第31話 禁忌の掟
聖誕祭のパーティーが終わってから一ヶ月、長く辛かった社交界シーズンが終わり、ようやく元の日常に戻ってきた私たち聖女候補生。
例のアリアナ様の娘でもあるルキナ様は既に合流しているが、彼女に与えられた修行内容が神殿の一室に設けられた部屋での聖本写生。そのため元々別メニューだった私はおろか、レジーナたちお祈り組とも修行中はほとんど接点がない。
そして現在私はというと……
「ねぇ、私ってこんなにくつろいでていいのかなぁ」
「いいんじゃないですか、お祖母様もそうおっしゃっていたじゃないですか」
「そうですよ、折角こうしてお友達になれたんですもの。ね、ティナお姉さま」
いつもの庭園でユフィとマルシア、ライムの四人でお茶をしている。
今サラッと出て来て驚かれた方がいるかもしれないが、マルシアはユフィの友達でラーナ王妃様の姉であるアミーテ様のご息女。聖女候補生には参加はされていないが、なかなか強力な聖女の力が使えるご令嬢でもある。
因みに年齢はユフィの一つ下の十四歳、歳上のユフィが私のことを姉と呼ぶのを見習い(?)、彼女までもが何故かお姉さまと呼ぶようになってしまった。
まぁ、別にいいんだけどね。
「くつろいでいるとおっしゃっても、お姉さまはちゃんと淑女教育を受けてらっしゃるじゃないですか、何か不満でもおありなんですか?」
「そんなことは考えていないよ、ただねぇ……(何だかまた王妃様に騙されている気が犇々とするのよね)」
いやね、ユフィの言う通りちゃんと修行という名の淑女教育を受けているのよ。これが聖女に必要な修行かと言われれば流石の私も戸惑ってしまうが、与えられた内容がこれなんだから嫌だとは言えず、渋々ではあるが王妃様監修の元、日々良家のご令嬢作り(猫かぶり)が執り行われている。
「それにしても聖本の写生って私はやったことがないんだけれど、聖女の力に関係があるのね。知らなかったわ」
確か聖本って初代聖女様のことが書かれているだけで、直接本人が書いたわけでもなければ、精霊に関することが詳しく載っているわけでもないので、学校の授業以外では読んだこともない。
「あぁ、あれ、全く意味ないですよ」
ブフ――――ッ
「もうお姉さま、リアクションが大きすぎますよ」
ユフィが紅茶を噴出した私に対して苦情を言ってくる。
「ティナちゃんは昔からこんな感じですから」
「ちょ、ライム何気にひどいこと言ってない!? ってそうじゃなくて、意味がないってどういうことよ」
二人して私を可哀想な目で見るのは辞めてよね。
「お姉さまも聖誕祭のことは覚えておられますよね?」
「えぇ、もちろん覚えているわよ」
あれを忘れろというのはなかなか難しいだろう。
「それじゃお姉様はルキナさんが聖女に相応しいと思いますか?」
いつもにもなく、真剣な表情で問いかけてくるユフィ。
「それは私だって思っていないわよ、あんな失礼な母親を止めるどころか隣で笑顔を浮かべてるぐらいですもの。でもそれとこれとは別物よね?」
ユフィの言いたいことは分かるが、こういうことはやはり公平にするべきだと思うのはただの我儘なんだろうか。
「お姉さまはまだルキナさんの本当の姿を見たことがないからそんなことを言えるんです」
「本当の姿?」
「はい、本当は聖女候補生になるための条件を厳しいものにするべきだったのですが、ある一定の力まで持っている該当者が二人しかいなかったんです」
「それってユフィとルキナさんのこと?」
一瞬目の前のマルシアが頭に浮かぶがすぐに取り消す。
「はい、その通りです」
「でもマルシアは? 力は強くないとはいえ修行次第で高めることはできるでしょ?」
話を聞いた感じでは私やユフィには及ばないが、レジーナたちよりは遥かに強い力を持っているとのこと。何といっても王家に最も近い公爵家のご令嬢だからね。
「これでも聖女様から与えられた修行は行ってはいるんです。ですが年齢が……」
「あぁ、そういうことね」
確か聖女になれるのは十八歳以降って話だからマルシアは四歳も足りていない。
