第3章 面談…その①
季節は春である。
暖かい気温に、色鮮やかな桜の花びらが舞う季節。気持ちの良い風が吹き、新生活を迎える者や、新学期を迎え、新しい出会いに心踊る者、親しい友人との別れに涙する者、好きなあの人と…など、様々な思いを抱く者がいるそんな季節。
そう、4月に入ったのだ。
遥達からしょうもない嘘をつかれ、ウソップの誕生日を祝う人々を華麗にスルーし、そんな中、霧島修二は車の中でため息を吐いていた。
「…今までありがとな」
車内の窓から、慣れ親しんだ家を見る修二は、ポツリとそんな言葉を呟く。
彼は、今日から新しい家に引っ越す事となり、荷物を車に乗せ、待ち人を待つ間、これまでの思い出に浸っていたのであったが、待ち人はいつまで経っても現れない…ため息を吐いてしまったのは、その所為であった。
「す、すいませ〜ん!お待たせしました」
「…本当にな」
マンションのエントランスから現れた人物は、カラ、カラっと、キャリーバックを引きながら謝罪をしてきたのだが、本当に悪いと思っているのか?と、聞きたくなるほどの言い方であった。
「もぉ!修二さん!女の子がそう言った場合は、嫌、俺も今来たとこだからって、イケボで言う場面ですよ」
イケボとは、イケメンボイスの略であり、かっこ良い声という意味である。
そもそも、車を取りに行くから15分後に下でな!と、伝えていたのにもかかわらず、20分後に現れたのだから、イケボでお願いしますなど、言っている場合ではないのではないか?
再度、ため息を吐きたい修二だったが、ぐっとこらえた。
「…いやいや、言わないから。いいから早く乗れ」
「無視ですかって、あ、あの…」
車内の窓から、車に乗るように指示を出したのにもかかわらず、指示をされた女の子は車には乗らず、困っているように見えた。
「…あぁそうか。遥、悪いんだが、助手席に周ってくれ」
困っている理由に心当たりがあった修二は、助手席に乗るように指示を出す。
指示を出された遥は、助手席に乗り込み、シートベルトを締めながら、修二に疑問を投げかけた。
「何で後部座席が、こんな風になっちゃっているんですか?」
「ん?あぁ。そこは、雪の為に作られたからだよ」
「お姉ちゃんですか!?」
遥の言うこんな風にとは、後部座席が全て倒してあり、全て倒しただけでは段差が生まれてしまう為、段差を無くすように改造がしてあったのだった。
段差を無くした理由は言うまでもなく、寝やすいようにであり、荷物の近くには、枕や毛布が置いてあった。
「あぁ。最初は普通の車だったんだがな…雪が売れていくと寝る暇が無くてだな…その…なんだ…ゆっくり寝かせてやりたくてだな」
何とも歯切れの悪い言い方である。
それを聞いた遥は、改造を申し出たのは修二であり、照れ臭いが為に、歯切れが悪くなっているのだろうと思った。
「修二さん。ありがとうございます」
「…気にするな。いずれはお前達も使う事になるさ」
「なりますかね?」
「なって貰わなくては困る。特に俺達がな」
「いえ、私達にも関係していますから」
「それもそうか…ったく、千尋のヤツ」
「まぁまぁ、頑張りましょう。あっ!お菓子食べます?」
思わず、遠足か!と、ツッコミたくなった修二だが、お菓子の誘惑には勝てない。
ガンガルマーチを遥から分けてもらい、この1週間について尋ねる修二。
「最近ですか??おかげさまで、皆んなと仲良くなりましたよ( ^ω^ )」
遥もまた、新しい家での生活があるのだが、問題は、新しい家までの生活をどうするのか?という事になった。
修二の家に泊まるという遥の案に、結衣と千尋から猛反対を受け、この1週間は、ゆずやあゆみの家に泊まっていたのだった。
「面談でも言ったがな、今日からは新しい家だ。しっかりな」
「ふぁ〜い」
「……物を食べながら返事をするな」
車のエンジンをかけ、ハザードランプを消して、ウィンカーを点ける修二。
初めての一人暮らしで借りた部屋。
雪と二人三脚で歩んできたあの部屋。
雪の母親に、雪の妹が訪れたあの部屋。
そして…少しだが、元カノと暮らしたあの部屋。
様々な事があったな…と、考えながら、車を発進させるのであった。
ーーーーーー
車を走らせ、信号待ちになった時、遥から質問を受けた修二。
車内の音楽を消し、もう一度質問内容を確認し直した。
「面談か?まぁ、色々あったが、大丈夫だろう」
遥の質問は、面談はどうでしたか?というものである。
面談内容を、教える訳にもいかない修二は、当たり障りのない返事を返した。
「もしかして、守秘義務ってヤツですか?」
「…まぁな」
個人の面談内容を聞くという事は、普通の日常会話の一つなのだろうが、残念ながら彼は、普通の日常生活を送っていない。
言うまでもなく、彼は芸能人のマネージャーであり、芸能界で働く者である。
芸能界というのは特殊な職業の為、普通とは呼ばないのではないだろうか?
