第26話 希望と想い出が壊れる時
再び会場へと戻った私とユフィ、そこで待ち受けていたのはレジーナ達聖女候補生とラフィン王子、そして国王陛下を除くフルメンバー。しかも場所は王族用に用意された玉座の隣にある円卓。
会場内は人々のざわめきと音楽、それに数段上に設けられた円卓というおかげで少々の会話は聞こえず、おまけに此処へのルートは王族専用の入退場用の入口以外は、現在陛下が挨拶をされている玉座の前を通らなければたどり着けないため、余程度胸と自殺願望のある者以外は近づけない。
やたらと目立ってしまうのは否めないが、確かにここなら少々込み入った話でも問題ないとの配慮だろう。
(お姉さま、お分かりだと思いますが余り感情を出さないでくださいね)
チラチラとこちらの様子を窺っている人たちを気にしながら、私に用意されたであろう席へと座ると同時に、隣に座ったユフィが小声で耳打ちをしてくる。
(分かっているわよ、自信はないけど)
王妃様の真意は未だよく分からないが、恐らく行方不明だったお母さんの娘が偶然見つかったという演出を見せつけたいのではないか。実際のところは叔母と叔父への断罪の場だとは思うが、それを悟られないよう和やかに会話をしている風を装えという意味だろう。
「あなたが居ない間にダニエラとベルナードから大体の話は聞いたわ」
「……そうですか」
この場を設けたであろう王妃様が代表して、私たちが席を外していた間の経緯を説明してくれる。
王妃様の話ではやはり叔母はお母さんの手紙をお祖父様に届く前に奪い、引き合わせることを阻止していたらしい。
それはそうだろう、お祖父様はお母さんのことを捜していたということだから、手紙が届いた時点で真っ先に駆けつけたはずだ。そうなると私を邪魔だと思っていたであろう叔母にとっては、かなり都合が悪くなると考えたのではないか。
叔母にすれば、ただ手紙だけを処分すれば何も問題なかったのかもしれないが、ここで欲が出てしまった。
私たちが住んでいた街は隣国への街道ができたお陰でここ数年、一気に宿場町として利用価値が上がっており、今後数年先には大きな街へと発展していくだろうと、王都の投資家たちが目をつけているんだそうだ。
だけど多額の借金を抱えている叔母夫婦にとって、新たに投資できるほどの費用は用意ができず、私たちが暮らしていた家を取り壊し別の投資家に売りつけることを考えていたらしい。
だからあの時、暮らしていた家を取り壊して高級ホテルを造るとか言っていたのね。
結局叔母にとってはお金さえ入れば良かっただけで、私が金貨百枚を用意できればそれを奪い、用意できなければ土地を売り飛ばすことを考えていたのだろう。
どうやらお母さんがお金を借りたという話も叔母夫婦がでっち上げたものらしいので、これで晴れて私たちのもとへ返って来たことになる。
「それじゃやっぱりお祖父様は私たちがいること自体……」
「あぁ、先日王妃様から……(コホン)、あぁ、いや、今日初めて聞かされたよ」
お祖父様、今サラッと先日王妃様から聞いてって言いかけなかった? しかも王妃様今咳払いで止めたよね!
「それにしてもあの子に娘がいたなんてね、今まで辛かったでしょうに。本当にごめんなさい」
お祖母様が涙を流しながら私を見つめてくる。
私は叔母の話を真に受けてお祖父様たちを悪者と決め込んでしまっていた。でも本当はこんなに優しかったんだと思うと、うっすら涙が溢れてくる。
「今度、リィナにも会ってあげてください。あの子には何も話していないんですが、お祖母様たちがいるって知ればきっと喜んでくれると思います」
「えぇ、もちろんよ。ソルティアル子爵にも後でお礼を言わないとね」
「そうですね、私もご一緒しますね」
私がこうして生きていられるのも元を正せばクラウス様のお陰だ。リィナに至っては現在も預かってもらっているので、侯爵であるお祖父様たちからお礼をしてもらうことは色んなメリットがあるだろう。
「それで今後のことについてだけど……」
話がひと段落ついたところでお祖母様が話を切り替えてくる。
「あの、お祖母様。その話なんですが……」
私は一度気持ちを落ち着かせるように深呼吸をし
「今のままではいけませんか?」
「今のまま? それはどういうこと?」
「私はこのまま聖女候補生としてここに残ります。途中で投げ出すわけにはいきませんし、ユフィの体のことも心配です。
それにリィナだってエステラ様に可愛がっていただいておりますので、急に引き離すのも申し訳ないというか、悪いというか。せめて一年、私が無事聖女候補生として任期を終えるその時まで待っていただけませんか?
