第32話 あの人達は今
今回はややお遊び回でございます。
「レジーナが困っている? 叔母さん絡みのことじゃなくて?」
本日の修行という名の淑女教育を終え、私に割り振られた部屋での食事中、すっかり顔なじみになったメイドさんズがおかしなことを言ってきた。
「正確にはレジーナ様、シャーロット様、クリスティーナ様ですね。それぞれお付きのメイドたちが話しているのを聞いたのですが、どうもルキナ様の横暴に振り回されていらっしゃるようで……」
何となく言いにくそうに言葉を濁し、給仕をしながら教えてくれる。
プロのメイドさんともなると、軽はずみな言動はご法度なのだろう。レジーナたちも国王様が招いた言わば客人だからね、一応は。
「他の二人はともかく珍しいわね、あのレジーナが」
「ティナ様、さすがにその言い方は失礼かと……」
同じく給仕をしながらラッテが私の失言を注意してくる。
「確かにレジーナ様は態度も口も悪いですが、ティナ様にとっては母方の従姉にあたるお方。如何にフランシュベルグ家の名を名乗ることができなくなったとはいえ、辛うじてご当主様の名の下に保護されている人なんですよ。それをひどく言われるのはどうかと思います」
って、私そこまで言ってないわよ、てかさり気なくかなり酷いことを言ってるよね!
今サラッとラッテが言ったが、侯爵家の血筋である叔母夫婦がお家追放となった関係で、自然と娘のレジーナもそこに乗っかってしまったらしい。
でもまぁ、お祖父様たちからすればレジーナも可愛い孫娘。罪もない(?)孫を路頭に迷わせるわけにもいかず、自ら身元を引き取る手はずを取られたらしい。
お陰で現状私が第一継承権を持つことになってしまった。
「ラッテ、もしかしてまだここへ来た当初のことを恨んでるの?」
数か月前のことが頭に過りラッテに尋ねてみる。
あの当時は私が平民だったことで一番被害を受けたのはラッテだったからね。
「いえいえ、メイドの私がティナ様の従姉の方を恨むなど滅相もございません。
軽く藁人形と五寸釘を用意しただけでございます」
「……」
めちゃめちゃ恨んでるじゃんと喉まで出かけた言葉を飲み込み、ラッテの機嫌を取るように軽くじゃれ合う。
まぁ、ラッテの気持ちも分からないではないからね。辞めさせられたっていうメイドたちも、元を正せば当時いた五人の候補生たちのせいといっても過言ではないだろう。
「まぁいいわ、それでルキナさんの横暴ってどんなことなの?」
「そうですね、ティナ様は特別な存在ですので、警備の都合がいいとの理由でこちらの建屋で暮らしていただいておりますが、通常他の皆さんは専用の宿舎で生活いただいておりますでしょ? ですので自然とお顔を合わせる機会が多いのでございます」
「ちょっとまって、今サラッと聞き逃せない言葉が出てきたんだけど!」
さも当たり前のような口調で特別な存在とか警備がどうのとか言ったわよね。
「さぁ? 私、何かおかしなことを言いましたか?」
うっかり言葉を滑らせたメイドさんが人差し指を顎に当てながら首を傾げるポーズをとる。
って、今更誤魔化してももう遅いわよ。
「それって私を警護してくれている騎士様の数と関係あるわよね!
