第3章 雪物語 その壱…終
舞台袖。
ザワザワする声を聞きながら、修二と雪は小さく深呼吸をする。
すー。はー。と、深呼吸をしたところで、雪に声をかける修二。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。修二さんこそ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫…だ」
舞台なれというか、人前に出る事が本職の雪とは違う修二は、かなり緊張していた。
といっても、修二はマネージャーとして、色々な人に会う機会も多く、色々な人と話す機会もある為、ガチガチにというわけではない。
緊張していないか?と聞かれたら、緊張していますとしか言えない状態であったものの、大切なイベントを前にして、緊張していますとは口が裂けても言えない状況であった。
これから大勢の人の前に立ち、司会進行をしなくてはならないともなれば、それは無理もない話しである。
「はぁ…やっぱり、誰かにお願いするべきだったか」
こういったイベントに、素人の自分が司会進行するよりも、お笑い芸人やアナウンサーなど、プロに進行してもらう方が百倍いいと修二は考えていた。
「仕方ありませんよ」
立ち上げたばかりの小さな事務所では、雇うお金もなければ人脈もない。
それは分かっている。
「でも…だな」
それでもだ。
会社経営をしている身からすれば、それは仕方がない事なのかもしれないが、所属タレントである雪の初イベントなんだぞ?と、マネージャーとして言いたいところであった。
「それに、修二さんの方が私としてはやりやすいですし…」
やりやすいって、そりゃあ、身内の方がやりやすいのは当然である。
「あのなぁ…はぁ。ま、今更言っても後の祭りか…雪!」
「はい」
「言っとくが、くれぐれも修二さんとか呼ぶなよ!霧島さんだからな!」
「は〜い」
本当に分かってんのか?と、疑いたくなる返事を耳にしながら、修二はステージへと向かうのであった。
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舞台袖から、ステージに向かう修二。
ステージの中央には、テーブルと椅子があり、それとは別の場所に、テーブルと椅子とがある。
中央のテーブルと椅子を雪が使い、別のテーブルと椅子を修二が使う事になっていて、流れとしては、修二が軽く自己紹介をし、雪を呼び込み、呼び込まれた雪が登場し、イベントがスタートする。そういった流れであった。
「…………!?」
一歩、また一歩と、自分の座る椅子まで歩く修二。
シーーン。
修二の登場により、先ほどのざわつきが嘘のように、一斉に静まりかえる会場。
それを受け、勘弁してくれ…と、修二は思った。
有り難い事に、客席は満員である。
その全員が、一斉に口を閉じて修二を見つめてくるのだから、緊張するのは当然であった。
場数慣れ。そんなものは勿論、修二にはない。
「………」
「こらー!修二!喋りなさい」
舞台袖から結衣が声をかけるも、修二の耳には届いていなかった。
右手に持つマイクが、あまりにも重く感じられる。
まるで、ダンベルか何かを持たされている…そんな気分だった。
頼むから、どうか俺を見ないでくれ。
修二の頭の中はそれでいっぱいであった。
ざわざわ…。
ざわざわ…。
無言で立つ修二。
どれくらいそうしていたのだろうか。
軽やかに流れるBGMと、客席からの不思議な声だけが、会場全体を包み込む。
くそ。何か喋らなくては!と、考えるも、体がそれを拒絶する。
「修二!!ったく」
このままではイベントが台無しになってしまう…なら、いっそ、私が…と、結衣がそう思った次の瞬間であった。
「いやいやいや。紹介して下さいよ」
右手に持ったマイクを口元に近づけ、何も持っていない左手を左右に振りながら、舞台袖から雪が現れたのである。
「雪ちゃーーん!!」
「www www www」
黄色い歓声と、雪のボケかツッコミか分からない声を聞き、笑い声が会場全体にこだまする。
「どうも、どうもー」
その歓声に答えるかのように、雪は会場に座っているファンに向けて手を振って答えた。
「雪…あなた…」
今の雪の発言により、修二が無言だったのはワザとだったのか?と、ファンは思ったかもしれない。
勿論、修二が緊張してしまった事による、いわいる放送事故だったのでは?と、思ったファンもいるかもしれない。
「さて…貴女はどっちでいくのかしら」
