第2章 アイドルプロジェクト
恵理がいなくなった事により、千尋と修二の二人だけになった社長室。
「なぁ、千尋。もう一度考え直さないか?」
「考え直さないかって、結衣の事?それとも、ひかりちゃんやゆずちゃん、あゆみちゃんの事?」
「全部だ」
キッパリ、ハッキリと告げる。
「いいか、千尋。あゆみがどうかは知らんが、遥は新人で、それに結衣も加われば新人が二人だ。ひかりやゆずにはそれなりに仕事があるから、その二人に時間をかければ、残りの三人がおろそかになる」
やる前から…とか、やってみなくては…とかの問題ではない。
例えば、ひかりに地方ロケの仕事が入った場合、当然、マネージャーである俺も、ひかりに同行しなくてはならない。
日帰りならいいが、違った場合、残りの四人はどうするのか?問題はそこだ。
「シュウ君が何を考えているのか、大体は予想がつくけど、大丈夫。問題ないわ」
それでも、千尋は譲らなかった。
「ひかりちゃんのバラエティーへの出演のオファー、ゆずちゃんにきたドラマや映画のオファー、あゆみちゃんにきた声優の仕事も受けて頂戴」
「…待て。あゆみは声優なのか?」
そんな馬鹿な!?と、修二は驚いた。
なぜなら、ひきこもっている間、アニメざんまい、すしざんまいの日々を送っていたからであり、相川あゆみという名前を、見た事も聞いた事もなかったからである。
「まぁ、あまり売れてなかったみたいだけど…それと、なるべく早く、女の子のマネージャーを雇うから、それまでは頑張ってくれないかな?」
「……なぁ、千尋。お前のプランを聞かせてくれないか?」
マネージャーを雇うということに、異論はない。
男である自分では、女の子である彼女達に対し、どうしてもカバーできない部分が確かにある。
下着…とかな。
とりあえず、千尋のプランというか目的というか、目標みたいなものを明確にしてから、話し合った方がいいだろうと考えて俺は質問する。
「…そうね。シュウ君には最初に伝えといた方がいいかもしれない」
マネージャーである修二が、一番最初に動き、一番働く事は決まっている。
修二が動き、働き、仕事をとってきて、初めて他の人が動き始めるのだからと、千尋は考えた。
真剣な表情で、千尋は口を開く。
「私が目指しているのは、唯一無二のアイドルグループよ」
「……は?」
聞き間違いだろうか?少し、マヌケ面になりながらも、修二は質問する。
「ア、アイドルって言ったか?」
「えぇ、そうよ」
「ちょっと待て。意味がわからないんだが…」
コイツはいきなり何を言っているのか?分かるヤツがいたら説明してくれ。
「ん?だって、考えてみてよ?バラエティーで活躍しているひかりちゃん。ドラマや映画で活躍しているゆずちゃん。少しだけど、声優として活躍しているあゆみちゃん。遥ちゃんや結衣も充分可愛いし、素質はあると思うの」
バラエティーで活躍するひかり。
ドラマや映画で活躍するゆず。
声優として活躍するあゆみ。
かつて、別の分野で活躍する人達が集まって、結成したアイドルグループなどあっただろうか?
つまり、唯一無二とはそういう意味なのだろう。
「じゃ、じゃぁ何か?俺はアイドルグループのマネージャーになれって事なのか?」
「そうよ。それなら、マネージャーが一人でも、問題ないでしょ?勿論、だからといって、女の子のマネージャーを雇わない何て事はしないけどね」
確かに五人組のアイドルグループのマネージャーであれば、一人でも大丈夫なのかもしれない。
基本的に個別でなくグループのマネージャーは、一人だからである。
「……お前の考えは分かった。けど、それならそれで、きちんとアイツらに説明するべきなんじゃないか?」
明日から、アイドルを目指せ!などと言われて、納得するはずがないだろ?
「勿論、これからきちんと、説明するつもりよ」
「ゆずは、色々な役を演じたいっていう思いから、事務所を移籍して来たって言ってたぞ」
色々な役を演じたい。
そう思って移籍までした結果、アイドルだぞ?
いや、アイドルを馬鹿にしているとかではなくてだな…話しが違うじゃん!っていう話しだ。
ゆずだけではない、遥だってそうじゃないか。
大好きな姉が、命をかけてまで見たかった世界、叶えたかった夢、見てきた景色を自分も見たい。
そういった思いから、この業界にやって来たのだ。
なら、遥が目指すべき道はアイドルではなく、女優である。
あゆみはどうだ?声優なんだろ?
ひかりは…ま、まぁ、アレだが。
そして…結衣は?
「…マネージャーとしてではなく、お前の幼馴染として質問する。なぜ結衣を芸能界に入れるという結論になった?」
「……シュウ君から見て、結衣はどう見える?」
「…どうって、外見か?そりゃぁ、可愛いだろ」
「ふ、ふ〜ん…可愛いんだ」
「ん?いや、可愛いだろ?」
性格はキツイけどな。とは言えない。
「ま、まぁ、可愛いけど…けど、可愛いからってだけじゃないの。結衣には、自分の道を進んで欲しいのよ」
「自分の道?」
「そうよ。私の力になりたいって思ってくれていて、私の秘書になってくれたのはもちろん嬉しいんだけど、果たしてそれは結衣の本当の夢なの?」
尋ねられた修二は考えるが、残念ながら彼はその答えを知らない。
「私に遠慮していないか?私の顔色ばかりうかがっていないか?やりたい事、やりたくない事があるならハッキリと言って欲しい。我慢せずに生きて欲しい。なりたい夢があるなら、それを叶えて欲しいと思っているの」
結衣は千尋に逆らわない。
弱みを握られているとかではなく、千尋が絶対だ!という気持ちが強い。
つまり、結衣は千尋に、依存してしまっているということである。
携帯依存症とかと似ているかもしれない。
依存症は治すべきだ。
「千尋が結衣の事を考えてるってのは、分かった。しかし、何で芸能界なんだよ」
「結衣が芸能界に憧れているからよ」
「……そうなのか?」
「結衣の一番近くにいるのは誰?結衣を一番見ていたのは?結衣の事を一番考えていたのは?」
社長として、先輩として、友人として。
結衣についてなら、ゆずにも負けない自信が千尋にはある。
「わかった…けど、条件がある」
アイドルのマネージャーをする事に、異論はない。
女の子のマネージャーを雇う事に、もちろん異論はない。
彼女達が納得するかは置いといて、彼女達のマネージャーになる事に異論はないのだ。
しかし、しかしだ。
「言ってみて」
「単純な話しだ。千尋の側で、秘書として働く事が結衣の夢なら、これからもアイツを、アイツを側にいさせてやってほしい」
部下として、先輩として、友人として。
結衣の事を考えている気持ちは、修二にもある。
深々と頭を下げる修二に対し、千尋は小さく笑った。
「うふふ、馬鹿ね…当たり前じやない」
考えるまでもない、と、千尋は即答した。
「じゃぁ、結衣ちゃんを呼びましょうか」
そう言って携帯を取り出す千尋に、修二は待ったをかけた。
「千尋が結衣に聞くと、本心を言わない可能性がある。だから、俺から聞くよ」
千尋にお願いされたら結衣はきっと、断らないだろう。しかし、それでは駄目なのだ。
「…本心か。シュウ君には話して、私には話してくれない。ちょっぴり…悔しいわね」
社長室を後にする修二の背中を見ながら、千尋は独り言のように、呟くのであった。
その独り言が修二に聞こえていたかどうか、それは、修二にしか分からない事である。