現在次期聖女はユフィと決まっているものの、ご高齢のアリアンロッド様がこのままご公務を続けることが難しく、かといって体が弱く年齢が足りていないユフィが今すぐ聖女の役職に就くこともできない。
そのため、しばらくの間誰かが聖女の代行をするために私たちが集められたのだ。
今回聖女候補生の募集ではあえて年齢が設定されていないが、それは平民の中でそこまで条件を設定するのが厳しいだだろうとの考えと、未来への投資という意味で条件を聖女の血を引きし者とされたんだそうだ。
実際身元がはっきりと分かっている貴族たちには暗黙の中で、ユフィよりも年齢が上という条件が課せられているらしい。
「つまりユフィが言いたいのは、お母さんの代のように聖女候補生を集めると、現状ルキナさんがユフィの代行……聖女様になっちゃうってこと?」
「はい、ですから今期に限って国中を挙げての捜索。
これは後から聞いた話なんですが、各領主が自治領を親身になって捜索すれば、ティナのお母さんであるクラリス様が見つかればとの思いがあったそうです」
「お母さんを?」
「はい。本来なら国王命令でクラリス様の捜索を大々的に行うべきだったのでしょうが、噂を聞きつけたクラリス様が逃亡……コホン、姿を隠される可能性があったのと、アリアナ様の目を誤魔化すために曖昧にされたそうです。
ですが、実際はさほど各領主様は積極的ではなく、新たに何らかの対策を打たなければならないと考えられていた時に」
「私が来ちゃった、って訳ね。それも瀕死のユフィを助けられる程の力をもって」
「その通りです」
なるほどね。これで疑問に思っていた色んな謎が繋がってくる。
二十年以上もお母さんを捜していらっしゃったお祖父様が見つけられなかったんだ。そのことはクラウス様ですら知っている事実なので、他の貴族が知らないはずがないだろう。そして貴族の中には裏に隠された国王様の真実を薄々感じていた人もいたんじゃないだろうか。だから自治領にいるかどうかも分からないお母さんを捜すことを初めから放棄されていた。そうでないと近所ではそこそこ有名だったお母さんを見つけられないはずがない。
何もない状態から人を一人捜すなんて時間も労力もお金も沢山かかってしまう。領主様が全員裕福かといえばそうでもない方も大勢いらっしゃるだろうから、見つかるかどうかも分からないお母さんより、その分を領民のために使おうと考えるのが普通ではないだろうか。現にクラウス様は人を使わず自分の足で捜されていたんだ。
国王様としては王都の騎士団を使って大々的に捜したい気持ちもあるが、貴族たちが治めている領地に騎士を派遣するのは色んな規則に抵触してしまう。だから捜索を各領主様たちに行わせる必要があったのではないだろうか。
「でもそこまでしてルキナさん、いやアリアナ様たちに聖女の座を渡したくないって、余程の理由があるのね?」
「ティナお姉様は聖女の力を強める、いえ、使いこなすために一番有効な修行方法は何かお分かりですか?」
今度はマルシアまでもが暗い顔をして私に尋ねてくる。
「使いこなすという意味なら当然実践の経験が一番……ってちょっとまって、まさか」
「そのまさかなんです」
「アリアナ様は人を殺されたのです」
「……」
何にでも実践経験ほど人を成長させる手段はないのではないだろうか、実はこれは聖女の力にでも当て嵌ってしまう。
豊穣の儀式のように自身への負担が大きく掛かり、周辺にも影響を及ぼすものならばそうそう簡単に使いまくるというわけにはいかないが、癒しの奇跡は他人の傷を癒し続ければそれなりに経験が積める。だけどそう都合よく怪我人が現れるわけでもないし、怪我の治療で生活をされている病院も存在する。
もし病院の存在を無視し続け、無作為に癒しを施していればどうなるか。病院は潰れ多くの人たちが路頭に迷い、更に今まで以上に聖女の力に頼ってくるものが増えてくる。その時急に癒しを施していた者がいなくなればどうなる?
