第7話 悪役候補生+1
「申し訳ございませんティナ様」
手厚い候補生たちの洗礼を受け、何故か神殿の掃除までさせられ帰ってきた私を待ち受けていたのは、開口一番ラッテの謝罪だった。
「どうしたの?」
「実は片付けに時間を取られてしまい、夕食を取りに行くのを忘れておりました」
「どういうこと? 夕食はお城のメイドさんが部屋まで運んでくれることになっていたんじゃなかったけ?」
ソルティアル領までお迎えに来てくださった方が、候補生になるにあたって予め王都での過ごし方を説明してくださった。
現地ではなく、向かう前に説明してくださったのは『聞いていた話と違う』『待遇が悪すぎる』というご令嬢が何人もいたらしく、国王様の頭を悩ませたんだとか。
いやいや、修行のために行っているのに待遇が悪いとかおかしいでしょ。
そんなことで、予めお城での生活内容を聞かされていたのだけれど、その時は確か食事はお城のメイドさんが各部屋に運んでくださるという話だったのだが。
「それが、お食事がなかなか運ばれてこないので、候補生のお世話を取り仕切っておられるメイドの班長にお尋ねしたところ、そんな話は聞いていないと言われまして……」
ラッテが申し訳なさそうに謝罪してくる。
候補生のお世話を取り仕切っているメイドの班長って、確か私を神殿に案内した人よね。
「まぁ、無いものは仕方がないわ。一食ぐらい抜いたところで何の問題もないもの。そうだ、リィナが出発する前にクッキーを焼いてくれたの、ラッテも一緒に食べるでしょ」
そう言って私が持ってきた私物が入ったカバンの中身を漁る。
「い、いえ、私は……」
「何遠慮してるのよ、今からお茶にしましょ。ライムは蜂蜜でいいよね」
「ハイです」
クッキーと一緒にライム用の蜂蜜も取り出す。
ラッテは何も悪くないからね、きっとこれもレジーナたちの嫌がらせの一つだろう。
「そ、それじゃお茶の用意は私が」
「よろしくね」
クッキーとお茶を頂き一息ついた頃、私は感じていた違和感を口にする。
「ねぇ、さっき片付けに時間を取られてしまったって言ってたわよね? 何かあったの?」
「そ、それは……」
ラッテが言葉を詰まらせたことが全てを語っている。
持ってきた荷物はそこそこあったとしても、片付けと整理するのにはそれほど時間はかかるまい。それなのに時間を取られてしまったというのは明らかにおかしい。
「もしかして部屋の中が荒らされていたとかじゃないの?」
「……」
「話せないのは私の気持ちを思ってのことよね? だったら話して。もし話してくれないのなら、私は今からメイドの班長のところへ行って文句を言ってくるわ。ラッテにひどいことをするな、やるなら私一人にやりなさいってね」
「……申し訳ございません」
ラッテは隠しきれないと思ったのか少しずつ語ってくれた。
私と別れた後お城のメイドさんに案内され、護衛をしてくれた騎士様たちが宿舎へと荷物を運んでくれたそうだ。だけど案内されたのは他の候補生がいる宿舎ではなく、離れにある使われなくなった物置同然の建物。
外見だけはお城の中に建っているおかげで見栄えだけはいいが、中身は埃まみれの状態、部屋は一つしかなくボロボロのベッドが二台と、質素なテーブルセットが一つ。幸い汚いながらも浴槽と水回りがあるので生活するには問題はなかった。
この様子に荷物を運んでくださった騎士様たちも動揺されていたようだが、何分急なことだったので他に部屋が用意できず、建物に入っていた要らない物を退け、ベッドとテーブルセットを入れるだけで精一杯だったと言われれば、最後は頑張ってとだけ告げて本来の仕事に戻って行かれたそうだ。
騎士様たちにしてもお城での生活に関しては口が出せないだろうし、私が平民だということはご存知なのだから、納得ができなくても従わざるを得ないのだろう。
「ごめんね私のせいで」
「そんな、ティナ様は何も悪くございません。悪いのは何もできなかった私の方でございます」
「そうじゃないわ。実を言うとね、私はソルティアル領のためだとか領民のためだとか、そんな立派な思想を持ってここに来たんじゃないの。私はただ、最後に頂ける褒賞の金貨百枚がほしいだけ。だからね、何も私に付き合うことはない、あなただけでもソルティアルに戻りなさい」
苛められるのは私だけでいい、ラッテにまで辛い思いをさせるなら帰らせた方がいいに決まっている。
「嫌です」
「えっ」
「嫌だと言ったんです」
「ちょ、私の話を聞いていた? 私ってお金が目的の卑しい人間なのよ?」
「でもそれってご両親の家を取り戻すためですよね? 全然卑しくなんてございません。寧ろ尊敬するにあたることだと私は思います」
「って、なんで知っているのよ」
「リィナ様がエステラ様に話されている場に私もおりましたので」
そうだった……あの目覚めた時にエステラ様の隣にはラッテがいたんだ。
「もしかして私がソルティアル領に来た理由も知ってたりする?」
「はい、リィナ様の話を聞いた限りでは騙されたのではないかと」
あちゃー、立派なお姉ちゃんを演じていたつもりが、すでに私の失敗談を知られていたとは。
「はぁ、ここまで来たらもう言っちゃうけど、私もいきなり洗礼を受けたわ。メイドの班長って人に連れて行かれて候補生五人の前に立たされたのよ。そのあと神殿の掃除を一人でさせられたからこんな時間になったんだけれど、多分そのメイドの班長も私のことを良く思っていないと思う。寧ろ他の候補生と一緒に何らかの嫌がらせをしてくるでしょうね」
「神殿を一人で掃除を!?」
ラッテはそっち反応するんだ、私としては掃除より悪役令嬢軍団の方に反応してほしかったんだけれど。
「まぁ大丈夫よ。もともと綺麗なところだったし、あそこって何故かマナの力が強いのよね。だから誰も居なくなったあとに豊穣の祈りでパパっとね。生えていた草花を元に戻すのに時間がかかっただけだから、掃除自体はそれほど時間はかかってないわよ」
お陰で無駄な力を使ってかなりお腹が減っているのだけれど。
「……」
何故か沈黙で返してくれるラッテ、私変なこと言った?
