表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルとマネージャー  作者: 伊達 虎浩
11/82

第1章 サクラプロダクション

 

 日付けが変わり、今日は千尋に会いに行く日である。一昨日電話をした際に、今日にしてもらったのには、いくつか理由がある。


 まずは、部屋の掃除。


 次に1年間、伸ばし続けた髪と髭をさっぱりさせる事だ。


 そして、新しく買ったスーツを着ながら、洗面台で顔を洗う。


 決して、心の準備がほしかったなどではない。


 いや、本当だよ?


 久しぶりに身につけた七つ道具の一つ、腕時計を見ながら、再度、気合いを入れ直す。


「じゃ。行ってきます」


 答えが返ってくる事などない。


 独身で彼女もいない、一人身なのだから、当然だろ?それでもだ。


 新たな一歩はやはり、行ってきますではないだろうか。


 ーーーーーーーーーー


 千尋が居るというより、俺が務めている会社は、秋葉原にあるビルである。


 車で行くか迷ったが、今日は電車にした。


『次は、りの帝国〜次は、りの帝国…』


 そんな場内アナウンスを聞きながら、千尋に話す内容を頭の中でまとめるのであった。


 ーーーーーーーーーー


 駅から歩いて僅か15分の所に、我が芸能プロダクションがある。


 何階建てだよ!土地代、幾らすんだよ!成功者どもめ!などと考えながら、豪華なビルをスルーする。


 ん?いやいや、こんな豪華なビルなわけがないだろ。


 我が社はコレだよコレ。


 高層マンションの所為で、陽当たりの悪い場所に建っている3階建てのマンション。


 かつて売れっ子タレント(ゆき)を抱えていた、サクラプロダクションの事務所。


 一年ぶりに見たマンションは、やはり、陽当たりは最悪であった。


「何も変わってねぇな…」


 ちなみに、1階は居酒屋になっており、2階が事務所。3階はレッスンスタジオとなっている。


 階段で行くか、エレベーターを使うか。


 経費削減を考えるのであれば、階段か?


 地球温暖化にもつながってその上、俺の筋力も上がる。


 一石三鳥じゃん!いや、経費を削減しても、特するのは千尋か…などと考えていると、後ろから声をかけられた。


「邪魔なんだけど」


「あっ!?す、すいません…って!?あ、(あね)さん!?」


 声をかけられた俺は、素っ頓狂な声を出してしまった。


 声をかけてきたのは、レディーススーツに身を包み、可愛らしいゼブラ柄のマフラーを巻いた女性である。


「……どちら様でしょう?」


「…いやいや(あね)さん!俺ですよ俺!」


「オレオレ詐欺なら間に合ってますので」


 おいコラ結衣(ゆい)!誰が詐欺師だ!誰が!大体、間に合ってます何て言われたら、何かの詐欺に引っかかったのかと、心配になるだろうが。


 彼女は橋本結衣(はしもとゆい)(20)という名前であり、今の会話から解る通り(俺が姐さんと呼んでいる)マネージャーとしての俺の先輩だった人だ。


 本来はマネージャーだった彼女だが、俺が入社したのがきっかけで、現在は千尋の秘書になった人である。


「霧島修二。不肖ながら戻って参りました」


 礼儀は大切だ。


 戻れるか戻れないかは置いといて、筋を通すべきだと考えた俺は、(あね)さんに頭を下げた。


「負傷してるなら帰れば?」


「いやいや、ふしょうって意味わかります?」


「怪我をした…でしょ?」


「あってますけど、その負傷じゃなくてですね!」


 俺が唯一、頭のあがらない年下の女性。


 それが、橋本結衣という女性だ。


 礼儀の"れ"の字も忘れ、姐さんに噛み付いた俺に対し姐さんは、人差し指をピッと指してきた。


「ここ。負傷したんでしょ?」


「……!?あ、姐さん」


 思わず涙が出そうになった。


 姐さんが指で"トントン"っと(つつ)いてきたのは、俺の心臓。すなわち、心であった。


「気遣いの出来る女性になられたのですね…って、イテッ!?」


「ったく。馬鹿なこと言ってないで、ほら、開けて」


 頭を(はた)かれた俺は、エレベーターのボタンを押した。


 地球温暖化?


 いやいや。


 それも大事だがそれよりもだ。橋本結衣(あねさん)との仲良しの関係性を失うことの方が、俺には怖かった。


 心配して損した。などと言う言葉が後ろから聞こえたが、聞こえないフリをして、俺達はエレベーターに乗り込んだ。


 ーーーーーーーー


 エレベーターのドアが開くと、目の前にサクラプロダクションと書かれたドアがある。


 いつも通り暗証番号を入力して、ドアのロックを解いた俺は、小さく深呼吸をする。


 久しぶりの出社だ。


 緊張しても仕方がない。


「…早く入れ」


「い、いや!あ、あのですね!ちょ、ちょっと心の準備といいますか」


「修二。その馬鹿な頭で、マヌケな(ツラ)で、今の現実を受け止めなさい」


「ちょ、ちょっと!?それってどういう意味で……す、か?」


 言われてる事の意味が分からない俺を、橋本結衣はその小さな両手で、力強く背中を押してきた。


 しかしそれは、聞く必要がないものであった。


 いや、聞く必要が増したと言い直そう。


「ゆ、結衣。い、一体、何があったんだよ!」


 姐さんと呼ぶのを忘れ、橋本結衣の両肩をがっしり掴んだ俺は、強い口調で尋ねた。


 かつて俺が働いていた職場。


 しかし、そこは俺が知っている職場ではなくなっていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