第2章 結衣の決断
広い空間に二人だけってのは、なんだか寂しい感じがする。かといって、狭い空間に二人だけってのは、それはそれで気不味い感じがするのだか…いや、決してイヤらしい意味じゃなくてだな。
アレだよアレ。
学校の体育館に二人だけだと、寂しい感じがするだろ?かといって、学校の教室に二人っきりってのも、それはそれで気不味い感じがしないかって事だよ。
いや、レッスンスタジオ自体は、教室の半分ぐらいなのだが、鏡張りの所為で広く感じてしまう。
「……良し。コレでいいわ」
そんな事を考えていたのは、結衣から目を瞑って待つように言われていた時であった。
「おい!?目隠しって…ますます変態さんになっちゃってるんですけど!!」
(ったく。何を考えてんだか。コレで両手まで縛られたら…いや、考えるのはやめておこう)
「アレも駄目コレも駄目。いい修二?妥協って言葉、知ってる?」
「人と話す時はきちんと相手の目を見るって、母ちゃんに……!?い、いや、何でもない」
しまった!と、思う修二であったが、もう遅い。
「……残念ながら、両親からは何も教わってないわね」
「…すまん」
自分の失態を素直に恥じると共に、素直に謝罪する修二。人には、触れてほしくない話題がある。
「馬鹿ね。私には、気を遣うなって言ったでしょ」
最も、気を遣われすぎるのも、それはそれでどうなのかと、結衣は思っているようだ。
思春期の頃。
丁度、学生だった頃、絶対にNGだったはずの言葉が、大人になると無くなっていく…そんな感じだ。といっても"絶対に"が、"少し"に変わるだけなのだが…。
橋本結衣の場合は、両親についてだ。
修二の場合は、神姫雪についてだろう。
更に気不味くなってしまった。さて、どうする?と、考える修二を他所に、結衣はシュルっと修二から目隠しを取ると、パイプ椅子を後ろ側に移動させた。
丁度、修二と背中合わせになるように移動させる結衣。
声をかけようと動く修二だったが、結衣の方が早かった。
「…本当はね、芸能界で働いてみたいって気持ちがあったんだ。まぁ、捨てちゃったけど」
「…結衣?」
修二から話そうと思っていた事、どう切り出すか悩んでいた事を、結衣のほうから口にしてきた。
「半分捨てた…かな。実際、マネージャーって仕事は、芸能界で働くって事だから」
芸能人とマネージャーは、二人三脚で歩んでいく、気持ちは一心同体だ。など、要は、そんな関係なのである。
マネージャーの仕事は、芸能界で働いているといってもいいのではないだろうか?
「…続けたかったのか?」
「どうかな…。雪やひかり、ゆずを見て、悔しくてたまらないって気持ちが強かった。なぜ、あの場所に私は立っていないのか。なぜ、私はここで、彼女達を見ているのだろうか。そんな気持ちを抱いてしまった瞬間から、マネージャーとして私は失格なのよ」
「何でそうなる!?違うだろ!」
「いいえ、違わないわよ。いい修二?マネージャーっていうのは、誰かを支える者だって事を忘れないようにしなさい。決して、醜い嫉妬を抱いていい者ではないの」
そう言われた修二は、固まってしまった。
マネージャーとは?という、先ほど聞いた恵理の質問の答えを、どうやら結衣は持っているようだ。
歌手とは、歌う者であり、女優とは、演じる者である。では、マネージャーとは?と聞かれたら、誰かを支える者であると、結衣は答えるのだろう。
修二は結衣の言葉を聞いて、返す言葉を模索するも、見つからなかった。
「醜い嫉妬は彼女達との関係に、大きく影響すると言っても過言じゃないわ」
実際、そうなのだろうか?
「修二には、分からないでしょうね。けど、分からないままでいいのよ」
「良くねぇよ!お前のこと、お前の気持ち、ちゃんと知っておきてぇよ」
分からない事は怖い事だ。
特に、マネージャーに関する事なら尚更知っておきたい。友人であり、これからマネージャーとして、支える事になる結衣の事なら尚更知っておくべきだ。
「……!?」
修二からそんな事を言われ、激しく動揺してしまう結衣。幸い、背中合わせの為、修二は気づいていない。
(心臓が大きく揺れる。身体が熱くなっていって、耳が熱くてたまらない…けれど、決して嫌いではないこの感覚。私の気持ちを知りたい…か)
そっと、鏡越しに修二を盗み見ると、真剣な表情で、壁と向き合っている修二の横顔が見えた。
「ぷっ。あは、あははは」
「あ?んだ?」
急に後ろから笑い声が聞こえてきたので振り向くと、結衣は鏡張りの壁を指さしている。
「壁に向かって…あはは。知りたいんだ。何て…あははは」
「いやいや、お前が向けって言ったんだろ」
お腹を抑え、楽しそうに笑う結衣。
「ふー。良し、決めた。私、アイドルになる」
「…は?」
決めたって?アイドルって?今の話しの流れから、一体全体、何故そうなった?
話しが上手くいきすぎて、なんだか不安になる修二。千尋に任せとけ!と言ったものの、特に何かした覚えがない為、不安になるのは当然であった。
「というわけだから、修二。これからきっちり働いて、私を雪以上の売れっ子にして頂戴」
結衣はそう言って、スッとパイプ椅子から立ち上がると、握手を求めてきた。
修二は苦笑いを浮かべながら、その握手に応じた。
「…何が可笑しいのよ」
「いや、ゆずも同じような事を言っていたなって思ってさ」
流石は親友同士。と、いうべきなのだろうな。
最も、ゆずの時のようなアクシデントなど起こる事はなかった。
「ふーん。あっ!そうだ。二人っきりの時や、千尋先輩と一緒の時は、結衣って呼んでいいけど、ちゃんと皆んなの前では姐さんって呼びなさいよね」
「…これから芸能界で活動するんだぞ?現場で姐さん何て呼んだら、周りから白い目で見られちゃうと思うんだが?」
そもそも何故、姐さんと呼ぶようになったかは、またの機会に語るとして、今後の呼び方を決めなくてはマズイだろう。
「…しゅ、修二は、結衣って呼びたいの?」
そう提案する修二に対し、結衣はそんな質問をしてきた。
(まぁ、姐さんって呼ぶよっかはいいよな…アレ?結衣の顔が赤いんだが…まさか怒ってんのか?)
「い、いや、できたらでいいんだ」
(だからお願い!殴らないで!!)
「・・!?で、できたら…ですって…」
プルプル震えながら、結衣は右手を挙げる。
「イテッ!?」
結衣から殴られる修二だったが、殴られた理由がさっぱり分からなかった。
「ふん!とにかく、私は千尋ちゃんと恵理さんに話しをしてくるから、呼び方はこれまで通りよ!分かった?」
「い、いや、だからだな、はぁ…ったく。まぁいいか。結衣がやりたい事をやるって言ってんだしな」
扉を開ける結衣の背後を見ながら、修二はそんな事を呟いていた。




