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アイドルとマネージャー  作者: 伊達 虎浩
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第3章 雪物語 その壱…⑧

 

 結衣から怒られる修二。


「ま、待て!結局、何を聞いてたんだよ」


 どう?どう?と、訳も分からないままに聞かれ、答えたらオコである。


 な?理不尽にも程があるだろ?


「ば、そ、それぐらい…分かるでしょ!!」


「分かるか!!」


 跪けと言われ、膝をついて結衣を見てみると、椅子に座った結衣が足を何度も組み替える姿が見え、どう?と、尋ねてくる。


 さぁ、彼女は何を聞いているのでしょうか?


 な?分からねぇよな?


「なぁ、結衣。悪かった。だから…出来の悪い後輩に教えてくれよ」


「………う、うん」


 もしかしたら、マネージャーとしての何かを結衣から教わっていたが、頭のできが悪い自分は、忘れてしまったのではないだろうか?と、考えた修二はそう申し出た。


 結衣もまた、教えなくても分かるでしょ?と、決め付けてしまった事を反省していた。


 教えなくても分かるでしょ。


 見て覚えなさい。


 それで、分からなかったとして、覚えられなかったとして、怒るのは間違えている。


(私…ダメね)


 むしろ、教えて怒る方が、よっぽど理にかなっている。


 勿論、言わなくても分かるような事なら話しは別よ?


 例えば、遅刻をしないようにとか、教えなくても分かるわよね?


 修二も結衣も、各々反省する。


(さて、結衣は結局、何を聞いていたのか…ん?)


 修二が見つめる視線の先で、結衣は顔を赤くしていた。


 耳まで赤い結衣。


(…んだ?大丈夫か?)


 心配しながら、結衣の答えを待つ修二。


「パパパパ」


「パパパパ?」


 下を見ながら、結衣は続ける。


「ンンンン」


「ンンンン…って、落ち着け結衣!」


 姐さんと呼んでいる場合ではない。


 先ほどより更に顔を赤くしている結衣を見て、流石に心配になる修二。


「……ご、ごめん」


「いや、謝るような事じゃない。パパパパンンンンって、どういう意味だ?もしかしてパンって言いたいのか?」


 と、尋ねると、結衣は首を縦に振って答えた。


 修二は考える。


 良く分からんが、あの結衣が顔を赤くしながら自分に何かを伝えようとしているのだから、きちんと考えなくてはいかんだろう。


 教わる時のマナーというより教わる時に、何も考えずに教わる何て有り得ない事だ。


 相手が何を伝えようとしているのかを、先に推測しながら教わる事の方が、良くないだろうか?


 例えば、〇〇だから…と、相手が説明している時に、〇〇すれば良いんですね?みたいな感じだ。


 最も、それがそうなら良いが、違った場合はマズイので、気をつけてくれ。


 良かった場合。


 その通りだ。何だ、分かってるじゃないか。と、評価が上がる事だろう。


 違った場合。


 は?違うぞ。話しは最後まで聞きなさい。常識だろ?と、評価が下がってしまう。


 まぁ、一番いいのは、最後まで話しを聞けって事だ。評価が上がる事も下がる事もない。


 しかし、結衣と俺の関係は何だ?


 結衣から評価されたいとは思わない。


 ん?上司である結衣をナメているとか、そういった話しではないぞ?


 結衣からの評価などいらない。


 …が、結衣の期待には答えたい。


 それだけだ。


(パン。足を組み替える。いや、足?)


 推測するも、答えは見つからない。


 もしやパンや足を、英語、いや、ドイツ語などに略して…と、考えた時、修二は気付く。


(ドイツ語とか知らねー)


 冷や汗ものである。


(いや、待てよ)


 相手は自分を良く知る人物、結衣である。


 自分が英語やドイツ語が出来ない事ぐらいわかるはずであり、そもそも、英語やドイツ語に略して伝えるって、どんなゲームだよ。


 小さな名探偵でもあるまいしと、修二は再び考える。


 跪け。パン。足。


「ま、まさか…!?」


 ゴクリと、修二は喉を鳴らし、声をかけられた結衣はビクッと、肩が揺れる。


「ゆ、結衣…お前…」


「………!?」


 修二の答えを、ギュッと両目を閉じて待つ結衣。


「パンを買ってこいって、言いたいのか?」


「……は?」


「ん?いや、だからな。自分は女王様のように椅子に座り、愚民共のように俺を跪かせ、パンを献上せよって事だろ?ふー。最初からそう言えよ」


 やれやれ…スッキリボールを投げたい気分だぜ。


 何なら、スッキリポーズもおまけしちゃうよ♡


 しかし、跪けなんて聞いたの、バラライカさん(アニメ)以来だぜ…。


 お腹が空いているからパンをくれなど、確かに女の子なら言いづらい話しなのかもしれない。


 しかしだ。長い付き合いである自分に対し、遠慮など無用だと、言ってやるべきだろうか?