もうお分かりだろう、元々癒しの奇跡は対象者が病に罹っているかどうかを確認してからでないと死に繋がる危険な力。前に私が無作為に癒しの光を降り注がせたような弱い力ならともかく、そう簡単に気軽な気持ちで多くの人を癒してはいけないことは私たちの中では常識といってもよい。中にはレジーナたちのように知識のない者が馬鹿なこと(←ようやく気付いた)を言っている場合もあるが、ユフィやマルシア、公爵様にレクセルまでもが知っていた事実である。
以前お母様がこんなことを言っていた。
聖女の力を持つものが禁忌の掟と定めている理がある。それは世界の秩序を乱してはいけない。聖女の力で人を傷つけてはならない。
聖女の力はこの世界では異質の存在、人々を救うにはそれ相応の代償を覚悟するべし。
アリアナ様の行いは正にこの掟に触れる愚かな行為、いや人として決して踏み込んではいけない領域だろう。
「アリアナ様は当時自身の身の回りのお世話をしていた使用人たちに、自らの体を傷つけさせたんです。
時には使用人同士傷付け合わせ、時には高い場所から飛び降りることを強要した。
その当時、お祖母様の補佐をされていたお祖父様が亡くなられたばかりで、お祖母様は聖女と女王を兼任されて忙しい日々を過ごされていたんです。だから気づくのが遅れてしまった」
ユフィはここで重く苦しいため息を一つ吐く。
同じ王族として聖女様……アリアンロッド様を庇いたいんだろうが、死を回避できなかったのは明らかに失態だろう。しかもアリアナ様はアリアンロッド様の実の娘、その心情を思うと苦しい気持ちは私にも伝わって来る。
「当初は何も分からなかったらしいんです。現場の状況では使用人は自ら短剣で自分を刺し、自殺とされていたんですが、調べれば調べるほど当人は自殺をするような人物ではなく、更に結婚を控えていたということもあって調査は再開されました。そこで分かったのが……」
「アリアナ様が強要した、ってことね」
「はい」
なんてこと、癒しの力を使いこなすためにワザと傷を負わせその治療をする。普通考えたとしても実行しようとする人なんていないわよ。
「それがアリアナ様が聖女候補生から追放された原因なのね」
「……」
ユフィは言葉には出さず小さく頷いた。
「その後アリアナ様は全ての役職から排除、王女という身分だけは残りましたが、ご結婚されるまでほぼ軟禁状態だったらしいです。
お父様が言うにはアリアナ様の関与があったことは明らかなんですが、決定的な証拠が見つからず。現場の状況から亡くなった者が自らの手で短剣を胸に刺したのは確実なので、アリアナ様に刑罰を与えることができなかったそうです」
確証はあっても証拠がない、ってことね。周りの噂と推測だけでは人を裁くことはできない。あの時国王様や王妃様がアリアナ様相手に嫌悪感を抱かれていたのはそういう理由があったからなのだろう。
「あなたは以前ルキナさんを苦手だと言ったわよね、それってつまり彼女も母親と同じことをしていると思っているってこと?」
「確証はありません、ですが可能性はあると考えております」
「マルシアも同じ意見なの?」
「同じ、という訳ではありませんが、余りいい噂を聞かないのです」
「噂?」
「例えば両親を亡くしたとされる子供を連れ込んでは、数日後に川に浮いていたとか、ユースランド侯爵領では毎年行方不明者が絶えないとか。どれもただの噂の域を出ません。実際騎士団も裏で動いているという話も聞きますが、そこまではお母様も教えてくださいませんでした。ですが、全てを鵜呑みにできるものではないとは考えております」
気づけば拳を力一杯握りしめていることに気づきゆっくりと力を緩めていくが、手のひらにくっきりと爪の跡が残っている。
パーティーの時にラフィン王子が言っていた、私は自らの意思で聖女の座に就こうと思うだろうと、これはそういう意味なんだろうか。
やがて月日は経ち、刻々と運命の日が近づいてくる。
この時の私は国を揺るがすほどの決断を迫られることになるなんて、想像すらしていなかった。
お詫び:キャラ紹介でマルシアの年齢を15歳としておりましたが、14歳に変更しております。
二章はこれで終了です。
次話から最終章となりますので、もう少々お付き合い頂ければ幸いです。