第46話 聖女の代行、終わりました。
「ティナ・フランシュヴェルグ、私と結婚してほしい」
「お断りします」
一連の事件から三ヶ月、ようやく平穏に戻ってきたある日の日常。私は一通の手紙を受け取りお母さんたちの想い出の庭園へとやってきた。
そこで待ち続けていたであろう一人の男性からの告白をサラッと受け流し、現在に至る。
「……」
目の前で依然硬直から抜け出せないラフィン王子を近くに隠れていたいたメイドさんに引き渡し、同じく草木の壁に隠れていたユフィたちを招き入れ何時ものお茶会を始める。
「はぁ、やはり無理でしたか。ダメもとでお兄様に告白させたんですが」
「ユフィって結構ひどいことをするのね。ティナもあんなアッサリとフっちゃったらラフィン王子は立ち直れないわよ」
「ラフィン様、すっかり固まっちゃっていましたからね。あれでもご令嬢の中では凄く倍率が高いんですよ」
ユフィ、レジーナ、マルシアの順で好き放題私に向かって言ってくる。
大体影から見ているんだったら初めから止めなさいよね。
この三ヶ月間で色んなことが解決に向かっている。
まず黒ずくめたちは両国間での司法取引で、ガーランド側に引き渡すことが決まった。元々黒ずくめたちは第三王子の指示に従ったに過ぎず、隊長でありアリアンロッド様を殺害した者は、御影の攻撃により死亡していたことも大きいんだとか。
少々納得ができない部分もあるが、ガーランド側は聴取中であった元宰相と国王の側室で、第三王子ヴェルナーの母親を調査報告書と一緒に引き渡してきた。
どうやら陛下はガーランドの第一王子の親身な対応に感心され、多額の賠償金を支払わせることで同意されたらしい。
まぁ、こちらが何処かで折れなければ戦争まで発展してしまうから仕方がないのだが。
黒ずくめの解放は、極秘といわれている御影の存在がバレてしまうのではと考えられたが、既に二人の黒ずくめを逃していることと、アリアンロッド様の殺害にガーランド王国が関わっていたことを公表しないことを条件に、知り得た情報は表に出さないよう書面が取り交わされた。
「昨日の貴族裁判でアリアナ様とルキナさんの死罪が正式に決まったそうです」
ラフィン王子の告白がひと段落ついたのち、ユフィが仕入れた最新情報を教えてくれる。
ルキナさんは逃亡の末、国民たちに捕らえられ巡回中の警ら隊に引き渡された。
捕まった時の状態は嘗ての威厳や傲慢さは一切なく、全てを諦めたような表情でただ項垂れていたらしい。
「なんで聖女のあなたが落ち込んだ顔をしているのよ。今の姿はどうあれ、ルキナがやったことはそれだけでも救いようがないじゃない。国家反逆はそれだけで死刑確定よ」
レジーナの言う通り、二人は聖女の力をガーランドに売り渡そうとしていた。それだけで国に反翻したとして死刑は免れない。
それだけでも救いようがないのに、アリアナ様にはヴィクトーリア様の殺害罪が加わり、ルキナさんに対してはアリアンロッド様の殺害にユフィへの暗殺未遂。神殿への襲撃に、数件の誘拐容疑、更に数件の殺害に関与したとして母親以上の罪がオンパレードとなっている。
これが死罪とならなければどれを死罪とするんだと誰もが思うだろう。私だって頭では理解できているが、そう簡単に人の死というものを受け入れられるかといわれれば、それほど切り替えができる人間ではない。
「分かっているわよ、どうしようもないってことはね」
「ルキナさんが殺害に関わっていた中に、セイラさんの弟がいらっしゃったそうです」
「セイラの弟が?」
調査、取り調べはアミーテ様が中心となっていらっしゃる関係で情報が流れてくるのだろう、レジーナの言葉を補足するようにマルシアが教えてくれる。
「セイラさんはユースランド領で孤児だったところを引き取られたそうなんです……」
マルシアの話ではセイラは食事を貰えることを条件にルキナさんに仕え、そこで弟は聖女の力を高めるための犠牲になったらしい。