 などと修二が考えていると、結衣はうつむきながら口を開く。


「……修二」


「ん?何だ?メロンパンか?」


「死にたいの?」


「…ひぃ!?」


(何て冷たい眼で俺を見やがるんだ)


 どうやら答えが違ったらしい。


「あ、あの…ですね」


 さて、怒らせたら右に出るものはいない結衣様を怒らせてしまった。どうすれば良いだろうかと考える修二。


 決まっている。


 真の答えを見つける事だ。


 自分達は今、何をしている?


 そう。立ち位置の確認であり、結衣は雪の役、自分はファンの役である。


 中央に膝をつき、ファンとして雪(結衣)を見上げる自分。


 交互に足を組み替える仕草…。


 足、パン、足パン?


 そこまで考え、遂に修二は答えにたどり着いた。


「も、もしかして…結衣、お前…パンツが見えてないか?って、聞いてんのか?」


「………!?」


 ビクビク!!っとする結衣を見て、ようやく答えにたどり着いた事を確信する修二。


「いやぁ…なんだよ。そんな事かよ」


「……!?そんな・・事・・ですって?」


 プルプル震える結衣に気づかず、はははと笑いながら、修二は続ける。


「そもそもそれをするなら、まずは色を知らないといけないだろ?」


「私の…今日の…下着の色…」


 黒なら、見えているか見えていないかなどまず分からないと言っていい。


 何故なら、結衣はビジネススーツを着ているのだなら、スカートの色は黒である。


 スカートなのかパンツなのか…な?分からないだろ?


 修二はそう考え、結衣に告げる。


 顔を赤くしながらその両目に涙を溜め、結衣は何かを考えているようであった。


(きっと、雪の為を思っての事だろうな)


 桜プロダクションに所属する雪の為に、結衣は自らが実験体になっていたのだった。


 芸能人である雪。


 女性芸能人が最も気をつけなければいけないのは、こういった小さな問題である。


 いや、女性からしたら、スカートの中を覗かれるという行為は、小さな問題ではないか。


 とにかくだ。


 そういういかがわしい問題は、未然に防ぐべきなのである。


 だからといって、雪で試すわけにはいかない。


 何度も言うようだが、雪は芸能人である。


 それに、男が全員スカートの中を覗くような、そんな不届き者ばかりではない。


 しかし、雪を見るつもりが、たまたま見えてしまう場合だってある。


 電車に乗る為に、駅の階段を上がろうとした時、電車から降りて、駅の階段を降ろうとしていた女性のスカートの中が見えそうになった。みたいな話しだ。


 違うんです!下を見ながらでは危ないので、顔を上げただけなんです!決して、スカートの中を覗こうなどとは考えていないんです!!


 見たくて見たんじゃねーやい!


 …おほん。とにかくだ。結衣はそういう事を考え、自らが雪の代わりをやっていたのだろう。


(全く。大したもんだよ…姐さん)


 結衣(女性)からしたらそれが、どれだけの苦痛なのか、男である俺には分からない。


 しかし、決していい気はしない。という事だけは分かる。


 誰かを守る為に、それを自ら進んで行動できる人間が、どれだけいるだろうか。


 橋本結衣は、それができる人間であった。


(ここは後輩、いや、男として、逃げる訳にはいかんだろう)


 ふざけている場合ではない。


 バラライカさんを思い出している場合ではない。


 結衣の決心を心意気を、無駄にする事など決してあってはならないのだ。


 修二がそんな事を考えているなどとは思いもせず、結衣は口を開きかけた。


「わ、私の…きょ、今日の…下着」


 顔を赤く染め、両方の目に涙を溜め、それでも雪の為にと結衣は口を開いた。


(雪の為…千尋先輩の為…そして、修二の為)


