道中の移動では曲だけが流れるのだが、戦闘に突入するとそこにμを演じる上田嬢によるボーカル入りの曲へ切り替わる。
そういう部分も、戦闘が楽しくなる要素の一つだ。
あと、戦闘について良い所をあげるとすれば、最高難易度のバランスだろうか。
最高難易度エクストリームは、雑魚的の攻撃を一撃でも食らえば死ぬ程度にシビアである。
油断したり、攻撃をミスしたりすると死ぬ。
だから命中率の低い奴は基本使えない。
『鼓太郎』、お前の事やぞ?
しかし、元々しっかりと立ち回れば無傷でも戦闘に勝利できるゲームなので、初プレイからでもクリアできないほどじゃない。
というより、他の難易度は物足りない。
この戦闘はとても楽しいのだが、それはこの難易度あってこそ楽しいとも言える。
とても戦略性の高いゲームだ。
そしてその戦略は、戦う前から始まっている。
このゲームはシンボルエンカウントで、道中を歩く敵と接触する事で戦闘が始まる。
そして、敵の配置は接触した時の立ち位置から変わらない。
二人以上の敵を相手にする場合は、この配置取りが大事になる。
たとえば二人が重なっていると、「勝ったな」と思えるのだが、二人が離れた位置で戦闘が始まると途端に「負けたかもしれない……」という事になる。
それほど配置取りが大事なのである。
やっぱりいいゲームだ。
楽しい……。
そう思いながら、ビールを飲む。
「ふぅ……」
溜息が出る。
本当にいいゲームだ。
一時だけでも、完全に嫌な事を忘れられるくらい夢中になれる。
マップを埋め、宝箱を取れるだけ回収し、レベル上げのために見つけた敵を片っ端から倒していく。
そしてボスへ辿り着いた。
楽士との戦いだ。
サクサクと進む戦闘の楽しさも然る事ながら、俺を魅了して止まない部分はまた別の部分である。
俺にとってその最たる魅力は、キャラクターに他ならない。
それは味方のみならず、楽士にしても同じ事……。
この楽士だって、その例には漏れない。
楽士との戦いは、テーマソングのアレンジだ。
これもテンションが上がって良い演出だ。
けれど、魅力的なのは主要な敵味方だけではないかもしれない。
何故なら、このゲームはモブすらも魅力的であるからだ。
このゲームは、登場するモブの殆どと友達になる事ができ、仲間として戦闘へ参加させる事も可能なのだ。
その一人一人にバックストーリーがあり、抱えている物がある。
主要人物に比べれば基本シンプルな物だが(たまに主要人物より凄いのがいる)、そいつらの事を知っていくのも楽しい。
などと考えていると、最初の楽士を倒した。
楽士を倒すと、また別の楽士のいる場所へ行く事になる。
あくまでもこのゲームは、μを探すために楽士達を倒しながら進んでいくというのが本筋だ。
が、その合間には、キャラクターエピソードという物を進める事ができる。
これは、主要人物一人一人と交流し、仲を深めるシステムだ。
最大限仲良くなると、奥義を覚えるというメリットがある。
とはいえ、プレイヤーは仲間の心へ踏み込んでも良いし、踏み込まなくてもいい。
ただ目的を同じくするから行動を共にするだけで、ビジネスライクな距離感を保って本筋のストーリーを追う事もできるわけだ。
ただ、それはあまりにも勿体ない事だと俺は思う。
このゲームの世界は、現実に絶望した人間が入り込んでしまう仮想空間だ。
誰もが重い物を背負っている。
人によってはたいした事のない理由で入り込んでいるのだが……。
それもあえて、そうしているのだろう。
このゲームは、地獄は人の数だけあるという事もテーマとしている。
人には種類の違ういろんな悩みがあって、それは人によっては大事な事であるし、人によってはくだらない事である。
恨みに長年囚われ続ける。
それを辛いと思う人間だっているんだ……。
誰がそれをくだらないと思おうと、な。
………………。
その誰もが抱える悩みを知り、そいつの事を深く知る事。
それがこのゲームでの一番楽しい部分だと俺は思う。
登場人物は敵味方共に、「わかるぜ」と言いたくなるような問題を抱えている奴ばかりだ。
まぁ、俺がわかる気になっているだけって部分もあるだろうけどな。
その中で、俺が一人あげるとすれば『天本』という女性キャラだ。
このゲームのキャラクターは、初登場の印象と人となりを知った後の印象が180度違うという奴が多い。
