第36話 危険なお茶会
「お姉さま、ルキナさんは未だ捕らえられていないそうです」
「……そう」
ルキナさんが神殿を飛び出して三日目、お城のプライベートエリアにあるユフィの部屋でお茶を頂きながら、騎士団からの報告を教えてくれる。
現在城内は厳戒態勢がしかれており聖女の修行は一時中断、レジーナたちは宿舎で待機、私は建屋の一人部屋からユフィの隣の部屋へと変えられてしまった。
あの日、ルキナさんの逃亡後すぐに騎士団全体に情報が伝わった。各城門の出入りは一人一人慎重にチェックされ、運び出される荷馬車の荷物まで調べられたが、結局ルキナさんの姿は何処にも見つからなかったらしい。
ユフィの話では何分千年以上もの歴史のある古いお城なので、何度もの増改築を繰り返していくうちに、王族でも知らない脱出用の隠し通路が幾つも出来上がってしまったんだとか。恐らくそれらの一つを使い逃げ出したのでは、という見解に至っている。
「ユースランド侯爵家は現在騎士団によって遠方から監視をしており、お屋敷に出入りをする者を徹底的に調べさせております。ルキナさんがお屋敷に戻る気配を見せれば、強制的に執行できる権限を与えているとお父様がおっしゃっておりましたので、捕らえられるのは時間の問題だとは思いたいのですが……」
「多分、そう上手くいかないと思うわよ」
「……ですよね、お父様も知らない脱出用通路を知っている時点で、予め最悪の想定を考えてられていても不思議ではありません。王都の何処かに秘密の隠れ家を用意するなど簡単なことですので」
昨日、レクセルが私のところに来て騎士団の詳しい現状を教えてくれた。
ルキナさんの母親であるアリアナ様は、現在騎士団の聴取には応じていないらしい。何も知らない者からすれば、如何に元王女だとしてもそんな勝手が許されるのかと思うが、ユースランド家は我が国で唯一隣国であるガーランド王国の王家の血を引いており、所属こそはアルタイル王国に属してはいるが、先に立ち入り調査の書簡を予め隣国に入れておかなければ、国際問題になり兼ねないので迂闊に突入することができないんだそうだ。
先ほどユフィが言ったと思うが、今はユースランド家に気づかれないよう人の出入りを影から見張り、ルキナさんにコンタクトを取ろうとする者を追尾、もしくは本人が屋敷に戻ってきたところを確保するんだとレクセルが言っていた。
罪状がハッキリとしているルキナさんが居ると分かれば、如何にガーランド王国の加護があろうとも黙らせることができるらしい。
「はぁ……こんなことばかり考えていると気分が暗くなるわね」
ルキナさんが使ったとされる隠し通路が判明しない限り、私はお城の建物の、しかも王族専用とされているプライベートエリアから出ることが許されていない。
お陰で食事も国王様や王妃様、あまつさえラフィン王子とも同じテーブルで頂いているんだから全く気が休まらない。せめてラッテが居てくれれば暇つぶしに揶揄う……コホン、愚痴を聞いてくれるのだろうけど、残念なことにそうそう何度も部外者をプライベートエリアに入れることはできないそうで、現在彼女は生活していた建屋で一人、私の帰りを待ってくれている。
本人は国王様たちに関わらなくて済むからと喜んでいたんだけどね。
「そうですね、私も中庭はおろかテラスですら出ることが許されておりませんもの。毎日室内に籠もりっぱなしというのは気が滅入りますね」
「「はぁ……」」
引きこもりが三日も続くと二人揃ってため息が口から出てしまうのも仕方がないだろう。
その時誰かがユフィの部屋を訪ねてきた。
コンコン
「はい、どうぞ」
ユフィの返事と同時に控えていたメイドさんが扉を開いてくれる。
「あら、二人してお茶をしていたのね。私たちもご一緒していいかしら」
「聖女様、それにお祖父様とお祖母様まで」
「どうぞ、お席をご用意いたしますね」
入ってこられたのは聖女様と私のお祖父様、お祖母様の三人組。テーブルで蜂蜜ミルクを飲んでいたライムが「私もいます」と可愛らしくアピールする姿を見て、「あらあら、ごめんなさいね」と笑顔で答える聖女様に対して、初めて目にする祖父母は目を点にして固まった。
そういえば何度かお城まで会いに来てくださったけど、誰かがいたりライムが御影のところに行ってたりしてて、結局紹介する機会がなかったのよね。
先日もお祖父様はすぐに騎士団に知らせに行ってくれたから、ライムの存在に気づかれなかったのだろう。
「あの、お身体は大丈夫なんですか?」
全員が席に着き、お茶を始めた頃を見計らい先日の容態を聖女様に尋ねてみる。
あの後、自室へと運ばれて行かれた聖女様は暫く公務を休養されていた。お見舞いに行きたかったんだけれど、聖女様は神殿内に設けられた自室で休まれていたので、ここから出られない私は様子を聞くだけで会いに行くことができなかったのだ。
「大丈夫よ、久しぶりに聖女の力を使ったから体が悲鳴をあげたようね」
「なら、いいんですが……」
そう言われると確かに見た感じは何処も悪そうには見えない。血を吐かれたのだって聖女様が継承されているという力の仕組みを知らないので、お歳のお体が悲鳴をあげたということもあるのかもしれない。
そもそも次期聖女と決まっているユフィが成長するまでの間、お歳のお身体では聖女としての公務がキツイからという理由で、私たち聖女候補生が集められたのだ。それらのことを考えると何ら不思議なことはないのかもしれない。
ユフィや王妃様からも大丈夫だと聞かされているので、多分私が心配するようなことはないのだろうけど、本当にそう? あの血はお歳のせいで聖女の力に耐えられなかっただけなの?