結局ラッテはソルティアル領には戻らず、ここに留まる道を選んだ。
翌朝、私たちを待ち受けていたのはまたもやメイドの班長であるカミラの嫌がらせだった。
「申し訳ございませんティナ様、昨日の内に食事の依頼を伝えていなければならなかったようで、今からでは用意できないと」
「いいわよ、そうすんなり食事にあり付けるとは思っていなかったし」
ラッテを責めたところで何も変わらない。空腹はどうしようもないが、ライムと私で体力回復の奇跡をかけているから、二人とも倒れるようなことはないだろう。それに飲み物だけは用意できているのだ、これだけでも多少は空腹をしのげる。
「私、今から街へ出て食べ物も調達してまいります」
「ラッテ待って」
部屋から出て行こうとするラッテを慌てて止める。
「それは止めておいた方がいいわ」
「どうしてでしょうか?」
「そんなことをすれば二度と此処へは戻れないと思うわよ」
こんな誰でも考えそうなことをあのいやな目つきのメイド班長が見逃すはずがない。多分逃げ出した、勝手に城を出たとか因縁を突きつけて私を孤立させるに違いない。
私としてはラッテを安全なところに遠ざけられるが、それはちゃんとした手続きと本人が望んだ時でなければ意味がない。
「お昼はもう用意してもらえるように言ってあるのよね?」
「はい、それはもちろん」
「だったらそれで十分、それでも無理なら材料だけもらって自分たちで料理をすればいいわよ」
リィナには一人で調理場に立つなと言われているが別に構わないだろう。この部屋に調理場なんて気の利いた場所はないが、お茶を沸かすための簡易石炭焜炉が用意されているので、簡単な炒め物程度なら作れるだろう。
さすがに大勢が暮らすお城だけに、食材が全くないとは言わせない。
「分かりました。そのように手配しておきます」
「お願いね、それじゃ私はそろそろ神殿の方へ向かうわ。ライム」
「はーい」
ライムが定位置であるポケットに入るのを確認すると、私は神殿の方へと向かった。
うぅ、お腹すいたよー。
時間はお昼すぎ、私は昼食も取れず神殿周りの草むしりをさせられている。
「あら、まだそんな程度しか終わっていないんですの? 早く終わらせないとお食事にありつけませんわよ。クスクスクス」
やってきたのは悪役候補生の五人組、なんでこんな状況になっているかって? どうやら昨日の神殿内のお掃除、彼女たちからすれば決して終わるはずがないとタカをくくっていたようで。朝までかかって私が掃除をしている姿を見たかったのか、はたまた途中で放り出して終わらせていないことを責めたかったのかは知らないが、とにかくその何方でもないことが気に食わなかったらしい。
まぁそうよね、こんな大きな神殿を一人で掃除しろだなんて普通無理だもの。でも何でだろう、誰も『聖女の力を使ったでしょ』って言われないのよね。まぁ、ズルをしたことを誤魔化せてるんだから別にいいんだけど。
「ちょっと雑になってきてるんじゃないの、この神殿は聖女様の神聖な場所なのよ。お仕えするためにもしっかり心を込めて行いなさい」
草むしりをしているところを見るのがそんなに楽しいか、ご丁寧に嫌味まで付け加えてくる。
私になんかに構っていないで自分たちだけで修行をしていればいいのに、今日も煌びやかなドレスに身を包んで優雅に振舞っている。
「一つ聞いてもいいでしょうか?」
このまま黙々と草むしりしていてもいいのだが、ふと疑問に思ったことが気になりついつい尋ねてしまう。
「何よ、与えられた仕事が嫌とか言うんじゃないでしょうね」
答えてくれたのは五人のリーダーでもあるレジーナさん。昨日は喋りかけるなと言っておいて、今日はご丁寧に私に言葉に返してくれる。
「いえ、草むしりは聖女の力を高める修行に適していますから。ですよね?」
「え? えぇ、そうよ」
大地に宿る精霊に接するには草むしりはうってつけなのよね、とはお母さんの言葉。今でも家の周りの草むしりは私が担当している。
「先ほどこの神殿が神聖な場所っておっしゃっていましたのね? 具体的にはどう言う意味なんでしょうか?」
「えっ、えぇ?」
あれ? 質問の意味が分からなかったかな?
「この神殿、妙にマナの力が強いですよね? 何でかなぁって思って」
王都に入った時は何とも思わなかった。お城に入った時も何とも思わなかった。だけどこの神殿に入った時、明らかに外とは違う何かを感じた。
ライムにも聞いたけれどマナが強いのは分かるが、よく分からなかったらしい。ただ確かな事は神殿内は異常なマナが漂っており、ここならライムが私から離れたとしても消えずに存在し続けることができるだろうと言うこと。
「マナ? し、知らないわよそんなこと」
何故か慌てたように答えてくれるレジーナさん。
「そうですか」
そうすると聖女様が地方の視察から戻られるまで待つしかないか。マナのことがもう少し分かればライムの行動範囲も広がるかと思ったのだけれど。
そんな時だった、急に城内の方が騒がしくなり騎士と思しき男性が慌てた様子で私たちの方へと走ってきた。
「失礼します! 聖女候補生の皆様、今すぐ本城の方へお越しください。姫様が……」