プロローグ
とある一室にて。
「…いいか?」
「だ、駄目…です。も、もう少し、もう少しだけ…ま、待って」
忘れもしない、四月の頭の出来事だった。
窓から見える桜の木。
風がふわりと部屋の中に流れ込むと、桜の花びらが、彼女の髪の毛の上に舞い降りた。
「わ、悪い。そ、その…初めてだから…さ」
「そ、それを言ったら、わわ、私なんて、全部初めてです…」
優しく髪の毛の上に乗った桜の花びらを取ってあげると、桜の花びらに負けないぐらい頬を桃色に染めた彼女が、窓を閉めてくれないかと言ってきた。
「す、すいません」
「気にするな。なぁ?そろそろいいか?」
窓を閉め、ついでにカーテンも閉めながら、俺は彼女に確認をする。
無言でうなずく彼女。
「…い、いくぞ?」
しかし、彼女からの返事がない。
気になった俺が再度確認の意思を伝えると、彼女は深いため息を吐きながら、返事を返してきた。
「ぷ、ぷはぁー。はぁ、はぁ。だ、駄目です!ちょっと、ちょっとだけ待って下さい」
「はぁ…またか。いい加減にしろ」
右手を真っ直ぐこちらに伸ばし、息切れをする彼女に対して頭を抱えた俺は、流石に注意する。
「いいか?宣材写真を撮るのに、何で1時間もこの俺が付き合わにゃぁならんのだ」
「し、仕方がないじゃないですか!宣材写真なんですよね?一生残るんですよね?だ、だったら、少しぐらい、少しぐらい時間がかかったって、仕方がないですよね?ね?」
「…あのな。息を止めて、腹をへこませて見せようとかするな」
「ギクッ!?ししし、してません事よ?」
何処の貴婦人だお前は…はぁー。全く。
現在俺は、彼女の宣材写真を撮るべく、撮影スタジオに来ていた。
「だ、大体…文句ばかり言うなら、千尋さんに頼むなり、プロのカメラマンに頼むなりすればいいじゃないですかぁ」
「知っての通り、千尋はメカ音痴。おまけに会社は倒産寸前の芸能プロダクション。プロのカメラマンを雇うお金がないんだよ」
「…だったら、シュウさんでいいです」
「その名で呼ぶな。と、とにかく撮るぞ!」
「ま、待って下さい!?」
カシャ。
芸能人なら当たり前の写真撮影。
しかし、この日だけは特別な日。
一般人から芸能人へと変わる、そんな特別な日。
そしてこの日から、二人の物語は幕を開けたのであった。