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恋愛観測~リア充な双子の姉がラブレターの差出人をモニタリングするとか言い出した件~

作者: あばら君

 どうして私とあかりはこんなにも違うのだろう?

 その疑問を最初に抱いたのは、まだ小学校に通う前だった。


「愛想がよくてかわいい子ね」「お人形さんみたいね」「将来きっと美人になるわよ」


 親戚のおばさんに囲まれて、そんな言葉を一身に浴びているあかりを見ながら、考えた。

 私が入っていたのと同じおなかから、同じ時間に出てきたあの子は、どうして私と違ってはきはき喋れるのだろう。どうして引きつることなく綺麗に笑えるのだろう。どうして大人の中にいるのに、身体がカチコチにならないのだろう。

 私はあかりの向かい側でぽつんと座ったまま、胸の内で呟いた。


 どうして私とあかりはこんなにも違うのだろう?


 その答えはいまだ見つからず。あかりと私の違いだけが日々増えていく。


 どうしてあかりだけ手先が器用なんだろう。

 どうしてあかりだけ運動神経がいいんだろう。

 どうしてあかりだけあんなに華やかなんだろう。

 どうしてあかりだけ友達がいっぱいいるんだろう。

 どうしてあかりだけ成績が悪くても許されるのだろう。

 どうしてあかりだけ人に好きになってもらえるんだろう。


 ううん。あかりが好かれる理由はわかる。明るくてかわいくて一緒にいて楽しいからだ。

 でも、どうして私はそういうふうになれないんだろう。


 喋ると舌がもつれて上手くいかないし、人を白けさせるし、大勢で話すと会話のテンポについていけない。

 同じ家で育ち、同じ学校に通い、同じ環境で育ってきたのに、何故。

 あかりと同じ髪型にしても、あかりはボブって感じで可愛くなるけど、私はおかっぱって感じで野暮ったい。

 同じ顔、同じ体形、同じ声なのに、何故。


 この差を埋めるべく、努力した時期もあったけど、最近はすっかりあきらめてしまった。


 まぁ、いっか。

 しょーがない。


 魔法の呪文。

 唱えれば、胸がすっと軽くなる。空っぽになって少し隙間風が吹くけれど、重たいよりは楽だった。


* * * *


 その日の放課後は、体の芯まで冷えるような寒さだった。空は灰色の雲に覆われている。

「鈴木さーん」と、呼び止められる声を聞いたのは、あかりと二人で下校しようと玄関に向かっていた時だった。


「何?」


 振り向いて、小首をかしげるあかり。

 この子は、少女漫画の女の子みたいな仕草がぴたっとはまるから凄い。

 私はこういうあざとい動き、とてもじゃないけど無理だ。

男子は「渡したいものが~」なんて言いながらのそのそと学ランのポケットをまさぐって、ガムを包んだゴミみたいなものをあかりに手渡した。


「なによ、これ」

「知らね。渡してって頼まれただけだし」


「それじゃ、確かに渡したから」と言い残し、男子はだるそうに私たちを追い越して、下駄箱に向かっていった。

 あかりは黙ってゴミを広げる。ノートの切れ端だった。

 しわくちゃだけど、どうやら短い手紙のようだ。


「なになに? なんて書いてあるの?」


 あかりは私の質問には答えず、ニヤリと笑った。


「ちょっと、こっち来なさいよ」

「え~、帰るんじゃないの?」

「い~から、い~から!」


 ぐいぐい手を引っ張られて向かった先は、あかりのクラスだった。

 みんな帰宅したらしく、教室には誰もいない。


「教室が、どうかした?」

「違う、裏庭覗いてみてよ!」


 裏庭とは校舎裏のことだ。

 大きなイチョウの木の下にベンチがあって庭っぽいから、なんとなくみんなそう呼んでいた。

 この教室の窓から覗くと、ギリギリ、そのベンチが見える。

 言われるままに覗いてみたけど、特に変わった様子はなかった。

 あ、ベンチにクラスメイトの佐藤君が座ってる。でも、それだけだ。


「裏庭がどうかした?」

「裏庭っていうか、あの男よ」


 あかりがベンチに座ってる佐藤君を指差した。


