第3章 南めぐみという少女…①
私が写真家を志したのは、とあるCMがきっかけだった。
歌に合わせ、次々と変わる写真。
一枚、一枚に、物語があるその写真たちに、私は心を奪われたのだった。
とある一枚の写真。
それは結婚式での写真であり、新婦の父の写真だった。
如何にも厳格そうな父が、唇を噛み締め、涙を流している写真。きっと、新婦は一人娘で、父は最後まで結婚に反対していたのだろう。
それでも娘の幸せを願い、グッと何かを堪えているに違いない。
そう思わせる写真であった。
もう一枚の写真は、幼い兄弟の写真。
産まれたばかりの赤ちゃんに、幼稚園児ぐらいのお兄ちゃんが、優しく頬を突ついている写真。
きっと、この日初めて赤ちゃんを見て、自分が兄になったんだと実感しているに違いない。
そう思わせる写真であった。
また、ある写真はご年配夫婦の写真。
公園のベンチに仲良く座り、楽しそうに笑っているその写真からは、お互いがこう思っているに違いないだろう。
あなたと結婚して良かった。と。
歌に合わせ、一枚、一枚変わる写真を眺めながら、思わず涙を流してしまう私。
何げない一枚の写真。
しかし、写真一枚一枚には必ず、物語があるのだ。
それを魅せる事のできる職業。
それが、写真家である。
「・・・南さん。南さん!」
「……!?」
肩を揺さぶられ、ハッとした私が目を開けると、眉を吊り上げた店長の顔が見えた。
「す、すいません」
私は頭を下げながら謝罪する。
「まぁ、かけもちで大変なのは分かるけど、仕事は仕事だよ」
おっしゃる通りである。
「すいません。直ぐに戻ります」
再び謝罪した私は、休憩室のドアを開け、持ち場に戻るのであった。
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写真家を志し、北海道から上京した私を待ち受けていたのは、過酷ともいえる現実であった。
とにかくお金がない。
アイドルの娘たちがよくテレビなどで、初任給は5万でした。などと言っているが、それとあまり変わらない。
住んでいる家や、写真を学ぶ際に必要な経費は給料から引かれている。
なら、5万でも大丈夫では?と、思うかもしれないが、ここから高熱費、携帯代、食費を引くと、正直足りないのが過酷な現実というわけである。
その為、私はコンビニのバイトとかけもちをしているのだが、睡眠時間は5時間あるかないか。
今も休憩中にうとうとしてしまい、店長さんに怒られてしまった所である。
毎日キツイが、私は諦めない。
なぜなら写真家になるのが、私の夢だからだ。
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上京する前、私は考えた。
どうすれば、写真家になれるのか?
結論から言って写真家は、誰にでもなれる職業であると言っておく。
写真で食べていく。を、前提に考えないのであればの話しだが。
そもそも写真家になるには、まずは技術を身につける必要がある。
そして、コネを持つ事が最も重要であった。
漫画家やラノベ作家など、出版社に応募、またはサイトに投稿したのを読んでもらい、逆にオファーを受ける事が写真家にはあまりない。
無論、自分でサイトを立ち上げ、写真家として活動する人も多くいる。
そこで、オファーをもらう人だっているのだ。
しかし、仕事の多さは言うまでもないだろう。
それに、仕事のやり方や技術を学ぶ事も出来ない。
その為、出版社に入社するか、弟子入りするのが写真家としての近道だと、私は考えた。
阿久津 誠 先生。
私が弟子入りした先の先生である。
阿久津先生に写真について教わりながら、コンビニとかけもちで何とかやりくりする毎日。
しかし、辞めたいなどと思った事が、一度もない。
世界が広がっていく。
知らない事を学ぶとは、そういった事なのではないだろうか。
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翌日。
今日は阿久津先生の仕事の手伝いをしに来た私。
リュクを背負い、腰には直ぐに出せるようにとバックを持ち、逆の腰まで垂らしたバックは、私のバックがある。
女性として、私のバックは必要な物であり、背中に背負っているバックは、仕事に必要な物が入っている。
腰にあるバックには、大量のフィルムが入っており、直ぐに出せるようにしているのはその為であった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「南。大丈夫か」
大丈夫か?大丈夫なわけないでしょうと、心の中で呟いてしまう。
何十キロとある荷物を持ち、写真を撮る為に現在登山しているのだ。
勿論、阿久津先生もリュクを背負いながら登山している。
しかし、ベテランと新人なのだし、男と女という事なのだから、こうなるのは当然と言えるだろう。
カシャ。カシャ。
登山をしながら、先生はシャッターをきる。
私も。と、思うが、シャッターをきる余裕がない。
「せ、先生。ま、まだ、ですか?」
先生の邪魔を決してしないように、先生がカメラを下ろした所を見計らって声をかける。
「そうだなぁ」
左腕の腕時計を見ながら、先生が時間を告げる。
その答えに、愕然としながら、私は登山を再開した。
二時間。
この鬼のような登山。
私にとっては、半日の気分であった。
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二時間後。
息を切らしながらそっと、背中のリュクを降ろす。
降ろした私は、休むまもなくリュクを開けて、撮影の準備に取り掛かる。
椅子やシート。
三脚たてや自分のカメラの取り付け。
弟子の仕事とは、大体こんな感じである。
酷い先生だと思うだろうか?
