【短編】正しい〈おいしさ〉の伝え方
昼下がり。買い物に疲れた私と友人は、お茶をしにカフェへとやってきた。私の目の前にはチョコレートケーキとコーヒーのセット、かたや友人はバタークリームたっぷりのフルーツケーキに紅茶のセット。対面から漂ってくるアールグレーのラベンダーにも似た華やかな香りに鼻をくすぐられながら、私はモカマタリを口へと運んだ。
果実のようなほのかな甘味と少しクセのある酸味が、喉の奥へと駆け抜けていく。それを追いかけるように、チョコレートのコクが私を幸せにせんと押し寄せた。思わず「はあ、幸せ」と声を漏らすと、友人もケーキをひとくちパクリと頬張りながら熱心に頷いた。
「バターと洋酒の甘い香りが鼻から胃袋へとダイレクトに、こう、降りてきてさ。思わず喉が鳴っちゃうのも、仕方がないよね。そこにスプーンを差し入れたらさ、驚くほどに柔らかで。口の中に運んでみたら、案の定、ホロッと解けていってさあ。ふわっふわでホロリって、本当にズルいと思うんだ」
彼女はふたくち目にかぶりつくと、ケーキスプーンを強く握りしめた。そして至福の息を鼻から漏らし舌鼓を打ち、感嘆の声を上げると紅茶を飲んだ。そして目をキラキラと輝かせて、再び語りだした。
「添えられた赤もさ、とてもみずみずしくて、口の中で弾けるかのようで! しっかりとした甘みと、濃厚な味がもう、太陽の恵みを感じるレベルっていうか! 黄色の半熟は、あれはもう犯罪レベルよね。とろりとした部分と硬さのある部分の、絶妙な口触りがもう、頬が落ちざるを得ない。それらを優しく包容する白がまたさあ、艷やかでキラキラしてて。それぞれの素材の旨味と素晴らしい融合を遂げているんだけど、でも、それ本来の甘味が奥から奥から押し寄せてくるのも至福としか言いようがないんだよ」
私は、うっとりと恍惚の表情で宙を見つめる彼女の話に喉を鳴らした。そして目の前のチョコレートケーキそっちのけで、物欲しそうにフルーツケーキを注視した。
「そんなに、美味しいの……?」
「うん、もう。幸福が怒涛のように押し寄せてきて、溺れてしまいそうなくらいでさ。でも、あまりの幸福の連続で逆に疲れそうになってもね、緑が救いの手を差し伸べてくれるの。スッキリと口の中を潤して、心を落ち着かせてくれてね。『よし、これでまた幸せに浸れるぞ!』って思わせてくれて。おかげさまで、いつまでもいつまでも、極上の時間を堪能できて――」
フウと幸せ吐息をつきながら、彼女はカップに手をかけた。私はしょんぼりと肩を落とすと、遠慮がちに彼女に所望した。
「私もそっちのケーキにすればよかったな……。ねえ、ひとくち味見させて?」
すると、彼女は驚嘆顔で口の中の紅茶を勢い良く飲み下した。そしてカップを持ったまま、不思議そうに言った。
「別にいいけど、何で?」
「いやだって、美味しそうに語るからさ」
「やだなあ。それならあなたも食べたじゃない」
「へ?」
「私、ロコモコ丼の話をしていたんだけど。買い物前に、お昼ご飯で食べた――あのロコモコ丼、あまりにも美味しかったからさ、あなたの『幸せ』って言葉でふと思い出して」
私はぽかんとした表情で目を瞬かせながら、彼女の話を反芻した。――バターと洋酒が香ったのは、グレイビーソース。ふんわりと仕上げたハンバーグは、口の中でほろりと崩れ、肉汁がじゅわっと広がった。白飯はお米が立ってキラキラと光り、たしかに上品な甘さをひっそりと感じた。さらにはソースと肉汁を吸い込んで、幸せを何倍にも膨らませてくれていた。新鮮なトマトに、とろとろ半熟卵。そしてシャキシャキのきゅうり……。
たしかに、彼女は今、ロコモコ丼の話をしていたようだ。でも、彼女が今食しているフルーツケーキもまた、話に合致する要素しか有していなかった。だから私は、彼女が熱を込めて滾々と語っているのはフルーツケーキについてなのだと勘違いしたのだ。飯テロとは、かくも難しく紛らわしいものだったか?
「……美味しさを正確に伝えるって、難しいね」
「そう? とても正しく、お伝えしたと思うんだけど」
私が苦笑いを浮かべると、彼女はニヤリと笑い返してきた。そして彼女は私のケーキへと手を伸ばすと嬉しそうに味見をし、そして今度はチョコレートへの愛を歌い上げ始めたのだった。