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アイドルとマネージャー  作者: 伊達 虎浩
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第2章 天使ゆず

 

 静かな事務所。


 かつてはたくさんのスタッフがいた芸能事務所だが、今では少数のスタッフしかいない。


 ソファーとホワイトボードが置いてあるだけであり、他には何もないこの部屋で、正座をしている一人の青年がいた。


「で、ですから、小学生がタバコを吸っていると思ったからですね…そ、その」


 何をそんなに焦っているのかと聞かれたら、彼の目の前にいる女王様が、怒っていらっしゃるからであった。


「…で?コレはチャンスだと思い、お尻を触ったと?」


 ソファーの上で片足を組み、両腕を組んでいる女性様。正座をしている青年を見るその視線はあまりにも鋭く、ゴミクズを見るような視線であった。


「さ、触ってませんよ!?叩いたんです…こ、こうやって…ですね」


 身振り手振りでそのシーンを再現しようとする青年であったが、女王様から告げられた次の一言を聞いて、自分の行動を恥じた。


「は?馬鹿なの?それで許されるんだったら、電車の中とか痴漢され放題じゃない」


 仮に痴漢をしたとして、触ってない!叩いただけだ!などという言い訳が通用するハズがない。


「…悪かったよ」


 彼にも言い分はある。


 タバコを吸いに喫煙所に行ったら、小学生が立っていた。


 小学生に何をしているのかと尋ねたら、見れば分かるだろ?と、返された。


 未成年がタバコを吸うんじゃない!!という気持ちと、悪い事をしたら怒ってあげるべきだ!という気持ちで小学生を怒っただけだ。


 しかし実際は小学生ではなく、女王様と同い年だとか…正直に言って、信じられないという気持ちでいっぱいである。


「はぁ…。修二が、ゆずの事を考えての行動だったってのは分かった。けど、ゆずが許さないって言ったら修二の人生終わりだよ」


 正座をしている青年、いや、修二は、ソファーの上で眠っている、ゆずと呼ばれた幼女に目を向けながら女王様に尋ねた。


「なぁ…結衣。彼女はどういう子なんだ」


「…どうって、どういう意味よ」


 女王様、いや、結衣は、質問の意味というより、質問の種類が分からず尋ね返した。


 明るい子です!とか、寂しがり屋さんです!などという事を、聞いているのではないだろうと考えての事である。


「すまん。移籍って聞いたが…何でだ?」


 言うまでもないと思うが、移籍をするという事は、元々は何処かの事務所に所属していたという事だ。


 つまり、移籍をする理由が何かあったという事である。


「…修二は、ゆずの事を知ってた?」


 そう聞かれた修二は考える。


「…悪い。あまりテレビを見ていなかったから」


 考えた修二だったが、ゆずの事を知らなかった。


 そもそも知っていたら、こんな事にはなっていなかっただろう。


 また、知らないのは自分が引きこもっていたからではないかと考えての返しであり、結衣もその意図に気づいていた。


「…まぁいいわ。ゆずはね、女優だったのよ」


「女優…だった?」


「移籍しちゃったから、実質は引退したも同然よ。まぁ彼女は、女優業を頑張るつもりだと思うけど…ねぇ、修二」


「何だ?」


「…どう思う?」


「どうって…」


 結衣の説明を分かりやすく説明するのであれば、あるバンドがいたとしよう。


 レコード会社との契約が終わり、事務所を移籍するとした場合、別のレコード会社に移籍するのであれば、そのバンドは音楽を続けられる。


 しかし、レコード会社とは全く別の事務所に所属した場合、音楽を続けるのは難しいだろう。


 その為、引退したも同然という結衣の発言は、あながち間違いではない。


 一からの再スタート。


 ゆずと呼ばれた彼女は新たな事務所で、様々な役のオーディションを受ける事になる。