 今日のイベントの為にと、修二が色々な所に頭を下げていたのを私は知っている。


 会場の確保から始まり、スケジュールの調整に、人員の確保から設備などなど、イベントをやるには時間や労力がかかるのは、至極当たり前の話しではないか。


 イベント内容は最近出来たようだけど、それでも、初めてのファンクラブのイベントでここまで出来れば充分と言っていい。


 何としてでも、このイベントを成功させてあげたい…た、たかが私のパンツなんかで、このイベントを台無しになんてさせないんだから。


 ギュッと唇を噛み締め、結衣が口を開きかけたその時である。


「結衣…」


「な、何よ」


 姐さんと呼んでこない修二。


 その事にドキッとしてしまう。


「それ以上は言わなくていい」


「……え?」


 言わないでって、何を?と、結衣は思った。


「そもそも雪はスカートの中に別のパンツを履いているんだし、雪の代わりをするなら格好からして違うだろ?」


 みせパンと呼ばれる種類のヤツとは違う。


 分かりやすく説明するなら、スカートの中に体育服のズボンを履いている。みたいな話しだ。


 勿論、そんな代物ではない。


「そ、それもそうね…」


 だからといって、見られてもいい話しではないだろう。


 見えてしまっているなら、座る位置を変える必要がある。


 しかし、修二がこう言うって事は、雪のような格好をして来い…あるいは、雪で試すつもりなのかもしれない。


 自分を犠牲にするな。


 そう言っているのかもしれないと、結衣は思った。


「しゅ、修二・・・でも」


 でも。それでもだ。


 自ら立ち位置の確認を手伝うと決めたのだから、途中で投げだすなんて事が出来るはずがないではないか。


 いやしかし、もしかしたら修二は、私の事を思ってそう言ってくれているのかもしれない。


 女の子なんだから…と。


 そう考え、結衣の目がキリッと変わる。


(女の子…だから何よ!)


 仕事は仕事。


 修二が女性として見てくれていたという喜びと、上司としての仕事へのプライドが、結衣の心の中を支配する。


 が、しかし。


「あ、ありがとう」


 やはり言える筈がなかった。


 仕事なんかより大切な物が、この世には無数にあるのだから。


 ニッコリ微笑む結衣を見て、修二はホッとする。


 コレで怒られずに済んだ。と。


「じゃぁ、雪には悪いけど、ちょっと呼んでくるね」


 雪は本番に備え、最終チェックをしている頃だろう。しかし、座る位置の確認には雪が不可欠。


 そう判断した結衣が、雪を呼びに行こうとしたのだが、修二がそれを止めた。


「え?で、でも…確認はどうするの?」


「ん?その必要はない」


「……え?」


「もう少し後ろに下げて、雪には足を組んだりしないように指示を出そう。と言うより、トーク中に足を組むなんて有り得ないだろ?それに、ファンも地面に足をついたりしない」


 態度が悪い。と、思われてしまう恐れがある。


 そもそも、足を組みながら座っている女性芸能人などあまりいない。


 あるとすれば、何かを書かされる時、または長時間のイベントの時ぐらいだろう。


 美人な人やクールなイメージが強い女性芸能人なら足を組むのも分かるが、今の雪はどちらかというと、可愛い系なのだから、足を組むのではなく、きちんと両足を閉じ、両膝に両手を添える、おしとやかな雰囲気が似合うタイプだと思われる。


「…それもそうね」


 言われてみればその通りだ。良かった…下着の色とか言わずにすんで…と、結衣は思った。


 そういった、ちょっと優しさが修二にはあって、そこに私は…ん?


「ちょ、ちょっと待って」


「ん?」


「ど、どうして、椅子を後ろに下げさせる必要があるのかしら?」


「…え?」


「え?じゃないん…ですけど」


 再びプルプルしだした結衣を見て、修二の背中に冷たい汗が流れる。


「だ、だから…ほら、アレだよアレ」


「アレ?ほら?いいのよ。私と修二の仲じゃない」


 長い付き合いだ。


 遠慮は無用というわけである。


「し、白いのがほら、な?」


 見えていたというわけである。


 どう?と聞いて、何喰わぬ顔でこの男は、ん?何が?などと言っていたのだろうか。


「いや、しかし、アレだよアレ!な?」


 ははは。と笑う修二がその後、めちゃくちゃ怒られたのは、言うまでもない事であった。


 最も、見たくて見たんじゃねーやい!と、修二が思ったのもまた、言うまでもない事である。

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