第3章 雪物語 その壱…②
電話の音で、目を覚ます。
「ん…んん…と」
毛布の中でもぞもぞとしながら、右手を伸ばして携帯を手に取る。
画面を見るまでもない。
この着信音は修二からのものである。
つまり、仕事の電話。
そう考えると、一気に眠気が吹き飛んだ。
「…おはようございます」
左手で両瞼を擦りながら、朝の挨拶を交わす。
「おはよう。寝てた?」
「あれ?結衣ちゃん?」
おかしいなぁ。と、耳から携帯を離して画面を見てみるが、やはり発信主は修二からである。
ズキズキと痛む胸。
なんで痛むのかなどと、考える事はない。
修二の携帯を結衣が使っている。
つまり、それは…。
「ちょ、姐さん!?何で俺の携帯、勝手に使ってんっすか!!」
「何でって、私の携帯は機種変更中で預けているからよ」
「ああ!なるほどって、なるか!あ、いや、なりませんよねぇ〜」
あはは。と、電話の向こうから聞こえてくる。
(ふふふ…)
その場にいない雪であったが、どういう経緯で、どういう状況になっているのかが目に浮かぶ。
結衣に頭があがらない修二が、結衣に振り回されている。そんな感じのやり取りである。
雪はくすくす。と、声に出さず笑った。
「ああ!もお!電話中なんだけど?」
電話中なのだから、静かにしろと言う結衣。
「見れば分かるっつぅの!そうじゃなくてだな」
誰の携帯だと思ってやがる。と、修二が注意をする。
良かった。いつも通りだ。
と、朝からホッとする雪なのであった。
ーーーーーーーーーーーーーー
数分後。
「はぁ、はぁ、ったく。結衣のヤツ。アイツって、あんなに凶暴だったか?」
「修二さん!」
「ばぁ〜か。わあってるよ」
どんなに親しくてもだ。
陰口は許される事ではないと、雪は思っている。
その為、これ以上は…と、注意を促したのだが、言われなくてもと、修二から返されてしまった。
それは、雪と同じ事を思っているからである。
つまり、本心からの言葉でないということなのだろうが、本音じゃなければいいということでもないはずだ。
その為、再度注意をしようとした雪。
「何か言ったかしら?」
「いえ。何でもありません。です。はい」
が、注意をする事はなかった。
修二は本人の前であえて凶暴だったか?と、言ったのである。
さて、コレは陰口というだろか?
結衣は何か言ったか?と、言っている事から、聞こえていないようだが…しかし、聞こえてて、あえてそう言った可能性がある。
違う。コレは、陰口ではない。
結衣と修二の、いつものじゃれあいだ。
それはそれでやめてほしいところなのだが…言えるハズもなかった。
言えば最後。
どうして?と、なるのがオチだ。
さて、答える事が出来るだろうか。
出来ないからこそ、雪は言えないのであった。
「あ、あの…」
ここで言えるのは、用件は何だ?と、いう事ぐらいだろう。
最も、重要な事なので、やましい気持ちがあったかどうかは、雪にも分からない事である。
「あぁ、わりぃ。今日の予定は大丈夫か?」
今日の予定。
仕事についての問い合わせ。いや、最終確認みたいなものだ。
時間や場所、服装などの確認である。
芸能人になった最初の頃は、子供じゃないんですけど 笑。などと思った事もあったが、コレはとても重要な事なのだと、今となっては分かるし、納得出来る事であった。
自分一人の問題ではない。
自分一人が責任を負う訳でもない。
遅刻や休む事は、それなりの覚悟と理由が必要である。
例えば、ドラマの撮影があったとしよう。
寝坊や時間を間違えてしまい、収録時間に遅れてしまった場合、さて、演者に監督やカメラマン、メイクスタッフやらを合わせると、一体、何人の人に迷惑がかかるだろうか?
それだけではない。
所属する事務所にも迷惑がかかるのだ。
そうならないようにと、マネージャーである修二から毎日必ず電話がかかってくるのであった。
メモ帳を開き、時間と場所の確認をする雪。
「あ、あの…」
「ん?何だ?」
「場所って、何処ですか?」
メモ帳には、時間が書かれており、ファンクラブのイベントと、記されていた。
まだまだ駆け出しの雪ではあるが、一応、ファンクラブが発足している。
そのルックスもあってか、会員の人数はそれなりにいて、今日はファンクラブの集まりが初めてあるのであった。
「ああ。千尋から聞いといたから、今から迎え行くわ」
「30分後で、お願いします」
シャワーを浴びて、軽くメイクをしてと、準備が整う時間を逆算した雪は、時間を指定する。
「ああ。じゃあ、いつものパーキングでな」
いつも通りの返し。
いつも通り。
コレが、いかに幸せなんだということに、一体、何人の人が気づいているだろうか?
はい。と返事を返し、シャワーを浴びる為に服を脱ぐ。服といってもパジャマだ。
ベッドの上に放りなげ、下着やらタオルを手に取り、風呂場へとやって来た雪は、シャワーを頭から浴びながら考える。
変わらない日常。
変わらない景色。
変わらない人達。
それは、悪い事ではない。
幸せだと感じているのであれば、変わる必要などないのではないだろうか?
自分さえ幸せならそれでいい。とまでは言わないが、さて…では、誰かを幸せにしてあげるだけの技量が自分にはあるだろうか?
変わりたくないのに、変わらないといけない人がいる。どんなにあがいても、それを拒む事は決して許されない人がいる。
どうか、忘れないでほしい。と、私は切に願う。
自分さえ幸せならそれでいい。
違う。
まずは、自分さえ幸せならそれでいい。
他人を思いやる心は、そこから生まれるはずである。
まずは、自分が幸せになるのだ。
そこから、ほんの少しでいい。
ほんの少しの幸せを、誰かにあげてほしい。
家族でもいい。恋人でもいい。友人でもいい。
水嶋雪は、いや、神姫雪は幸せである。
やりたい事をやらせてもらえ、夢を叶えられ、社長や秘書、いいマネージャーに巡りあえて、ファンに支えられて、本当に幸せである。
だから、私は今、皆んなに幸せをあげている最中である。
勿論、幸せをあげれているかどうかなど、私に分かるはずもない。
しかしそれは、分からない方がいい事である。
幸せをあげている人はきっと、無意識のはずだから…。
シャワーを浴びながら顔をあげると、目の前には鏡がある。
「……遥」
やはり姉妹というべきか、大好きな妹の面影が、そこにはあった。
恥ずべき事ではない。
むしろ誇るべきだ。
姉妹である証。
「遥も、そう思ってくれているかしら」
この世界で誰よりも幸せになってほしい人物であり、この世界で誰よりも自分を憎む事になる人物。
ねぇ、遥…。
どうか幸せになってほしい。
そして…。
パン!と、両手で両頬を叩く。
これからファンクラブのイベントなのだ。
暗くなる事を考えてどうする?と、気合いを入れなおす。
「良し!今日も頑張るよん」
頑張れる事に感謝し、頑張れる舞台を与えてくれた事に感謝する。
神姫雪の日常は、こうやって始まりを告げるのであった。