私は、私たちは両親と暮らした家に帰るために頑張ると決めたんです。だから、あの想い出がいっぱい詰まった家に戻るまでは前へは進めないんです」
たぶん、お祖父様たちのことを知ってしまった今では、もうリィナと二人っきりであの家で暮らすのは難しいかもしれない。だけどあの家に戻らない限りは私たち姉妹はずっとあの日のまま前へと進むことができない、そんな気がするんだ。
「……えぇ、いいわよ。ここまで待ったんですもの、あなたたち姉妹にも考える時間は必要でしょ」
お祖母様は一度お祖父様と頷き合い、優しい笑顔で私に答えてくれる。
「ティナ、私はあなたに謝らなければならないことがあるの」
「謝らなければならないことですか?」
お祖母様たちの話が纏まった頃を見計らい、王妃様が私へ謝罪してくる。
「あなたからクラリスの話を聞いたらいても立っても居られなくてね、どんな姿であれあの子に会いに行ったの」
「それは、私たちが暮らしていた街に行ったってことですか?」
「えぇ、ごめんなさいね。黙って行ってしまって」
王妃様はそれほどお母さんのことを……
「そんな、お母さんだって喜んでいると思いますよ。王妃様に会えたことを」
「それでね、あなたたちが暮らしていたという家にも行ったの」
「家にですか?」
あれ、何だろうこの気持ち。なんだか嫌な気持ちが溢れてくる。
考えなかった訳じゃないが、聞きたくない、これ以上王妃様の話を聞きたくない。
「あなたたちが暮らしていたという家は……」
嫌だ、嫌嫌いやーー。
「何もなかったわ」
「……」
頭を鈍器で殴られたような感覚に遭い、何度も何度も王妃様の言葉が頭の中で繰り返される。
家がない? そんな訳ないじゃない、一年後にお金を用意したら返してくれるって言ってたんだから、壊す訳ないじゃない。
「なにかの冗談ですよね? だって王妃様に私たちが暮らしていた家の場所なんて教えていませんよ? たぶん間違えられたんじゃないですか?」
そうだ、そうに決まっている。
いくら王妃様だって私たちが暮らしていた家がわかる訳ないじゃない。だって教えたのは暮らしていた街の名前だけ、でも……
「本当のことよ、ちゃんと調べさせたし近所の人たちからも話を聞いたわ」
「嘘です、そんなの信じられる訳ないじゃないですか。だってまだ二ヶ月程度しか経っていないんですよ? それがもう家が無くなっているって……そうですよね? 叔母さん」
「……」
「あの借用書は偽物なんでしょ? 叔父さん」
「……」
「約束……しましたよね? 一年待ってくれるって……」
「「……」」
バンッ!
