第11話 儚き王女
コンコン
「どうぞ」
部屋の中から可愛らしい声の確認を取り中へと入る。
一晩とはいえ、国王様たちが住まわれるプライペートエリアに宿泊したが、完全な部外者である私が簡単に王女様の部屋へとたどり着けるのかと心配していると、そこには何故か待ち構えておられたメイドさんズに案内され、すんなり中へと通してもらえた。
「お初にお目にかかります。ソルティアル領のクラウス・ソルティアル様より推薦いただきました……」
「ティナさんですよね? お待ちしておりました、アルタイル王国第一王女ユフィーリア・F・アルタイルです。昨日はお礼もできず申し訳ございません」
予め考えていた挨拶を途中で止められ、自ら名乗って来られた王女様。昨日は寝ている姿しか見ていなかったが、王妃様に似てなかなかの可愛さ。まぁリィナに比べるとまだまだだけどね。
「体調の方は如何でしょうか? 何処か痛いところはございませんか?」
お部屋の内で控えられていたメイドさんに勧められ、王女様のベッド横に用意された椅子へと座る。
「お陰様で、怪我のことを除いたら何時もより調子がいいぐらいです」
うん、笑顔も可愛い王女様。国王様やメイドさんズが自慢されるだけのことはあるわね。
「多分それは体力回復の奇跡をかけたからだと思いますよ」
王女様はただ体が弱いだけってことだがら、体力回復の奇跡を施したら二・三日程度は外を歩き回れるぐらいには回復するのよね。
「やっぱりそうなんですね、昔はお祖母様に掛けてもらっていたんですが、お年を召されてからはお体に負担が掛かるだろうからってお断りしていたんです」
何だろうこれ、この王女様を見ていたら何だか守ってあげたい気分になってくるのは。
「私でよければ定期的に施しましょうか?」
「よろしいのですか? でも聖女の修行も大変なのですよね? それなのに私のためにお時間を取らせてしまうなんて」
ん〜、レジーナたちとはまるで違うなぁ。
言葉遣いも柔らかいし、私が平民だと知らないわけでもないだろうに、見下すどころか心から感謝の気持ちを伝えてくる。身分が高いからって全員が全員威張ってるって訳でもないんだね。
「ライム」
「ハイです」
私の呼びかけにポケットから飛び出すライム。
「王女様、ご紹介します。私の家族、精霊のライムです」
私の紹介に合わせてライムが上手にお辞儀をする。
「精霊ですか? 人型の精霊は初めて見ました。はじめましてユフィーリアです」
王女様もライムに向けて笑顔で返される。
ん? 人型の精霊を見るのが初めて?
「王女様ってもしかして精霊を見られたことがあるんですか?」
「あっ、いけない。このことは内緒でした。でもティナさんなら近いうちにお会いできると思いますよ。ふふ」
何だろう誤魔化された気もするが、近いうちに会うことができる? それはどういう意味なんだろう。
ライムは王女様が差し出された手の上に座り、頬を突っつかれたり髪を触られたりしてまんざらでもないように見える。
精霊って人間の感情に敏感なのよね、王女様から溢れ出ているマナに惹かれているってこともあるんだろうけど、その人から発せられる温かな雰囲気が自然と分かるんだと思う。
悲しいことだが人間なら誰しも醜い感情を持ち合わせており、それが多く集まれば精霊たちは近寄ろうとしない。精霊たちが人前に姿を現さないのにはこういう理由も含まれているんだ。
「ライムも私と同じ程度に癒しの奇跡を使うことができます。もし私をお気遣いでしたらライムを遣わしますのでどうぞお申し付けくださいませ」
「ライムさんを? でも……」
王女様は何故か少し考えるような素振りをし。
「先ほどティナさんのご迷惑になるからとお断りしたのですが、やはりお願いしてもよろしいでしょうか? 空いている時で構いませんので」
まぁ、私としてもこのままライムに任せたっきりっというのも些か気になってしまうので、空いている時間ぐらいは問題ないはずだ。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「よかった。あのティナさん、この後よければ少しお話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「それは構いませんが、私に王女様を楽しませる話題があるかどうか」
国王様からも言われているので、少しぐらいなら修行をサボっても問題ないだろうけど、平民の私に王女様を楽しませる話ができるかどうか心配になってくる。
「見ての通り私はほとんどお城から出ることがありません。昔はよく両親に連れられて王都の外まで出ていたのですが、私がよく体調を崩すことが分かり始めた頃から外の世界を見る機会が無くなってしまったのです。だからティナさんに外のお話を聞いてみたくて、ここに来られるまでソルティアルにおられたんですよね?」