「同じクラスの子だけど……彼がどうかした?」

「じゃ~ん!」


 ここでようやく、あかりはさっき渡されたノートの切れ端を見せ付けてきた。


『放課後、裏庭で待ってます。佐藤』


 切れ端のど真ん中。心細そうに、小さくぽつんと書かれていた。

 心臓が大きく脈を打った。


「これ……告白!?」

「女子を裏庭に呼び出すとか、それしかなくね!?」


 あかりは自慢げに笑った。

 あのイチョウの下で告白すると成功するというジンクスがあるのだ。みんな知っている事だから、あかりの自惚れや誤解って訳じゃない。


「へぇ~」


 佐藤君とは席が近いからか、よく話をする。

 野球部を引退して、今は髪を伸ばしてる最中みたいだけど、坊主の似合う精悍な顔をした子だ。

 なんだ。あかりが好きだったのか。

 そういえば、知り合った切欠は「お前って双子なんだ、すげぇな」と話しかけられたことだった。



 一昨年の春、クラス替えで一緒になったばっかりの頃のことだ。

 席は名前順に並んでいて、佐藤君は私の一つ前の席に座っていた。

 椅子に逆向きに座った佐藤君が、私の顔を覗き込んで、曰はく。


「やっぱさ、時々姉ちゃんと入れ替わって授業受けてみたりとかすんの?」


 いつからそうなのか――ジョリジョリの坊主頭に桜の花びらをのせ、キラキラした目でこちらを見つめてくる。

 幼稚園児みたいな男の子だと思った。


「やらないよ。マンガじゃないんだから。すぐばれちゃうよ」

「そーかぁ?格好同じにすればいけそうじゃん」

「絶対、無理だよ」

「ふーん。俺区別つかねぇと思うけどな」


 佐藤君は双子に何か大きな夢を見ているようで、私はそれが少し鬱陶しかったりした。

 私とあかりの区別がつかない人間なんかいない。絶対。

 顔や背格好は同じでも、雰囲気からして違う。あかりの纏う空気の方が明るくてキラキラしてる。

 入れ替わってもバレないなんて言われたら、私よりもあかりの方が怒ると思う。

 唐突に謝られたのは、その話をしてからしばらく立った日のことだった。


「なんか、ごめんな」

「え、何で?」

「この間のさ。区別つかないとか、よく考えたら失礼なこと言ったよな~と思って」

「私は、別に」

「でさ、あれから見分ける方法ねーかな、って探してたんだけどさ」

「わざわざ!?」


 あかりは違うクラスなのに。

 もしかして、この時期にあかりの事可愛いとか思ったりしていたんだろうか。


「あ、ジロジロ見てた訳じゃねえぞ! ちょっと見比べてみて気づいただけだからな!」

 そう前置きすると、胸を張ってドヤ顔で発表してくれた。

「お前、右の目元にほくろあるよな! んで、向こうにはない!」

「……うん。確かに、そうだけど」


 私の右目の下にだけ、泣きぼくろが一つある。


「だろ!?」

「でも、そこまで見なくても、普通はわかると思うよ」

「えぇ!? マジで、すげぇな、みんなの観察眼」

「観察眼っていうか、全然違うじゃん」


 ちょっと卑屈になってて、普段なら言わないような事をポロっと言っちゃった。


「暗くて、つまんない方が、しおり。だよ」


 言ってから、しまった、って思った。こういう事を言い出すから、私は暗くてつまらないんだ。

 俯きかけた瞬間、佐藤君が言った。


「んな事ねぇよ!」


 その大きな声に、思わず佐藤君の顔を見上げた。

 彼はちょっと怒った顔をして、はっきり言ってくれた。


「つまんない奴って思ったら、わざわざ話しかけてない」




 ――いい奴である。ちょっと変というか、天然なところもあるけれど、そこも含めていい奴だ。

 野球部の元キャプテンで、クラスのムードメーカーで、運動出来て明るくて、そこだけ考えれば、彼とあかりはお似合いだと思う。

 でも、駄目だ。


「あかり、早く言って断ってきなよ! 彼氏いるじゃん!」


 そう、あかりにはもう、彼氏がいる。

 高橋君という、今時のちゃらちゃらした男の子だ。高橋君の写真を見たお父さんは「この若造か」と嫌そうに呟いてたけど、彼は見た目のわりに真面目だし、竹を割ったような性格をしてるから、私は好きだ。