最近おかしいと思っていたのよ、私は何処に行くにも大勢の騎士様が付いてくるのに、レジーナたちには三人でたったの二・三人の騎士様しか付いていないんですもの」
「ティナ様、最近って……それじゃ今までお気づきになられなかったのですか?」
なぜか可哀想な視線で訴えてくるラッテ。
う、うるさいわね。最近王妃様やユフィのせいで感覚が麻痺しちゃってるのよ。
「コホン、まぁ、些細なことでございますのでお気になさらず」
お気になさらずって……まぁ、王妃様から言われたらメイドさんたちも騎士様たちも逆らえないわよね。もちろん私も……
「それで、私以外の候補生たちは同じ宿舎で生活をしているのね」
ここでゴネても現状が変わる訳でもないので、今は話の続きを促す。
「はい。宿舎ではお休みになられる時以外は共有スペースという場所で食事や雑談、お茶会のようなものもされているんですが」
「そこにルキナさんが加わった、ってことね」
私はまだ直接ルキナさんと会話をしたことがない。もしかするとあえて近寄らせないように周りが配慮しているのかもしれないが、レジーナたちは嫌でも毎日顔を合わせなければならないということだろう。
クリスティーナとシャーロットの家は爵位の低い家系だと聞いているし、レジーナに至っては現在貴族ですらない。本人は分かっているのか、何か考えがあるのか、只の馬鹿なのかは知らないが、未だフランシュベルグの名を名乗っているのだからなかなかの大物なのだろう。
だけどそんなことがルキナさんに通じる筈もなく、現在一番階級が高く、更には性格がレジーナとは別の意味で歪んでしまっている彼女に振り回されている、といったところではないだろうか。
「いい気味じゃないですか、あれだけひどいことをしておいて今更自分たちの立場が変わったからって、被害者ぶるのはどうかと思いますよ」
「もしもしラッテさん? ちょっと性格が変わっていませんか?」
ん〜、ラッテも随分溜め込んじゃってるなぁ。たまには息抜きもさせてあげないといけないわね。
「でもメイド長のアドニアさんや王妃様には連絡が入っているのよね?」
以前修行をサボっていたことが王妃様の耳に入り、レジーナたちにはそれはもう大きな雷が落ちたことはお城で働く者なら有名な話である。
「もちろん伝わっておりますが、今回は決められたルールからは逸脱しておりませんし、人的な問題も出ておりません。アドニアさんもルキナ様にそれとなく注意はされておられますが、この程度のことは、貴族のご令嬢同士にはよくある話なので……」
うわぁ、何気に想像できるからタチが悪いわね。私なら間違いなく関わらないようにするだろう。
「そういえば、以前ティナ様やラッテを困らせていたカミラたちですが」
話が一区切りつき、未だ不機嫌のラッテを気にしたのか、メイドさんの一人が懐かしい名前を出してくる。
「カミラさんてあの人よね? ラッテに嫌がらせをしたっていうメイドの班長」
あえて私ではなくラッテに嫌がらせをしたということを強調する。だってこの子、今カミラさんの名前を聞いた時すっごく嫌な顔をしたんだもの。
「以前も申したことがあると思うのですが、お城で働く者は貴族出身が多いとお伝えしたことがございましたよね?」
「えぇ、貴族といっても全員が全員爵位持ちでもなければ裕福でもないって話だったわよね」
確かお城で働く第一条件が身元がしっかりしているってことだったわね。
「もちろん身元がしっかりしていることも大切なんですが、それを証明するために既に国へ仕えている方からの紹介が必要となるんです」
「それって余程の信頼がないと紹介しないわよね? もし紹介した者が問題を起こしたら責任を取らされるんじゃないの?」
「はい。ですので、今回カミラ以下数名のメイドたちはティナ様たちに不祥事を起こしたということで、紹介した一族にもイシュタルテ公爵様からキツイお仕置きが。恐らく今後二度と誰からも紹介してもらえず、何処のお屋敷にも一家全員お仕えすることはできないでしょう」
一家全員って……何気に怖いことをサラッと言うわね。でもまぁ、別に仕事を選ばなければ食いっぱぐれるってことはないでしょ。今までのような生活は送れないかもしれないけれど、ここは自業自得として諦めてもらおう。
「でも、それだと辞めた候補生って逃げ勝ちじゃないですか。カミラさんたちは罰を受け、今残っておられるレジーナ様たちはルキナ様に同じような目に遭わされているっていうのに」
「もしもしラッテさん? もう一度聞きますが性格変わってない?」
ん〜、多分ラッテの様子を気にしてワザワザメイドさんが教えてくれたんだと思うけど、どうやらこれだけでは収まらないらしい。
「あぁ、そういえば。以前おられたお二人の候補生の方ですが……」
「って、まだ何かあるの!?」
あの二人って、名前はすっかり忘れたけれど、仮にも爵位持ちのご令嬢だったわよね。
「今は地方にある修道院に行かれたそうですよ」
「修道院?」
聞きなれない名前ね。感じ的に神様……ミラ様に仕えるための修行の場、ってところかしら?
「修道院っていうのは早い話が全ての持ち物と自由を捨て、女神様に仕えるための施設ってところでしょうか? 実際は問題を起こしたご令嬢や、上位貴族に睨まれた娘を切り捨てるために送り込む場所なんですが」
ブフッ
「ちょっ、なにその怖い場所は。事実上投獄みたいな気がするのは気のせいかしら!?」
「いえ、その通りの場所ですよ。余程のことがない限り、元の生活には戻れません」
コワ! 貴族コワ!
「でもまぁ、よく両親がそんな施設に送ることを決めたわよね」
「さぁ、詳しくは知りませんがイシュタルテ公爵様のお怒りに触れたという話でございます」
ブフッ
王妃様のお姉さん。怖い怖いと聞いていたが、まさかここまでとは……。
あの一族には逆らわないようにしよう。