第37話 リィナの日記/ある日の従姉妹
神殿で騒ぎがあった日から、少し時さかのぼったある日の出来事。
私の名前はリィナ、家族は四つ上のお姉さまが一人だけ。
平民である私にはファミリーネームと呼ばれる名前は存在しない。いや、存在しなかった。つい最近までは……
二ヶ月程前、お姉さまと王都で再会した際、突然お母さんの両親で私たちにとってはお祖父ちゃん、お祖母ちゃんって人を紹介された。
もちろん最初はすっごく戸惑ったよ、お母さんは喧嘩をして家を飛び出したって言ってたから、私はてっきり怒られるんだって思ったんだもの。だけどね、二人とも優しくて「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」って呼んだら泣きながらギュってしてくれたの。お姉ちゃ……コホン、お姉さまも泣きながら見守ってくれていたから、安心して甘えることができたんだ。
でもお姉さまの隣にいた男の人、ただの従兄だって言ってたけど絶対脈ありだよね。
社交界シーズン? ってのが終わってソルティアル領に戻った私は、学校や日々のお稽古事に明け暮れている。
エステラ様はいずれお祖父ちゃんの家に戻らないといけないっておっしゃっていたけど、しばらくは今まで通りソルティアルで暮らすことになっていて、お姉さまの居ない生活が続いている。
別れ際に「リィナ、お姉ちゃんは心配だよー。ちゃんと毎日歯を磨くんだよ、落ちているものは食べちゃダメだからね。あとお塩はやっぱり砂糖の親戚だとおもうんだ」と、すっごく私のことを心配していたけど、妹としてはおっちょこちょいのお姉さまの方が心配だ。あと、お塩は砂糖の親戚じゃないからね。
再び日常に戻った私に、ある日お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが訪ねてきた。
王都からソルティアル領まで半日程度の距離だって聞いているから、遊びに来やすいんだって。私は嬉しいけど、クラウス様の顔がいつも引きつっているの何故なんだろう。
【 7月1日 】
「リィナちゃん」
「ほらリィナ、熊のぬいぐるみだよ」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんこんにちは」
今日もいつものようにやってきたお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。最近は私の学校が休みの日に合わせて会いに来てくれる。正確には一週間おきに。
最近はクラウス様の毛が薄くなってきているのは気のせいだろうか。
【 7月8日 】
「リィナちゃん」
「ほらリィナ、鮫のぬいぐるみだよ」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんこんにちは」
今日もいつものようにやってきたお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。
前回来た時からやっぱり一週間しか経っていない。お姉様はどうやら次期侯爵様? っていうものを押し付けられ、簡単にお城から抜け出せないと水滴が滲んだ手紙が送られてきた。
でもお祖父ちゃんって確かその侯爵様なんだよね? いいのかなぁ簡単に王都から出ちゃって。
あと鮫のぬいぐるみってあるんだと妙なところで感心した。
【 7月15日 】
「リィナちゃん」
「ほらリィナ、マングースのぬいぐるみだよ」
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんこんにちは」
今日もいつものようにやってきたお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。
最近クラウス様は週末になると何処かへ逃げるようにしてお出かけになる。エステラ様にどうしたのって聞いたら「毎週は流石に身がもたないのでしょ」って笑って教えてくれた。
それってどういう意味なんだろう。
あとマングースって肉食だよね、この間からずっと肉食のぬいぐるみが続いているのは意味があるのかなぁ?
「そういえば来週ティナの誕生日なんでしょ? 何かプレゼントを用意しないといけないわね」
「そうか、もうそんな時期になるのか」
お姉さまはもうすぐ十七歳になられる。去年はお母さんと三人でお祝いしたんだっけな。
あの時はお母さんがケーキを作るって言い出して大変だったよ。お母さんの料理ってお姉さま以上に悲惨な状態になっちゃうから後片付けが大変なんだよ。隠し味にってプロテーインっていう筋肉増強のお薬入れちゃうし、体にいいからって青ジールって緑色の飲み物入れちゃうしで。私が止めなきゃいつか誰かが死んじゃってたよ。
でも緑色なのになんで青ジールって名前なんだろう。
「来週といえばリィナに会いにくる日と被ってしまうな」
お祖父ちゃん、やっぱり来週も来るつもりなんだね。せめて誕生日ぐらいお姉さまのところに行ってあげてよ。
「それじゃ私がリィナのところに来るから、あなたはティナのところに行ってあげて。聖女様にも呼ばれていらっしゃるのでしょ? 私はその後に行くことにするわ」
……やっぱお祖母ちゃんはこっちに来るんだ。
その後お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがどっちが私に会いにくるかで揉めてたけど、結局お祖父ちゃんは聖女様に呼ばれているからって、涙を流しながら私に謝ってこられた。
うん、できれば二人ともお姉様のところに行って上げてほしいな。
聖誕祭以来頻繁に職権を乱用して、私とレジーナに会いに来られるようになったお祖父様とお祖母様。
噂では毎週週末になると何処かへお出かけされていると聞いているけど、まさか毎週リィナに会いに行っている訳じゃないよね?