 あ、この好きはあくまで姉の彼氏としての好きであって、横恋慕的な意味ではない。

 とにかくあかりには、もういい彼氏がいるのだ。


「え~、もったいないじゃん!」

「ふ……二股だと!」

「違う、違う! このシチュエーションが!」

「え?」

「だからさ、ここで勉強会やってこうよ」

「え、意味が分からない」

「つまり、直訳するとね」


 びしりと裏庭を指すあかり。


「面白いから、しばらく彼を観察しましょう!」

「なにそれ!?」


 なんか言い出した! あかりがなんか言い出した!


「だってさぁ、面白そうじゃん! あいつ何分で帰るか賭けようよ! 私は十分に五百円賭ける! 寒いし、雪降りそうだし! しーちゃんは?」

「駄目駄目、賭けないよ! 可哀想じゃん! 早く断ってきてあげなよぉ!」

「だが断る」

「私じゃない! 佐藤君に言ってくるの!」

「ノーサンキュー、ノーサンキュー。博打はこれからだぜ! 嬢ちゃんよぉ!」

「何そのキャラ!?」


 とりあえず、梃子でも動かないらしい。


「じゃあ、いいよ! 私が伝えてくるから!」


 教室の中にいたって肌寒いのだ。あんな冬将軍の暴れまくってる中に放置しておいたら、佐藤君が凍死してしまう。

 死ぬまでいかなくても、受験前なのに風邪をひく。

 佐藤君の甲子園へ行く夢が潰えてしまう!


「へぇ~、しーちゃんが」


 あかりが不敵に鼻で笑った。


「あかりが行かないんだから私が行くしかないじゃん!」

「え~。別に止めないけどさ~。止めないけど、しーちゃんが行ったら、佐藤君惨めじゃね? 全然関係ない妹さんがやってきてさ、『お姉ちゃんが駄目って言ってた』とか。すっごい恥ずかしくない?」

「ん……いや、それは……。確かに」


 一理ある……。


「だ~か~ら~。とりあえず観察してみよ! どうするかさ!」


 あかりは鞄を下ろして、ストーブを点火した。

 本当に居座るつもりのようだ。


「待って、面白がるような事じゃないでしょ!」

「いいんだよ、惚れた弱みって言うじゃん!」

「なんか微妙に使い方おかしいよ、それ」

「細かいことは気にしないの。はは、あいつ挙動不審!」


 あかりは窓ガラスにベタリと張り付いて佐藤君を観察し始めた。

 あかりの言う通り、佐藤君は腕時計をちらちら確認したり、きょろきょろ辺りを見回したりと忙しない。

 そうかと思えば、マフラーに顔を埋め、難しい顔をしてじっと座ってる。

 いつも、くだらない事を言ったりやったりしている姿しか見たことないから、驚いた。

 あんな表情することもあるんだ。

 遠目からでも緊張してるのが伝わってきて、こっちまでドキドキしてきた。


「ねぇ、あかりだって佐藤君に悪いと思うでしょ? さっさと断ったほうがいいよ」


 あんなに一生懸命待っててくれてるのに。こんなふうに遊ばれるのって可哀想。


「え~でもさ、私あの人と話したこともないわけ。そんな女子をいきなり呼び出すとか、向こうが非常識じゃない?