そのことはセイラさんには伝えられていなかったらしいが、本人は薄々気づいていたという話だった。
「セイラさん、両親を亡くして弟と街を彷徨っていた時にルキナさんに拾われたらしく、その時差し伸べられた手が今でも忘れられないって。最後まで信じていたのに、結局自分はただの便利な道具としか見られてなかったって、泣きながら……」
セイラさんはあの事件以降ユースランド家には戻らず、メイド長のアドニアさんの紹介で、下町の料理屋で働きながら一人で暮らしていると聞いている。
時々レクセルに頼んで様子を見に行ってもらっているが、今は吹っ切れて元気に働いているんだとか。まさか弟がルキナさんの犠牲になっているとは知らなかったけれど。
「そういうことだから割り切りなさい」
「はぁ……」
「何よそのため息は」
「レジーナに教えられるなんて聖女失格ね」
「あ、あなたね、私を何だと思っているのよ」
「お笑い要員」
クスクスクス、私とレジーナのやり取りをみてユフィとマルシアが楽しそうに笑みを浮かべる。
そういえばお母さんや王妃様、それにヴィクトーリア様もこうやってよくお茶を飲んでいたんだよね。
空を仰げば一面の蒼天、季節はいよいよ秋を迎えようとしていた。
―― 五年後 ――
「アルタイル王国第一王女、ユフィーリア・F・アルタイルを第四十七代目の聖女とする」
パチパチパチ
陛下の言葉で会場内から溢れんばかりの拍手が鳴り響く。
今日はユフィが聖女となる神聖なる日。
本当の継承はこの後神殿で、私と二人っきりになってから聖痕を渡すのだけれど、正式にユフィが聖女となったことを貴族たちに示すための格式ばった演出といったところだろう。
「おめでとうユフィ。これからは聖女様って呼ばなければならないわね」
「止めてくださいお姉さま、今まで通りユフィで構いませんわ」
ユフィは今年で二十歳。私とライムのお陰もあってか、聖女の力を継承するには十分な体が出来上がっており、この度正式に聖女の座に就くことを自ら受け止めた。
これにより五年にも渡った聖女の代行は今日限りで終了となる。
「ユフィお姉さま、聖女のお役目頑張ってください」
「ありがとうリィナちゃん」
リィナも今じゃ立派なレディ、私が聖女の公務でフランシュヴェルグ家を空けている間、お祖父様たちと楽しく過ごしている。
意外とマルシアと気があうようで、よく二人で楽しそうに会話をしている様子をお城でも見かける。
「それにしてもリィナが聖女候補生とはね。私がビシビシ鍛えてあげるわよ」
「ビシビシ鍛えてもらう、の間違いじゃないんですか?」
レジーナの言葉にクリスティーナがやれやれといった感じで口を挟む。
二人とも引退された巫女様の後を継ぎ、今じゃ立派な巫女として成長を遂げた。
クリスティーナは自分の置かれた状況を受け止め、この五年間で私や王妃様からの信頼を得ることができたが、シャーロットは結局あの日の衝撃から立ち直れず、私が御影の記憶を削り取った後、何処かの修道院に送られたらしい。
不安定な精神状態だったため、記憶の消去で聖女候補生だった時や襲撃の日の記憶まで消えてしまったことは、彼女にとって良かったことかは未だ分からないが、最近では笑顔が戻ってきたと風の噂で聞くので、彼女なりに元気にやっているのだろう。
「何言ってるのよクリス、リィナは聖女の力がまだ使えないのよ。この五年間で私が成長した姿を見せてあげるんだから」
まぁ、本人が言う通り、レジーナの力は五年前に比べれば多少は成長した。だけど……
「リィナちゃんって聖女の力が使えるようになったんですよね?」
「えぇ、私ほどじゃないけどレジーナよりは遥かに上な筈よ」
「な、聞いてないわよそんな話」
リィナは数年前に突然聖女の力が使えるようになり、今じゃ五年前のユフィに相当する力まで覚醒している。
それにしても私が作ったクッキーがキッカケになるなんて不思議よね。そういえば私も昔お母さんの手作りクッキーを……よそう、あれで私は死にかけたんだった。