頼りがいがありそうな奴だと思ったら一番頼りなかったり、鬱陶しい奴だと思ったら妙に可愛らしく見えるようになってしまったり……。
『鼓太郎君。お菓子、食べる?』
『子ども扱いするんじゃねぇ!』
このやり取り好き……。
まぁそれはいいとして。
今は天本だ。
彼女は、リメイク版で追加された新キャラクターだ。
この天本も、初登場時とキャラエピソードクリア後では大きく印象の変わるキャラクターだ。
天本は、男性恐怖症を患った女性だ。
男と見るや過剰なまでの嫌悪を見せ、攻撃性を遺憾なく発揮する。
どれくらいに過剰か具体的に言えば、男に触れられるとスタンガンなどでダイレクトアタックしてくるくらいに過剰だ。
まぁ、簡単に言えば行き過ぎた男嫌いだ。
初見では彼女に対して、「何なんだこいつ?」という印象を持つ人間が多いだろう。
しかしそれは、あくまでも初対面の印象でしかない。
彼女が何故そうなってしまったのか……。
それを知ると、その印象も変わる。
仕方ない事だ。
あんな事があれば、男に恐怖心を抱くのも無理はない。
そう思えてくる。
彼女自身、そんな自分を肯定しているわけではない。
むしろ、嫌気がさしている。
男性への恐怖心から、傷つけたくない人を傷つけてしまった事を悔やんでいるのだから。
そんな彼女の心情を知った時、俺は思わず泣いてしまった。
親父の事を思い出したからだ。
俺は、家族を思いやれる人間に共感してしまいがちだ。
彼女は決して、理不尽な攻撃性を持った人間ではない。
人を思いやる優しさを持った一人の人間なのだ。
そんな部分を垣間見せてくれるキャラクターエピソードを無視するなどあまりにも勿体ない事なのだ。
あ、ちなみに天本は、地味に主人公の性別変化が強く反映されるキャラクターでもある。
男性主人公でエピソードをクリアするとデレるが、女性主人公でクリアすると拗らせる。
こういう部分も好きだ。
このリメイクバージョンは、あらゆる部分が元のゲームから過剰強化されているというのが売りである。
その強化された部分には、ストーリールートの追加という物がある。
『床、たわんじゃってませんかぁ!?』
「ミフエッティは言葉選びが秀逸だな」
とか。
「『スイートP』は相変わらず美少女だな。……ラーメン食いたいな」
とか。
「変態のテーマは相変わらずカッコイイな。こんな曲の流れているスーパー銭湯なら通ってみたい」
とか。
いろいろあって楽士を三人ほど倒した頃だろうか。
楽士の長である『ソーン』が主人公の前に現れる。
そしてスカウトされる。
そう、追加されたルートというのは楽士として帰宅部と戦う、『楽士ルート』なのだ。
……ちなみにこの楽士ルートは、帰宅部ルートのシナリオも同時に追うので二週せずに初めからこっちを選んでもあまり問題ない。
最後の選択でやっぱり帰宅部の仲間達と一緒に現実へ帰ってもいいし、「楽しかったぜ。お前達との帰宅部ごっこ」と完全に楽士側へ着く事もできる。
どの選択をしても裏切っている事には変わりないので、ソーンの誘いに乗るかどうかはプレイヤー次第だ。
でも、帰宅部ルートであるもどかしさを味わってから、楽士ルートでその解決を図れた時はなかなかの満足感があった。
だから、二週前提で帰宅部ルートから先に行くのも悪くない。
まぁ、二週以上している俺は楽士ルート一択なんだが。
クッション先輩には、『山田』と『梔子』のためクッションになってもらう。
慈悲はない。
ソーンのスカウトを受ける。
この楽士ルートは敵である楽士の仲間となって戦う事のできるルートである。
そして、仲間になるという事はもちろんキャラクターエピソードがあるという事でもある。
さて、楽士ルートで俺が一人あげるとすれば『ウィキッド』だろうか。
ウィキッドは正体不明の楽士である。
まぁ、目ざとい人間は序盤で正体に気付くんだが……。
暗黒楽士会議においてチラリと見えるネクタイの柄とかで……。
それはともかく、ウィキッドは物語の終盤でその正体を現す敵だ。
アニメではその正体に、まさか、お前がウィキッドだったのか! と驚いた物だが……。
ゲームプレイで正体を知った人間は、誰だっけ!? と驚く奴の方が多そうだ。
そんなウィキッドのキャラクターエピソードだが……。
実はゲーム中で彼女が何に絶望したのか、明かされる事はない。
何だと!
それが一番知りたかったのに!