 しかも、今どき手紙で呼び出しって。古風というかダサいというかね~。

 うわ、ないわって感じ。ちょっとくらい待たされたって文句言えないんじゃないの?」

「知り合いじゃないの?」

「知らないよ。あんたのクラスで見かけたことがあるくらい」


 二人は、私の知らないところで何か接点があるのかと思っていたけど、どうやら佐藤君の一目惚れのようだ。


「告白の前に、友達になろうとする努力から始めるべきよ。いきなりこんな手紙もらっても」

「下心あって友達になろうとしてくるほうが気持ち悪くない?」


 むしろ、佐藤君のやり方は潔い気がする。

 あかりは知らないかもしれないけど、いつだって一生懸命な人なんだ。

 打算なく、目的に向かって一直線。佐藤君ってそういう人だ。





 今年の夏。


 最後の地区大会で一回戦負けして、野球部を引退した後も、毎日朝早く着て走っている。

 吹奏楽部の私はこの時引退前で、朝の部活にも参加していたから知っていた。

 ベランダで同じ音をずーっと吹きながら、校舎の周りをずーっと走っている佐藤君を眺めていたのだ。

 ある時、走っていた佐藤君がふいに止まって、こちらを見上げた。


「おーい!」


 二階に友達がいて、その子に話しかけているのかと思ったけれど、周りには誰もいない。

 佐藤君の瞳はこちらを見つめている。

 ――上から毎日見下ろしていたのがバレていたのだろうか。

 気まずかったけど、話しかけられてしまったのでどうしようもない。

 意を決して、「なに?」と返す。なるべくさり気なく。あなたが下で走っていたのは知っているけど、別に気にしてないですよ、みたいな(てい)で。


「ずっと同じ音吹いてて楽しい?」


 ロングトーンのことだ。

 分かり切ったことを。楽しいか楽しくないかで言ったら、楽しくないに決まっている。


「佐藤君もずっと走ってるじゃん!」

「体力づくりー!」

「私は基礎練―!」


 つまり、お互いやっていることは一緒である。

 私は基礎練のメニューに組み込まれてしまっているから嫌々やっているけれど、佐藤君は自主的に走っているのだから、よくだなぁと思うけど。


「曲はー? 吹かんのー?」

「そういうのは、あとでみんなと合わせてやるの!」

「毎日同じ音ばっか聞こえてきてつまらん!」

「そんなこと言われても!」

「なんかちょっと吹いてみろよー!」

「なんかって、なにさ!」

「じゃあ、アフリカンシンフォニー!」


 一年前の大会の課題曲だった。まだ覚えてはいたけれど。


「基礎練さぼってると先生に怒られるー!」

「今、さぼってんじゃん!」

「え、そんなこと……いや、そうかもしれないけど」


 練習中断してクラスメイトと喋ってるんだから、さぼってるのかも。


「だろ! だからちょっとだけ!ちょっとだけ!したら俺もどっか行くし!」

「え~。……じゃあ、ちょっとだけね」


 そう前置きして、サビをちょこっと吹いてみた。

 部員でも顧問でもない誰か一人のために吹くって、実はあまり経験がない事に気づいて、少しだけ緊張した。

 思いの外、静かに聞いていた佐藤君は、私が吹き終わった後に一回大きく頷いて言った。


「俺やっぱ甲子園行きたいわ」

「え、何突然!」

「知らんのー? その曲、浦修野球部の応援歌!」


 浦商とは、浦雅修学院高校のこと。

 この辺の高校では唯一甲子園に出場したことのある学校で、佐藤君の第一志望でもある。


「その曲、マウンドで聞いてみたいんだわ!」


 佐藤君は笑顔で言うと「やる気出たわ、ありがとな」と言って走り去っていった。

 遠くなっていく背中を見ながら、ちょっとだけ思った。

 青空の下、すり鉢みたいな応援席で、野球の試合を眺めながら思いっきり合奏したら楽しいだろうか、って。