遥もそれを理解していた為、それ以上の質問はなかった。再度音楽をかけ、車を走らせる修二は、遥からの質問があった、面談について思い出していた。
ーーーーーーー
時間は少し巻き戻る。
面談をするからね♡とは、我が社の社長にして、修二の幼馴染である千尋の言葉であった。
「…待て。俺もするのか?」
トップバッターに任命された修二は、思わず聞き返すが、にっこり微笑みかけられながら、当たり前だよ♡と、千尋から返されてしまう。
社長命令では仕方がないか…と、考える修二。
社長室の机の前に座ると、目の前には千尋が居て、両隣には結衣と恵理の姿がある。
「…姐さんはこの場にいるのか?」
「うん。だって結衣ちゃんには、グループのリーダーをやってもらうから、マネージャーであるシュウ君の今後について、知ってもらわないと」
「……姐さんが、リーダーなのか?」
「な、何よ?文句あるの?」
文句があるなら言ってみな?みたいな態度を取る結衣に対し、適任だろうと考えた修二は、首を横に振り、文句がない意思を伝えた。
「さて、修二君。あまり時間をとっても仕方がない。まずは、軽く自己紹介でもしてくれたまえ」
面談は、修二だけではない。
それに本命はこの後に控えている彼女達であり、自分の面談は、ついでみたいなものなのだろうと、修二は考えていた。また、時間を取りたくないという気持ちは、修二も同じである。
その為、自己紹介の意味などを聞く事なく、恵理のリクエストに答えて、直ぐに自己紹介を始めた。
「サクラプロダクション、霧島修二です。担当するタレントの、マネージャーをするのが仕事です」
サッと、パイプ椅子から腰をあげた修二は、そう自己紹介をする。
「ふむ。あとはそうだね…歳とか、趣味とかを、教えてくれないか?」
「はぁ…歳…ですか?」
身内同士なのに、歳や趣味などを聞いてどうするのか?という疑問を抱く修二。
「ふふふ…修二君。マネージャーである君なら分かるだろ?本番だと思ってやってくれたまえ」
修二の疑問に答えたのは、かつて同じマネージャーであった恵理である。
「マネージャーとは、各方面に頭を下げて回るのが仕事だ。自己紹介など、基本ではないかね?」
各方面に頭を下げて回る。
各方面とは、プロデューサーなどであり、頭を下げて回るとは、自分が担当するタレントを、是非使ってくれませんか?と、お願いをする事である。
その際、名刺を渡しながら、自己紹介を軽くするのが、一般的となっていた。
「歳は8月で23になります。趣味は自宅で映画鑑賞です」
「へ〜。シュウ君って映画見るんだね。ちなみに、最近だと何を見たの?」
「………!?」
歳と趣味を伝えると、千尋から質問をされてしまう修二。勿論、質問の意味は分かる。
しかし、問題があるのは答えだ。
雪が死んでしまい、自宅に引きこもっていた頃、たくさん見た映画は全てアニメであった。
アニメが悪いわけではないが、このアニメが最高!などと、言っていいものなのかどうかに悩む修二。
「千尋君。一応、これは面談だ。作品関連の質問の答えなど、コロコロ変わるものだよ。それから修二君も、映画鑑賞と答えるのはやめた方がいいだろうな」
悩む修二に対し、助け舟を出してくれる恵理。
コロコロ変わるというのは、自己紹介をする相手によって、答えが変わるという意味である。
例えば、Aの会社に自己紹介をする場合、Bの会社の商品が好きです!などとは言えない。
また、アニメというのは特殊な作品であり、例えばTPSで放送されている作品でも、実際に作っているのは別の会社である。