心の何処かで微かに否定をしている私がいる。
「ティナ、十七歳のお誕生日おめでとう。バタバタしていてお祝いに駆けつけられなかったの、ごめんなさいね遅くなってしまって」
私が放つ暗い雰囲気を気にされたのか、お祖母様たちが来られた本来の目的であろう話をふって来られる。そういえば国王様や王妃様、ユフィにディアン、おまけにラフィン王子からもお祝いの言葉とプレゼントを頂いたが、レクセルからは未だ何も言われてもなければプレゼントすら貰ってないのよね。
全く、昨日も会ったっていうのに何してるのよ、もう。
「お姉さま? どうかされました?」
「ん? あぁ、いや、何でもないわよ」
知らぬ間に不貞腐れている態度をユフィに見られ、慌てて誤魔化す。
あれ? 私なんでイラついていたんだろ?
「そういえば、お兄様がプレゼントされたものって何だったのですか? 誰が聞いても教えてくれないんですよ」
お祖父様たちからのお祝いの言葉と頂いたプレゼントを見て思い出したのか、ユフィが数日前にラフィン王子から頂いたプレゼントのことを尋ねてきた。
「えぇっと、何だったかぁ」
額を指で押さえながら必死に思い出す。
「確かディアンがペンダントで、ユフィが可愛いレースと刺繍が入ったハンカチで、国王様たちがドレス用の装飾品、メルクリウス様がドレスでアミーテ様がルビーのブローチで、マルシアが羽の付いた髪飾りだったわよね。あとラッテに騎士様、アドニアさんにメイドさんたちからも……あれ? ラフィン様から何もらったんだっけ?」
こうして名前を挙げるととんでもないラインナップよね、頂いたプレゼントも聖女候補生として最後に頂く報酬の金貨百枚の総額を遥かに超えている。
昔の私なら足が震えて全力で逃げ出してただろうに、すっかり金銭感覚が麻痺してしまっている。
「……はぁ、お姉さまってお料理とおっちょこちょいな性格とは別で、外見と誰にでも親しくされるから妙に人が集まってしまうんですよね。お兄様にはもっとしっかりしてもらわないと、私とお母様の計画が台無しになってしまいますわ」
何故か私の話を聞いたユフィが今日一番深いため息を吐いたのだった。
って、今サラッとひどい事言わなかった? しかもユフィと王妃様の計画って一体何よ!?
「そういえば少し前にリィナちゃんに会いに行ってきたのよ」
「リィナにですか?」
ユフィが放った言葉を問い詰めていたら、ニコやかな笑顔でお祖母様が話しかけてくる。
リィナは現在社交界シーズンが終わってしまったので、クラウス様たちと共にソルティアル領へと戻っている。
「この歳で新しい孫が二人もできたんですもの、会いに行くのは当然でしょ」
お祖母様が笑顔で私に教えてくれるが、先日お会いした時もそんなことを言ってなかった?
お祖母様たちは聖誕祭以来頻繁にこちらに顔を出されるようになったが、それ以上によくリィナに会いにソルティアル領へと行かれている。
お二人の話ではお城で邪魔くさい手続きをして、私やレジーナに会いに来るより、馬車で半日走らせて行けるリィナの方が会いやすいだとか。
それ、絶対間違ってるから! お祖父ちゃん、お祖母ちゃんって無邪気に飛びついてくるリィナに甘々なのは知ってるから!
私なんて聖誕祭以来護衛の数がユフィ並みになってしまい、今じゃ気軽に王都へ買い物に行くことも一苦労。この上リィナに会いに行きたいなんて言えば、何処に攻め込むねん! って数の騎士様が付いてくるのは目に見えて明らかなので、必死に我慢して自粛しているというのに。くぅ、羨ましい。
この後、なかなか終わらない祖父母の惚気話をたっぷり聞かされ、発狂寸前だった私の精神状況を本気で心配したユフィが身代わりにレジーナを呼び寄せた。
何も知らないレジーナは意気揚々とユフィの部屋にやって来るが、リィナの存在を知らない彼女は私と祖父母の絶好の標的となり、三人がかりで永遠とも続くリィナの可愛さを淡々と聞かせ続けた。
お陰で途中から久々に充実した時間を過ごせたが、何故かレジーナは疲れ切った表情で「リィナ怖い、リィナ怖い」と怯えていた。
全く、折角従姉妹同士仲良くなろうとしているのに、あの態度は失礼じゃないかな。後、リィナは怖くないから。