 ちょっとだけ。


 その日から、基礎練中に走っている佐藤君を見かけたら、ロングトーンを中断して好きな曲のサビをちょっとだけ吹いてみることにした。

 佐藤君がこちらを見て手を上げたら、気づかないふりしてシレっとロングトーンに戻る。

 そんな遊びを、吹部引退するまで続けていた。


 佐藤君は今でも走っているのだろうか? 走っているんだろうな。自分で決めたことはやり通す人だから。

 だから、あかりのこともずーっと待つだろう。

 校舎の周りをぐるぐるぐるぐる走り回っていたように、ずーっと。




「あ、あれ見て! 急展開!」


 あかりは目を輝かせた。

 すわ何事かと裏庭のほうに目線を向けると、佐藤君が誰かと話をしている。

 誰なのか目を凝らしてよく見ると、なんと、今さっき会話に出てきたあかりの彼氏。高橋君だった。

 二人が二言三言、言葉を交わした後、佐藤君がむっとした顔で立ち上がって、高橋君の肩をばしばし叩いた。

 裏庭にいることをからかわれたらしい。

 高橋君は笑いながら逃げるように走り去る。

 佐藤君は追いかけようとして二三歩走り出したけど、すぐにベンチに戻ってきた。

 立ったまま腕時計を眺めていたけど、結局またベンチに座った。

 からかわれて恥ずかしい思いをしても、あかりを待っててくれるみたいだった。

 かじかんだ手に息を吐きかけているのを見て、こっちが切なくなってくる。

 あかり、佐藤君のこと見てるよ。でも、面白がってるだけだし、彼氏もいるんだよ。

 耳元で囁いてやりたい気分。


「へぇ、まだ待つんだ。頑張るね~」

「あかりが行ってあげればすむ話でしょ?」

「やだ~。なんか楽しいんだもん! 支配者になった気分?」

「なにそれ」


 あかりはひひひ、と謀をしている悪役のような笑みを浮かべた。


「だってさ、今も高橋君と佐藤君は気付いてなかったけど、修羅場だった訳じゃん?

 彼女を横取りしようとしてる男とその彼女の彼氏って感じで!」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん!」

「だって事実でしょ? あ! 私があそこで出てったら、面白いことになったかな!? 男同士の女の取り合いってな感じで!」

「あかり」

「あ、そうだ。今から動画とか撮ってツイッターで晒したらバズったりして」


 もう、我慢の限界だった。


「いい加減にしな!」


 私の怒鳴り声が冷たい教室の中で反響した。

 あかりが驚いたように目を丸くする。


「彼氏がいるからって、人の好意弄んで言い訳じゃないでしょ!? ちょっとは人の気持ちも考えなさい!」


 え、待って、とあかりはオロオロと言葉を紡ぐ。


「しーちゃん、もしかして本気で怒ってる?」

「当たり前でしょ!」


 佐藤君は、あんなふうに真摯に思ってくれてるのに。

 あかりは他人だっていうけど、それでも自分を思ってくれてる人を蔑ろにするなんて!

 佐藤君の思いが、あかりにとって玩具でしかないことが悲しくて悔しくて、胸が痛くなった。

 おかしいな。あかりが告白されて、それを一刀両断しているのは何度も見てきたのに。それを見て、今までなんとも思った事がなかったのに。

 今回だけ、あかりの事がすごく羨ましかったんだ。

 体の真ん中にぽっかり穴が開いたみたいに虚しかった。


 どうして、佐藤君はあかりが好きなんだろう?

 どうして、私のこと好きになってくれなかったんだろう。


 あれ?


 私、今とてつもなく変な事を考えたんじゃないだろうか?

 どうして、あかりは……私は……って考えるのはいつものことだけど、今のは……。


 あれ? あれ?