つまり、答える作品によっては、裏の裏のその裏まで読む必要が出てくる。
その為、恵理からこの面談を、本番だと思うようにと言われていたのにもかかわらず、映画鑑賞と答えてしまった修二。
どこの誰に自己紹介をしているのかという事によって、答える内容が変わってしまうという事になるのだから、映画鑑賞と答えるべきではない。
「…迂闊でした。すいません」
「なぁに、気にする事はない。どれ、私と変わるかね」
「いいんですか!?」
「ん?いいも悪いも、君の次は私だ。そして君は、この後の面談は結衣君と一緒に、こちら側に座ってもらう予定なのだよ」
結衣がリーダーとして、全員の面談に参加する。
修二がマネージャーとして、全員の面談に参加する。
恵理からの答えに、修二はそういう事か。と、覚った。
席を入れ替わり、恵理が自己紹介を始める。
「サクラプロダクション、秘書の北山恵理です。歳は7月で28になります。趣味はお酒です」
普段の言葉使いとは違い、丁寧に自己紹介をする恵理。
『…………』
「……ん?どうした?聞きたい事があったら、どんどん質問したまえ」
短い沈黙があった為、いつもの口調で軽く注意をする恵理。結衣が慌てて質問をした。
「は、はい!今、趣味はお酒だって言ってましたけど…」
「うむ。お酒が嫌いな人は少ないのだよ。こう言っておけば、大抵の相手は誘ってくる。無論、アイドルを目指す結衣君達には使えないがね」
趣味がお酒だと言っておけは、良かったら今度、飲みに行かないか?などと、誘いが生まれるだろ?という恵理だが、しかしそれは、恵理クラスの美貌があってこそではないのだろうか?と、修二は思った。
「勿論、二人っきりでは飲みになど行かないぞ。当時は、ひかりを良く連れて行ったりしたもんさ」
(酒の席で、ひかりを紹介した…あのひかりをだ。当然、色々あったのだろうな)
中二病であるひかりを連れて行くという事は、良くも悪くも、一種の賭けである。
プロデューサーに噛み付いたりとか、左手が疼くとかなんとか訳のわからない事を口走ったり…しかし、それを見たプロデューサーが、一度番組で使ってみようという事になり、仕事に繋がっていった…良く言えばこうである。
悪く言えば、ひかりを受け入れてはもらえず、番組に呼ばれない。
「……参考になります」
そこまで考えての自己紹介をする恵理に対し、尊敬する修二。
「いや、違うさ。多少ブランクがあるだけで、当時の私にこうした方がいいとアドバイスをくれたのは、他ならぬ君だぞ」
恵理が修二を慕う理由。
修二が恵理を慕う理由。
それぞれが違う理由で、互いを慕っている。
「……そうでしたか?すいません。覚えていなくて」
「ふふふ。構わんさ。それは、良い事だからね」
覚えていなかった事を謝罪する修二であったが、怒るどころか恵理は、とても嬉しそうであった。
「電車の中で、ご年配の方に席を譲り、お礼を言われたとしよう。さて、君達はその人の顔を覚えているだろうか?」
恵理からの質問に対し、考える三人であったが、それぞれが覚えていないと伝える。
「それと同じさ。当たり前の事をやったのだから、覚えておくほどの事ではない。脳がそう勝手に判断し、記憶を消去した。私はそう思っている」
その後、恵理からかけられた言葉に対し、修二以外の二人も顔を赤く染める事となる。
だから、ありがとう。
彼女は満面の笑みで、そう告げた。
そのありがとうの意味は、覚えていない事に対してなのか、それとも、自分にアドバイスをくれた事に対してなのか、彼等にはわからない事であった。