しかし、弟子とはこういうものである。
これは、どの業界でも変わらない。
お相撲さんは毎朝ご飯を作り、先生をおこし、先生がご飯を食べ終わるのを待ち、先生が食べ終わった料理の残りをいただき、先生の髪を結ったり、先生のお風呂の世話をしながら、先生から技術を学ぶ。
お笑い芸人の方は付き人として、色々な世話をしながら、芸を学ぶ。
歌舞伎でも、宝塚でも、写真家や画家でもそれは変わらない。
弟子の仕事とは、こういうものなのだ。
「南」
「は、はい」
先生に呼ばれ、私はスッと立ち上がる。
「ほら、飲め」
「いただきます」
先生から手渡された魔法びんのフタを手にとり、一気に飲み干す。
間接キス?
私は大人だ。
そんなのに顔を赤くするような年頃でもなければ、弟子としては当たり前の行動である。
「南。見てみろ」
先生が指さす方へ目を向けると、そこには大自然が広がっている。
山があり、森があり、山頂だからか、白い煙のようなものが広がっている世界が、そこにはあった。
「この、白いのは何ですか?」
「ん?霧だよ霧」
「霧…ですか?」
「そうだ。お前ほどの年頃の子が見る事は滅多にない。よく見て学べ」
学ぶ。
一体何を?
そう言われた私は、先生に尋ねる事にした。
どういう意味なのかと。
「少し、ヒントをやろう」
先生の口癖の一つである。
見て学べ、自分で考えろなど、人に教える立場の人間は大抵こうだろう。
しかし、先生は少し違う。
正解を決して教えてはくれないが、ヒントはくれる。
「君たち若い子は、現実、いや、現代に慣れすぎている。電気がつく、火がおこせる、水が飲める。どうかな?」
「は、はい」
「だが、私たちのような年寄りは、コレがない時代を経験している」
「まだ、50代じゃないですか」
「ふはは。まぁ聞け。君たちは若い。若いからこそ撮れる写真がある。若いからこそ撮れない写真があるのだよ」
「体力の話しですか?体力なら先生の方が…」
実際、登山をしたが私の方が数倍疲れている。
「ふむ。説明するのはやはり難しいの。どれ、あそこの木を見てみよ」
そう言われ、木を見上げた私が目にしたのは、ツバメの巣であった。
「さて、君ならあれを題材に何を撮るかな?」
問題。
木の枝の上にあるツバメの巣。
さて、貴方はこのツバメの巣をどう撮りますか?
問われた私は、一つの解を出す。
「ツバメの巣にいるであろうヒナたちを撮ります」
お腹を空かせ、母鳥を待つ一枚の写真。
それが、私の解である。
「ふふふ。良い答えじゃ」
そう言われ、少しだけ頬が緩んだ。
「先生は、どういった写真を撮るのですか?」
少しの抱擁を胸に抱きながら、私は先生に尋ねた。
しかしその答えを聞いた私は、絶望してしまう。
「私か?私なら、ヒナ鳥たちが食べられる所を撮るかな」
私の解とは全く違う解だったのである。
※弟子について色々書いてますが、あくまで妄想の世界です。