ワザと無言だったんだとファンに思わせるのか。
緊張して無言だった事をイジるのか。
それを、雪が選ぶ事ができるのだ。
舞台袖から一部始終を見ていた結衣は、ホッと胸を撫で下ろしながら、そんな事を呟いていた。
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結衣と修二で確認しあった立ち位置を目で確認し、テープの上に立った雪は、ペコリと頭を下げて挨拶をする。
「今日は神姫雪ファン感謝デーにお越しいただき、本当にありがとうございます」
「待ってましたーー」
「雪ちゃーーん」
黄色い歓声と拍手で出迎えられた雪は、ニコニコしながら手を振って、それに答えた。
しばらく手を振っていた雪は、手を振るのをやめて、バッ!と、修二の方へと顔を向ける。
「もぉ!修二さん!しっかりして下さいよ」
「………!?」
いきなり修二との約束を破る雪。
その事に、修二の心臓は大きな音をたてた。
「緊張してるんですか?」
舞台袖で交わした会話。
つまり、霧島さんと呼ばないのは故意だと言っているという事だ。
「ば、んな、んなわきゃにゃいだろ」
「 www www」
噛んでしまった事により、会場から笑いがおき、その事で修二の顔が赤く染まる。
「にゃいって、にゃんですか?」
それを、あえてイジる雪。
にゃいって、何ですか?とは言わず、あえて、にゃんですか?と、言ってきたのだ。
「だぁぁ!悪かったよ。緊張してるよ!当たり前だろ!」
マイクを口元に近づけたのは、何回も練習した成果だったからなのか、無意識だったからなのか…。
パニック中の修二には、分からない事である。
「改めて、紹介しますね。今日この日の為にと、私のスケジュールを調整したり、会場の準備など、全力を尽くして下さった私のマネージャー。霧島修二マネージャーです」
「シュウちゃーーん」
「シュウちゃん、頑張ってーー」
「だ、誰が、シュウちゃんだ!!」
「www www」
野次に対し、野次で返す。
勿論、修二は野次を返しているつもりはない。
野次に聞こえるような返しだったと、言い直そうではないか。
「もぉ!私のファンに対して、にゃんて事を言うんですか!!」
その事をすかさずツッコむ雪。
「…にゃんは、やめてくれ」
「 www www」
雪の機転により、神姫雪ファン感謝デー♡は、無事に幕をあけるのであった。
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最初は緊張していた修二であったが、笑われた事や声を発した事により、すっかり緊張は解けていた。
「改めて紹介します。サクラプロダクション所属。神姫雪です」
「どうもー神姫雪です。来てくれてありがとうございますって、2回目ですけどね」
「 www www」
修二の紹介に、雪が改めてお礼と修二を茶化すような発言をする。
「…さて、早速ですが、最初のテーマにいきましょう」
茶化すな!と、言いたいところであったが、ファンが喜んでいる姿を見ると、そんな事は言えない修二であった。
ババン!と、お決まりの効果音とともに、モニターに最初のテーマが写し出された。
"神姫雪に聞きたいこと"
パチパチと拍手が鳴り響く中、修二がそれを読み上げていく。
「さて、最初のテーマは、神姫雪に聞きたいことと題しまして…」
「私に質問すると言う事ですね?」
「……そうです」
コイツは敵なのか?と、思わず口にしそうになる修二。
無論、そんな訳がない。
「基本的には、正直に答えてもらいますが、皆さんも、基本的な質問でお願いしますね」
「はい!基本的にって、何ですか?」
「いや、基本的には、基本的にだろ?」
やはり、コイツは敵なのか?進行の邪魔なんですけど…と、修二は思った。
口にも態度にも出さなかったが…。
「でもですね!基本的ではない質問なのかどうかって、誰が判断するんですか?」
「まぁ、俺だろ?」
「修二さん。基本的な質問って分かります?」
「分かるわ!あ、いや、おほん…モ、モラルを持った質問でお願いしますね」
「 www www」
(危ない危ない…ったく、コイツは)
ウケているからいいものの、下手すれば最悪なイベントになってしまうかもしれないぞ。と、修二は思った。
しっかりしろ!俺!と、一呼吸置く修二。
「はい。では、質問がある方は手を挙げて下さい」
打ち合わせした通り、マイクを持った女性が、手を挙げたファンの元へとマイクを持って行く。
うむ。電車男かな?