今日もいつものように私に部屋へとやって来られたお祖父様とお祖母様。
因みに今日の手土産はたこ焼きという海の海産物が入った食べ物だった。なんでも以前王都でリィナと三人で街を回った際に見つけたんだそうだ。そんな話、私聞いてないわよ!
「せっかくなんでレジーナも呼んできますね」
私ばっかり会ってると後で何を言われるか分かったもんじゃないからね。ちょうど今の時間は休憩しているだろうから連れてきても大丈夫だろう。
「おいおい、一人で行くなって」
部屋から出て行こうとする私を止めに入るレクセル、頼んでもいないのにメルクリウス様から護衛を任されているらしく、最近は頻繁に私の近くに出没する。
「お城の中なんだから大丈夫でしょ?」
「そういう訳にはいかねぇんだって、お前だってパーティーの時のユースランド侯爵の態度を見ただろ。今はあの娘が聖女候補生としてここにいるんだから」
ん〜、まぁ正直ルキナさんとはお近づきにはなりたくないわね。
どうやら全員揃って私とルキナさんを合わせないようにしているようだし、ここはレクセルに甘えておこうか。
「じゃ一緒に付いてきてよ、それならいいでしょ?」
「ったく、わーったよ」
お祖父様たちに断りを入れてレクセルと一緒のレジーナのいる神殿へと足を運ぶ。
それほど距離がないっていうにの部屋に割り当てられた建物を出ると、十人近い騎士様が私のまわりを取り囲みながら移動する。はぁ、すっかり見慣れた光景とはいえ、この状況はやっぱり疲れてしまう。
「レジーナ、お祖父様とお祖母様が来られているわよ」
神殿を尋ねると、外の庭園に設けられたテーブルで優雅にお茶をする三人の候補生たち。その中にレジーナの姿を見つけて声をかける。
「お祖父様とお祖母様が? って何故こににレクセンテール様が!?」
私の顔を見るなり一瞬嫌な顔を見せるが、すぐに隣にいるレクセルの顔を見るなり態度を一変させ、急に乙女モードに変わるレジーナ。むむむ。
「知り合いなの? レクセル」
自分でもちょっと嫌味っぽいかなと思ったが、返ってきたのは意外な答え。
「ん? 誰だっけ」
あれ、知り合いじゃないの? あ、レジーナが固まった。
「あ、あの。この髪飾りを以前頂いた……」
すぐに石化から脱したレジーナが、乙女っぽくクネクネしながらレクセルに話しかけ今つけている髪飾りを見せてくる。
意外とメンタルが強いのね、と妙なところを感心するが、当のレクセルは身に覚えがないのがたっぷり時間をかけて
ポン。
「あぁ、それ俺からじゃねぞ」
「えっ?」
鳩がマメ鉄砲を受けたように目を丸くしたレジーナに対し、レクセルは……
「それって前に渡した箱に入ってたやつだろ? 俺はてっきりアンタが落としたもんだと思ってたんだが、なんだ違うのか」
ブフッ
「そ、それじゃこれって只の落し物?」
「まぁ、そうなるわね」
バツが悪そうに鼻の頭をポリポリかいて誤魔化すレクセル。
って、そんくらい確認してから渡しなさいよね。
「そ、そんなぁ……全て私の勘違い」
あぁ、流石にそれはちょっと同情するわね。
「まぁ、いいじゃない。誰のものか知らないけどどうせ安物でしょ。貰っときなさいよ」
「いや、それ結構高いと思うぞ? 下手すりゃデッカい屋敷が使用人付きで買えるぐらいはするんじぇねぇか? 俺じゃとても手が出せねぇ」
「「……」」
「悪いことは言わないわ、すぐに自首してきなさい」
「で、できるわけないでしょ!」
私の素敵な提案に、なぜか涙を薄っすら溜めながら抗議してくるレジーナ。
その後こっそり落し物として警備室に届けておきました。
みんな、確認はしっかりしようね!
「ラフィンお兄様、そんな所でどうされたんですか?」
「いや、前に買っておいた髪飾りなんだが見つからなくて……」
「お兄様が髪飾り?」
「あ、いや、その、なんでもないよ」
「?」
そんな兄妹のやり取りがあったとか、なかったととか。