「そういえばずっと疑問に思っていたんだけどさ、引退された二人の巫女様っていったい誰だったの?」
今更といえば今更だが、巫女様は聖女の修行をされた方がなるって、レジーナたちを見て初めて知ったんだから仕方がない。アリアンロッド様が亡くなられてからは時々様子を見に来てくださっていたが、半ば若手に任せてご自身は各々の生活に戻られていたから、結局聞く機会を逃し続けて今日に至ってしまった。
「今頃何言ってるんですかお姉さま」
「流石にそれは酷いと思いますよお姉さま」
「まぁ、あなたらしいわね」
「ティナ様、もう少し貴族社会のことを学ばれた方が」
「すみません皆さん、お姉さまにはちゃんと言い聞かせておきますので」
ユフィから順に可哀想な生き物を見るような目で私を見てくる。って、ちょっとリィナ、流石にそれは姉の威厳が……
「あのお二人はお母様とアミーテ様の妹、前イシュタルテ公爵様のご令嬢ですよ」
「へ? アミーテ様と王妃様の妹?」
「イシュタルテ家の四姉妹っていえば結構有名よ? 本当に知らなかったの?」
うぅ、レジーナに言われるとかなりショックだわ。
「あ、あの、初めまして聖女様」
みんなから冷たく扱われている時、少し幼さを残す男の子から声をかけられる。よく見れば、その後ろに照れたような表情のクラウス様とエステラ様の姿。
あぁ、この子が噂に聞くクラウス様のお姉さんから養子にもらったというお子様なんだろう。以前手紙をもらった時に次期領主として一緒に暮らしていると、楽しそうな内容で書かれていたことを思い出す。
「初めまして、セリング……だったかしら? ティナ・フランシュヴェルグよ」
「えっ、あ、はい。セリング・ソルティアルです」
手紙に書かれていた名前を思い出しセリングに問いかけると、自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、慌てて自分の名前を名乗ってくる。
立場上、セリングの方が先に名前を名乗るが礼儀だからね、悪いことしちゃったかな。
「セリング様、私はもう聖女じゃないからこれからはティナって呼んでね。クラウス様とエステラ様は私たち姉妹にとっては両親のような存在だから、そう畏まらなくていいから」
「あ、はい。聖じょ……ティナ様」
なんだかセリングの姿を見ていたら昔のリィナを思い出して懐かしく感じるわ。あの子も昔はなれないカーテシーで……そういや私もか。
今や二人とも王妃様の地獄の……コホン、熱心な指導の元、礼儀作法は完璧に身につけている。
「何一人感傷に浸っているのよ」
挨拶を経て立ち去っていくクラウス様たちを見送りながら、一人感傷に耽っていると、お馴染みのレジーナが如何にも私の心を覗きましたと言わんばかりの言葉を掛けてくる。
「いいじゃない、今日で私のお役目は終了。明日から元の生活に戻ることになるんだから、少しぐらい感傷に浸っても」
何だかんだでレジーナとの付き合いも随分長くなった。未だレジーナはフランシュヴェルグ家に留まっているので、私たち姉妹にとってはもはや家族同然。
叔母さんたちは貴族裁判で鉱山労働行きが決まり、現在は借金返済も含め労働に勤しんでいるんだとか。
毎月少額ではあるが、私たちの暮らしていた家の費用が収容所を通して送られて来ている。
「何言ってるのよ、元の生活なんて戻れる訳がないじゃない」
「へ? 何でよ、私の仕事はこれで終わったんでしょ? もちろんリィナと暮らしていた時のようにとは思っていないけど、フランシュヴェルグ家に戻るぐらいは普通でしょ?」
お祖父様もお歳がお歳なだけ、私がフランシュヴェルグ家に戻って侯爵の爵位を継ぐことは前から言われ続けている。
「もしかして何も聞いていないの?」
「何よその意味深な言葉は。時々ユフィの様子は見にくるつもりだけど、あなたやクリスが付いているんだし、候補生としてマルシアやリィナが居るんだから大丈夫でしょ?」
「はぁ……まぁ、頑張りなさい」
レジーナは私に呆れ顔を向け、深いため息を吐きながら立ち去っていく。