 最も、彼女が人気者であれば、移籍だろうが独立だろうが、引退したも同然とは言わない為、結衣のこの発言には、そういった意味が含まれていた。


 つまり、元々女優だったゆずが、立ち上げたばかりも同然の"サクラプロダクション"に移籍となると、女優業も難しいという意味である。


 最も、神姫雪のようなタレントであれば、移籍しても問題はないだろうが。


「どうだろうな…っていうより、移籍するぐらいなんだから、難しいんじゃないか?」


 順風満帆なら、移籍などしないだろう。


「…馬鹿ね」


「あ?どういう意味だよ」


「前の事務所で女優業が難しかったのだとしたら、もっと大手の事務所に移籍しているわよ」


「…た、確かに」


 言われてみればそうだ。


 例えば、女優業がやりたいからといって、お笑いの事務所に移籍する女優はいない。


「あまつかゆずよ」


 結衣はそう言うと、眠っているゆずのプロフィールを見せてくれた。


「え〜っと…何々、天使ゆず、21歳。芸歴7…7年だ?!」


「しー!?起きちゃうでしょ!」


「わ、悪い。思わず声が…な?」


 天使ゆず。


 そこには、名前と年齢だけではなく、数々の出演作品が書かれている。


「ちょっと待て。売れっ子じゃねぇか!?」


 神姫雪ほどではないにせよ、売れていないタレントではないのが見て分かる。


「何の不満があんだよ?」


「…役よ」


「役…だと?」


 そう教えられた修二は、紙を見直した。


「…妹役。娘役。こ、子供役、だと!?」


 ズラリと並ぶ配役は、全てこの3つであった。


「彼女はね、修二。これ以外の役がやりたいのよ」


「け、けど、役がないよりかは、いいじゃねぇか」


 実際、女優になりたい人は大勢いる。


 一つの作品で、一人の配役に選ばれるという事が、どれだけ大変かという事を、修二も結衣も知っている。


 そんな中でゆずは、これだけの作品に関わっているのだ。


 贅沢な悩みではないか。


「言っとくけどゆずは私の元クラスメイトで、私が駆け出しだった頃に出会ったのよ。丁度、アンタが入るかどうか悩んでいる時期にね」


 橋本結衣は、修二の先輩である。


 結衣が高校に通いながらマネージャーとしての仕事を学んでいる頃に、たまたま出会った。という経緯があったらしい。


「ゆずはデビューした7年経った今でも、彼女は変わらない。変わらないのよ修二」


 一定の時期を境に、成長しなくなってしまう。


 これは、ゆずに限った話しではない。


「け、けど、仕事がないなんて事より、全然いいじゃねぇか!」


「…修二。本当は気づいているんじゃないの?」


「……!?」


 ビクッとした修二を見た結衣は、片足をおろし、きちんと姿勢を正した。


「…お願い修二。ゆずを担当して、雪のようにしてほしい」


 ソファーに座ったまま、結衣は頭を下げた。


「…何でお前が頭を下げんだよ」


 卑怯ではないか。


 結衣に頭を下げられては、断る事が難しい。


「こうされたら修二は断れないからよ」


 そしてその事を知っている結衣。


 その事を知った上で、彼女は頭を下げたのだ。


 彼女が卑怯だと知った上でのこの行動の意味を、修二は考えた。


「…そんなに大切な存在なのか?」


「……えぇ。千尋先輩よりかは、だけど」


 結衣にとっては、千尋が上位である。


「正直に言う」


「私には、そうしなさいって教えなかった?」


「難しいだろう」


 きっぱりと言い放つ。


「……理由は?」


「…分かってんだろ?」


 見つめ合う二人。


 真剣な表情から、冗談を言い合っていないのが分かる。


「……その話し。私も聞きたい」


「ゆ、ゆず?!起きてたの?」


 ムクッと起き、自分に体を預けるゆずを見て、しまった!という表情を浮かべてしまう結衣。


 しかし、もう遅い。


「…ゴン太。お前の意見。聞かせてもらおうか」


 天使ゆずは、眠そうな瞳をゴシゴシとしながら、修二にそう尋ねるのであった。

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