とアニメからゲームプレイを経た俺も当初はがっかりしたものだが、それにも理由がある。
どういう事かと言えば、実はこのウィキッドの詳しい素性については小説で明かされているからである。
詳しくは小説を読まなければわからない。
そして小説をネットで検索すると正体が一発でバレるという……。
つまり、こいつを語る上では小説を読む必要がある。
ゲームのこいつは、行動原理がよくわからない。
正体を現してから、エンディングを経てもこいつが何故楽士としてメビウスに執着していたのかまったくわからない。
ただ、メビウスへの執着が非常に強く、人を害する事に快感を覚える。
邪悪な敵だ。
しかし、小説版を読むとこいつもまた、『特別』ではない一人の人間であるという事がわかる。
メビウスに執着した理由も、その行動原理も、何もかもわかる。
こいつの境遇、所業、そしてその結末。
自業自得の部分はあるが、こいつの身には多くの理不尽が降りかかった。
でも、こいつは『特別』じゃない。
こいつより理不尽な人生を送る奴だっているだろう。
だが、こいつの事を知って、たいした事がないと思えるような奴がいれば……。
そいつと、『きっと俺は、友達になれない』。
……ウィキッドはそう思わせるキャラクターだ。
邪悪な性格ではあるが、そうなったのにも理由があり……。
というか、あやふやな理由でメビウスに来るキャラクターがそもそもいないのだが……。
とにかく、いろいろと魅力的なキャラクターである。
個人的な感想になるが。
このキャラクターのおかげで、ゲームプレイ後にアニメを見ると楽しさが倍化すると言ってもいいだろうし。
なんとなく根が真面目な印象を受けるのも好ましい。
俺はそれから、家に篭って攻略を続けた。
『少年ドール』。
こいつ二十歳なんだよな。
成年ドールじゃねぇか。
『鳴子』って、ウィキッドより邪悪だよな……。
手足グキってされてるのに、仲間が誰も自分を心配してくれない……。
ソーン、キモイ。
なんて事を思いながら、俺は帰宅部ルートでゲームをクリアした。
楽士エンディングは純粋な好奇心とトロフィーを埋めるために一度クリアしたが、かなり精神的なダメージを受けたのでもう二度とやりたくない。
とはいえ今後、ソーンの誘いを断る事もないだろうが。
それは、こちらのルートを選ばなければ助けられない人間がいるからだ。
楽士として帰宅部と戦い、そ知らぬ顔で帰宅部の仲間として振舞う事は褒められた事とは言えないが……。
ソーンは、両方の言い分を聞いて物事を決めるべきだという旨の誘い文句で主人公をスカウトする。
だから、一種の公正さがある事も確かだ。
少なくとも、俺はその部分を言い訳にして、主人公に正当性を見出している。
聞いていると甘やかされている気分になるエンディングテーマが流れる中、俺はビールを一口飲んでため息を吐いた。
気付けば、ビールの缶が山積みになっている。
カリギュラ効果。
禁じられた行動ほど実行したくなるという心理効果。
このゲームのテーマがそれだとするなら、主人公達はその心理効果によって行動していたという部分もあるのだろうか……。
帰宅部の面々は、現実にしかない物……現実でしかできない事を成すために理想を捨てて現実《地獄》へ帰ろうとした。
だが、本当にそれだけだろうか?
彼らは現実へ帰るために、障害となる楽士達と戦っていた。
けれど、それは楽士達が理想の世界を守るために帰宅部の行動を妨害したからだ。
出るなと言われたから……。
妨害があったから……。
主人公達は出て行こうとしたとも考えられる。
現実の世界は、戦い退ける対象があやふやだ。
そのあやふやな物に『楽士』という形を与えた結果が、現実世界への執着に繋がったのではないだろうか。
乗り越えるべき物があったからこそ、彼らは突き進み続けたのかもしれない。
もし、あの世界から出る事を禁じられていなければ、彼らは理想世界からの脱出を図っただろうか?
現実で待つ問題を直視し、それに挑もうとしただろうか?
確かな事はわからない。
ただ、彼らには、その素養があったのかもしれない。
だから、この物語の主要人物足りえた。
禁じられれば、素直に従う人間だっている。
カリギュラ効果という物は、決して全ての人間に現れるものではないのだと俺は思う。
彼らは抗う事を選んだ。
選ぶ事ができた。
理想を捨てて、現実《地獄》で生きていく事を……。
その選択は、彼らが厳しい事には抗わなければならないという思考形態を持っていたからなのかもしれない。
それが俺の言う素養だ。
そういう部分を持つ人間でなければ、カリギュラ効果は現れないのではないかと思う。
「俺はどうだ……? 俺の心にはあるのか? そんな部分が……」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
立ち上がり、ゲームの電源を落とした。
そろそろ、俺も出るか……。
そう思って、立ち上がった。
俺は事務所へ向かう。
「あ、兄貴。おはようございます」
義人が俺を見かけて挨拶してくる。
「おう」
軽く言葉を返した。
「おい。勇城」
兄貴に声をかけられる。
「何ですか?」
「矢島の野郎が死んだぞ。酔っ払った末に、橋からどぶ川に落ちたらしい」
「……そうですか」
答えると、兄貴は俺の心情を探るように強い視線を向ける。
「お前がやったんじゃねぇだろうな?」
俺は兄貴から視線をそらさなかった。
ただ、その問いに答えもしなかった。
「兄貴、カリギュラ効果って知ってますか?」
代わりに、俺はそう問い返した。
あんた一体なんなの?
主人公が気になって仕方なくなる!
主人公と目が合って気を失う!
気を失っている間もずっと主人公の手を握り続ける!
敵のために手作り料理を嬉しそうに作る!
正体を主人公に看破されたかと思ったら、三日間飲まず食わずで消耗した主人公一人に撃退される!
主人公が現実に戻ってからわざわざ会いに来る!
その上、主人公と二人きりのメビウスでいちゃいちゃするなんて!
こんなの敵幹部じゃないわ!
ただのヒロインよ!
ぶっちゃけた話をすると、実はこのゲームについて誰かにその魅力を語りたかったのでこのシリーズを書こうと思いました。
これで興味を持ってくだされば、幸いです。
楽士のテーマ曲は、変態のテーマとクソ野郎のテーマと犯行声明が好きです。