いやいや、ファンに対して何て事を考えるんだ!俺の馬鹿!アホ!
修二は反省しながら、電車男…じゃなく、ファンに声をかけた。
「はい。では、そちらのリュックを背負われている方、どうぞ」
修二に指名され、むふん。と、言いながら、ファンの男は立ち上がる。
「雪ちゃんが一番好きな食べ物は何ですかな?」
「…………は?」
そう告げると、むふん。と、言いながら、ファンの男は満足気に座る。
(…え?何ですか?じゃなく、何ですかな?って、質問してるの?誰に?俺に?おい!こら!勝手に座るんじゃねぇ)
固まる修二。
今の質問を受け、ざわざわしだす会場。
アイツ何言ってんの ?的な声が聞こえてくる。
このままではマズイ。と、思うも、しかし今の質問をどう処理すればいいのかが分からない修二。
そんな修二に対し、助け船を出したのは雪であった。
「修二さん!!」
「あ、はい!」
イベントにおいて最も重要なのは、沈黙がないようにしないといけない事である。
沈黙。
来て下さっているファンの方々(お客様)は礼儀良く、黙って見て下さっている中で、演者である自分達が黙ってしまっては、つまらない空気が流れてしまう恐れがある。
つまらない。
来なきゃ良かった。
金返せ。
そう思わせないようにする為に、演者である自分達は出来るだけ会話をし、来て下さったファン(お客様)を楽しませないといけないのである。
内容がつまらなかったとしてもだ。
好きな芸能人の生の声が聞こえる。
生の姿が見れる。
それだけでイベントに来て良かったと、少しは思ってもらえるのではないだろうか?
(流石は雪…助かるぜ)
お前は敵なのか?と、思ってしまった自分が恥ずかしい。
沈黙はNG。
それを理解した上での助け船。
修二は心の中で雪に謝罪した。
「どうしたんですか?」
「ど、どうしたって…え?何が?」
「何がって、今のは基本的な質問ですよね?」
「あ、いや、まぁ、そうだろうな」
好きな食べ物は何ですか?
基本的であり、モラルもきちんと守られた質問である。
しかし、好きな食べ物は何ですか?と、聞いているのではなく、好きな食べ物は何ですかな?と、聞いてきているのだ。
誰にだよ!
「モラルもきちんと守られた質問ですよね?」
「ま、まぁ、そう何だが…」
修二は考える。
もしかして、方言か何かなのか?もしくは、だっちゃ。とか、ぴょん。とか、ごじゃる。とか、語尾に何かを付けるのが、あのファンの中で流行っているのだろうか?
だとすれば、好きな食べ物は何だっちゃ?とか、好きな食べ物は何でおじゃる?とか、全てつじつまが合う話しだぴょん。
おお!なるほど、そういう事か!と、修二が納得したその時である。
「ほら?修二さん。電車男さんが聞いてますよ?私の好きな食べ物は何ですかな?」
「ちょ、ちょっと待て!俺に聞いてどうすんだよ」
大体、電車男って呼ぶなよ。
「どうするって、どうもこうも、私のファンの方の質問なんですから、ちゃんと答えてあげて下さい」
「……シュ、シュークリーム」
「違います。はぁ…がっかりですよ修二さん」
「 www www」
むふん。むふん。と、電車男は笑う。
まるで、勝ち誇ったかのようなその表情を見て、何故か負けた気になってしまう修二。
「ぐ、ぐぬぬ…」
やはりコイツは敵なのか?
そんな事を、修二は心の中でボヤくのであった。