 あれよあれよという間に顔が火照っていくのが分かった。


「どうした? 二人とも」


 ドアの開く音がして、振り向いてみたら高橋君が驚いた顔をしてこちらを覗いていた。


「廊下に声響いてんぞ。喧嘩かなんか?」


 あかりが困った顔して私の顔をじっと見る。

 行き過ぎたいたずらをした後の子どもみたいな表情だった。


「もう、いい。私が行ってくる」

「え、しおり!」


 あかりの声を無視して後ろのドアから教室を出る。

 悔しいわ情けないわで泣きたくなったけど、やけにすっきりした。


 佐藤君と話すのが楽しかった。

 こんな私にかまってくれるのが嬉しかった。


 それは全部、佐藤君があかりに抱く思いと一緒だったんだ。


 恋、だったんだと思う。


 こんな事で気付くなんて皮肉だけど。

 でもいいや。こんな事がなかったら、私は自分の初恋に気付けなかっただろうから。

 さっき、あかりは私が断りに行ったら佐藤君が不憫だって言ってたけど、どうでもいい。

 私のほうが可哀想だもん、これ。

 いっそそのまま「好きです」って言っちゃおうか。

 なーんてね。


 まぁ、いいじゃん。あかりなら。

 しょーがないよ。あかりなら。


 外はとうとう雪が降り始めていた。

 羽みたいにふわふわ落ちては地面に白い斑を描く。

 校舎の裏に回ると、ベンチに座った佐藤君が見えた。

 もうすでに、頭に雪をのせていた。


「佐藤君」


 佐藤君がはっと振り向いた。

 笑いかけようとしたけど、顔の筋肉が上手に動かない。

 不細工な笑顔も、佐藤君に鈴木って呼ばれたら、一瞬でほどけてしまった。


 ――全然よくない。しょーがなくなんか、ない。


 どうして、あかりなんだ。

 どうして、私じゃないんだ。

 『どうして』だけが、胸の中で大きく膨れ上がる。

 涙みたいな鼻水が出そうになって、慌てて袖で抑えた。

 これは私の、涙が出る前兆。

 慌てて顔を伏せる。

 視界の端で、佐藤君が立ち上がったのが分かった。


「来ないかと思ってビビった!」

「……違うよ」

「え?」

「目の下」


 私にだけある、右目の泣きぼくろ。


「私、あかりじゃないよ」

「わかるよ、そんくらい! もうほくろなしでも見分けつくよ、アホ!」


 ……え、あれ?

 恐る恐る佐藤君の顔を見る。


「あかり待ってたんじゃないの?」

「何でわざわざお前の姉ちゃん呼び出すんだよ」


 佐藤君は怒った顔で言った。


「俺が待ってたのは、お前! 鈴木しおり!」

「……あれ?」


 つまり、どういう事だろう?

 頭が上手く働かない。


「すず……しおりに、言いたいことがあって」

「……何?」

「……俺、あんまり女子とかと話しないけど、しおりとは最初から席とか近くてさ、話してると面白い奴だなって、思っててさ」

「……うん」

「もっと色々、話したいって。思ったりして。お前がラッパ吹くのも、もっと聴きたいって思ったり」

「トロンボーンだよ」

「そう、それ」

「……」

「俺、なんていうか……恋愛、的なの、よくわかんねーんだけどさ。

 しおりのことは、好きなんだと思う」

「……うん」

「もしよかったら、俺と、付き合ってください」


 身に染みるようだった寒さは、もう感じない。

 色んな感情が心の中で正面衝突を繰り返して、全部麻痺しちゃったみたいにボーっとする。


「――はい」


 そっと手を伸ばして、佐藤君の頭に積もった雪を払った。

 ――私は馬鹿である。

 一人で自分のことボロクソ言って、傷ついて。

 一人で勘違いしては、落ち込んで。

 寒い中、佐藤君の事こんなに待たせて。


 ――でも、届いた。

 どうしようもない私だけど、好きな人には、ちゃんと手が届いた。


「遅くなって、ごめん。

 私も、佐藤君のこと、好きです」


 こんな私のこと、好きになってくれて、ありがとう。



****



 時を同じくして、むくれた表情のあかりと、その理由が分からず困り顔の高橋が教室に取り残されていた。

 高橋はおずおずと切り出した。


「もしかして、二人が喧嘩してたのって、佐藤のこと?」

「え、なんであんたが知ってんの!?」

「なんでって、さっき佐藤から聞きだしたからさ」

「彼氏としてなんも思わないわけ!? 彼女が告白されそうになってたんだよ!?」

「お前なんか勘違いしてない?」

「え?」


 にやりと笑った高橋の顔を見て、あかりは少しうろたえる。


「勘違いって何? 私、佐藤って奴に呼ばれたよ?」


 ほら、と手紙を見せられた高橋は思いっきり噴き出した。


「ちょっと、何笑ってんのよ!」

「いや、確かに佐藤も悪いけどさ、これ! あかりは自惚れすぎだし、しおりは謙虚すぎ! 笑える!」

「笑ってないで説明してよ!」

「だからさ、呼ばれたのはお前じゃなくて、しおり!」

「え、でも、鈴木って……うわあああ!」


 あかりは硝子にベタンと張り付いて外を見た。

 しおりが佐藤の下へ走りよっていくのが見える。


「無理無理! 絶対阻止!」

「何で!?」

「あんな芋野郎、しーちゃんと釣り合わないし!」

「おいこら! 落ち着け、シスコン!」


 窓を開けようとしたあかりの手を、高橋が慌てて押さえつけた。

 しばらく二人の揉み合いが続く。


「いい加減諦めろって!」

「やぁだ!」

「あ、外」


 ふいに高橋が手を離す。

 あかりは思わずよろけて、窓枠に手をつく。


 その窓からは、涙目で教室に向かってベーっと舌を出したしおりと、その隣で凛々しくブイサインを突き出した佐藤が見えた。


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