「答えてよ!!」
感情が抑えきれず、机を叩きユフィに止められていたことも忘れ、会場内に響き渡るほどの大声で叫んでしまう。
何事かと一斉にこちらに視線が集まるが、今の私には気にする余裕すらなかった。
「落ち着いてティナ。ダニエラ、どうなの?」
お祖母様が立ち上がってしまった私を落ち着かせるよう優しく諌めてくる。
同時にこちらに気づいた陛下が何もないという風に皆に合図を送り、音楽隊の音量が場を紛らわせるよう大きく鳴り響く。
「答えろダニエラ、ティナたちの家をどうしたのだ」
お祖父様が私の気持ちを代弁するかのように、怒気をはらんだ声で叔母たちを威圧する。
「……元々そういう話だったのよ。一年なんて待ってたら競争に乗り遅れてしまう、そもそもこの子に金貨百枚なんて集められる訳がないと思ったのよ」
「それで取り壊したと言うのか、この馬鹿者が」
「ダニエラと言ったわよね」
お祖父様の切り捨てるような一喝で静まり返った場に、ラーナ王妃の姉であるアミーテ・イシュタルテ公爵様の口が開く。
「この件に関して、他家の私は口を挟むつもりはなかったのだけれど、もしティナが一年後にお金を用意した場合はどうするつもりだったの?」
「それは……集められないと思ったから」
「ならば何故ティナに自分の連絡先を渡したの? あなたはティナにお金が集まったら連絡するように言ったのよね? 集められないと思っていれば適当に誤魔化せばいい、だけど連絡先を渡したということは例え僅かでも可能性があると思っていた。違う?」
確かにそうだ、あの時叔母は私に連絡先を渡した。それはほんの僅かでも私がお金を用意できると思ったから、だったらその後の対応をどうするつもりだった? 家を取り壊すことが初めから決まっていたというのなら、私が集めたお金は?
「先ほどの話だとあなたたちは多額の借金を背負っているという話だったわね。まさかとは思うけれどティナが集めたお金だけを奪う、なんてことを考えていたんじゃないの?」
「……」
叔母は何も答えずただ俯くだけ、アミーテ様はそんな姿を見て一つ大きなため息をつき。
「これはただの憶測よ、あなたがどう考えていたなんかは誰にもわからない。だけどもし私の考えが正しければ……いえ、想像だけで答えるのは失礼だったわね」
アミーテ様の言う通りこれは只の想像だ。実際お金を奪われたわけでもないのだから、この件で叔母を責めるのは間違いだろう。
「私からも一つ聞こう」
アミーテ様に変わって今度はお父さんの兄であるメルクリウス・アシュタロテ様が叔母に問いかける。
「まだ年端もいかぬ姉妹から全て奪い、たった一年間で金を払わせるよう仕向ければ、この子たちがどうなるかとは考えなかったのか?」
「……全てを奪ったわけじゃないわよ、取り上げたのは家だけ。それに金貨百枚の件だってこの子が勝手に言い出して、一年って期間も勝手に……」
「だが、それでもお前はティナと約束を交わした。例え書面に残すような正式なものではないとはいえ、姉妹は約束を信じ込み僅かな金だけを握り家を出たことは事実。もし姉妹が金を集めるために無茶をし、命を落とすようなことになればどうするつもりだったのだ」
「知らないわよそんなこと、勝手に無茶をするのはこの子たちの勝手じゃない。それにこれも只の仮定の話でしょ、そんなもので責められるのは心外だわ」
ここまでくれば叔母はもう開き直っているのだろう。相手が公爵様だということなど関係ないような口ぶりで反論する。
確かにこれも只の仮定の話、実際私たちは手持ちのお金が尽きかけて危ない状態になっていたとはいえ、今ここで生きていることもまた事実。だけど感情が全てを納得させられるかといえば、人間はそれ程できた存在ではない。
「話にならん! エルバート卿、申し訳ないがティナたち姉妹は我が弟の娘でもある。このまま見過ごすことはもうできませんぞ」
先ほどまで温厚そうだったメルクリウス様がお祖父様に対して怒りをぶつけてくる。
いくらお祖父様が聖女様の弟で元王族だったとしても、身分はメルクリウス様の方が上だ。父親でもあるお祖父様が許してもメルクリウス様が許されないだろう。
「アシュタロテ公爵、落ち着きなさい。本来の目的を忘れないで」
熱くなられたメルクリウス様をアミーテ様が諫めて来る。
お二人の話を聞いていたお陰で少し気持ちが落ち着いてきたが、上手く考えが纏まらない。この時アミーテ様が言った本来の目的という言葉の意味が、今の私には全く理解できなかった。