あぁ、そういえばソルティアルのクラウス様の推薦ってことになっているから、私はソルティアル出身って勘違いされているんだ。クラウス様も王都に手紙を送る時にもう少し丁寧に書いてほしいものだわ。
「実はソルティアル出身ってわけではないんです」
「そうなんですか?」
「はい、ソルティアルに居たのは十日間ほどで、その前は王都から西側にある小さな宿場町で暮らしておりました」
「あの、その時のお話を聞かせていただいても?」
「えぇ、もちろんいいですよ」
私は生まれ育った街の様子を、妹とどんな遊びをしたのか、家族でピクニックに行った時の話なんかを王女様に聞かせた。
「その時リィナが川に落ちちゃって、それを見たお父さんが慌てて助けに行ったら一緒に溺れちゃってね。お母さんが聖女の力で大地に干渉して二人を助けたんだけれど、泳げない人が助けに行ってどうするのよって」
「ふふふ、いいお父様ですね」
「お父さん、いつもお母さんには頭があがらなかったからね。でもお母さんってお父さんのことが好きで好きで、たまに私たちがいない時を見計らって甘えていたの。娘としては黙って見守ってあげるのが娘心ってもんじゃない?」
寝静まった後なんかによく二人でお酒を飲まれていた様子が思い出される。お母さんがお父さんの胸に顔を埋め、お父さんがお母さんを優しく両手で包み込む。でも時折何故か悲しそうな表情をされていたのが印象に残っている。まるでお父さんの胸で涙を隠しているかのように。
「私の両親はお父様がお母様を好きになられたってお聞きしたことがあります、今でもお父様はお母様のことを大事にされていますしね」
「それ何となくわかる、国王様って王女様に甘いって感じがするもの。きっと同じように王妃様のことが大事なんだよ」
「ふふ、お母様が聞かれてたらきっと赤面されますよ」
こういう時間も悪くないなぁ、前に住んでいた街にも友達はいたが、王女様と話しているような温かい空間ができた記憶がほとんどない。
子供の頃はお母さんから力の扱い方を教えてもらっていた関係で、友達と遊ぶ時間は少なかったし、友達は友達で家の手伝いとかでお互いなかなか時間が取れなかったからね。遊び相手は常に妹のリィナとライムばかりだったから、こんな風にゆっくりお互いのことを語り合うなんて今までほとんどなかった。
だけど何だろう、無邪気に笑う王女様が昔の私に被って少し寂しい感じがする。
「王女様はお二人から愛されているんですね、両親がいない私にはちょっぴり羨ましいです」
私から振った話とはいえ、両親のことを嬉しそうに語る王女様に少し嫉妬をしてしまう。
「ティナさん、私のことはユフィーリアとお呼びいただけないでしょうか? 私はティナさんとお友達になりたいんです」
私は悲しい顔でもしていたのだろうか、突然王女様が私の手を取り真剣な眼差しで瞳を見つめてくる。
「それに王女と呼ばれるのは余り好きではないんです。なんだか自分が自分じゃない気がして……」
今度は王女様が少し影を落とされた表情をする。
王女様も王女様なりの思いもあるのだろう。そういえばお城で出会ったメイドさんたちもユフィーリア様って呼ばれていたっけ。
「分かりました、ユフィーリア様」
平民の私が王女様をお名前で呼ぶのは憚られるが、ここは意を決してお名前で呼ばしてもらう。
「あの、できればユフィーリアと呼んでもらえると」
「…………いやいやいや、無理です無理です。王女様を呼び捨てなんて私の首が飛んじゃいますよ」
何を言ってるんですかこの王女様は。
平民の私がおいそれと王女様を呼び捨てなんかしたら、流石のメイドさんズにも何を言われるか分かったもんじゃない。
「あら、いいじゃない。友達同士なら様付けで呼び合うのは変でしょ。ふふふ」
ブフーーッ
ちょっ、今何の気配もなかったよね! それどころか部屋に入ってきた音すら聞いてないんですが、何で突然私の真後ろに沸いているんですか王妃様!
「お母様、また気配を殺して部屋に入ってこられたんですか?」
って何それ、しかもまたってしょっちゅうこんなことをしてるんですかこの人は。
「本当は陰からこっそり眺めているつもりだったのだけれど、何だか楽しそうな話になってきたからついね」
も、物陰に潜んでいたんかい! しかもこれが日常なのか誰一人として不審がらない王妃様って一体何者?
「ティナ、ユフィーリアのことをお願いね。うふふふ」
笑顔で私に向かって話しかける王妃様。
この場合、薄っすら涙を浮かべながら頷くことしかできなかった私は仕方がないと思う。王妃様コワイ。