何よ、最後まで言わなきゃ気になるじゃない。
聖女の代行も無事終え、ユフィが正式に聖女になった。これ以上何かがあるとは思えないんだけど。
「お姉さま、レジーナさんはこう言ってるんですよ。早くレクセンテール様と結婚しろって」
ブフッ
「ちょっ、何言ってるのよユフィは」
そらぁ、レクセルとはお付き合いをしてるけれど、彼は公爵家を継がなきゃいけないから結婚すると自動的に私は嫁がなきゃいけない訳で……。
「はぁ、本当はラフィンお兄様と結ばれるよう色々仕組んでいたというのに、結局すべてが無駄になりましたわ」
「もしもしユフィさん。そういうことは私がいないところで言いなさいよね」
ラフィン王子は私への告白後なんとか立ち直ることができ、昨年目出度くマルシアと結ばれた。
「さぁ、そろそろ時間ね」
「はい、お姉さま」
パーティー終了を見届け、ユフィと二人で神殿へと向かう。
「それにしても、本当色んなことがあったわね」
「えぇ、お姉さまに命を助けられ、お祖母様の死とルキナさんが起こした事件、それからも色んなことがありましたね」
目を閉じるとこの五年間で色んなことが起こった。
御影の子猫騒動に始まり、リィナの恋人事件。レジーナの迷子捜索隊が組まれたり、ラッテの実家である露店に顔を出した時には大騒ぎになったんだっけ。
最初は聖女の代行なんて私に務まるんだろうかと思っていたが、比較的に自由にさせてもらった結果、思いのほか私に合っていたようで今や国民から絶大な信頼を得るまでに成長できた。
少々跡を継ぐユフィには申し訳ないが、予想以上の期待が彼女の肩にのし掛かっている。
「そういえば、お祖母様がおっしゃっていたこの部屋が国の中心ってどういう意味だったんでしょうか?」
ユフィが部屋を見渡しながら私に尋ねてくる。ここで私たちは黒ずくめたちに襲われ、アリアンロッド様が亡くなられたんだった。
「まぁいいか、どうせ聖痕を継承すればユフィにもわかっちゃうんだしね」
「えっ、お姉さまはご存知なんですか?」
「まぁね」
聖痕は過去の聖女様たちの知識が詰まっている。その関係でこの部屋のことも私には分かってしまった。
「龍脈って知ってるでしょ? 風水とかによく用いられる言葉なんだけど」
聖痕の知識によるとこの部屋は国中に張りめぐらされた龍脈の中心なんだそうだ。ここで聖女や聖女候補生たちが祈ると、その力が国中に行き渡り恵みをもたらす。もちろん直接出向くよりは微々たる力ではあるが、それでもこの国に恵みをもたらしていることは間違いない。もしここを血で染めてしまうと、龍脈を通し国中に汚れを行き渡らせてしまうので、アリアンロッド様もこの部屋を血で染めてはならないとおっしゃったのだ。
「そうだったんですか」
「えぇ、アリアンロッド様はそれを身を持って教えてくれたの」
あれ以来この神殿はありとあらゆる場所を調べられ、現在は正面の扉と脱出用の隠し通路が一つ残るのみ。それも神殿側からでないと開けられない仕組みになっているので、二度とあのような惨劇は起きないだろうと言われている。
「さて、そろそろ始めるわよ」
「はい」
私が右手を差し出し、ユフィが両手で私の手を包み込む。
意識を集中し、体の中に宿っている力を右手を通しユフィへと送り込むようイメージすると、温かな何かが徐々に離れていく気分を味わう。
今までありがとう、そしてユフィのことをよろしくね。
『ありがとう、今までユフィを守ってくれて』
いいえ、私もユフィもあなたに救われたのです。ありがとうございました、アリアンロッド様。
「お姉さま、今のは……」
「ユフィも感じた? この部屋はね、歴代の聖女様や聖女候補生たちの愛が詰まっているの。今のはアリアンロッド様の愛が話しかけて来たのよ」
「そうですか、お祖母様の……だったらお祖母様に笑われないよう立派な聖女にならなければですね」
「えぇ、ガンバってね聖女様」
この日、アルタイル王国は新たな聖女を迎えた。