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第九話  二日目の夜(2)

 恵美はまた悪夢に襲われていた。何かが体に触れている気がする。昨夜と同じ感覚。目を開けて確かめたいが、開くことができない。手足も全く動かすことはできず、まるで何かに全身を縛られているようだ。体に何かが乗っているような感じもし、息を吸うのも苦しくてたまらない。 

 ――まただ。なにこれ。金縛り? この古民家の幽霊の仕業? 怨霊、妖怪、呪い……


 苦しい夢の中で知っている限りの霊的な言葉が舞い踊り、考えがまとまらない。

「……たすけ……て……ゆう……あぁ!」

 言葉がすりぬけていく。乾いた声は、助けを求める絶叫には程遠い。体が何かでぐるぐると巻かれて絞めあげられているような感覚。首が絞められる。幽霊に殺される……内臓がつぶされる……

「くっ……ゆうじ……たすけて……ゆう……」




「恵美、恵美……」

 ハッ、と気がつくと、また祐二が顔を覗き込んでいた。古家の中の畳に敷かれたふとんの上。今日はいつのまにか素裸にされていた。いつの間に! 一糸もまとわぬ自分の姿に恵美は、あわててタオルケットをひっぱり、首から下を隠した。豆電球に照らされたうす暗い部屋。よく見ると祐二の方も裸だ。祐二は恵美の裸の寝姿をずっと見ていたらしい。自分まで服を脱いで、今から何をする気だったのか……答えのわかっている問いを自分にして、恵美は真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと、祐二! 何やっているのよ」

「だって、俺達結婚したんだろ? 何したっていいじゃないか。ずっとうなされていたから、親切に起こしてやったのに、そんな言い方ないだろう」

 祐二は、自分のふとんに戻り、横になったまま肘で頭を支え恵美の方を見て、いたずらっぽく笑っている。祐二は自分のタオルケットを足元にはねのけていた。全裸の祐二に目のやりどころに困ってしまう。

「祐二のエッチ! 何も人が寝ている隙に脱がさなくてもいいでしょう。下着まで取られていたらびっくりするじゃない」

「おまえが相手してくれないからだよ。俺、夕べ見たおまえの白い姿がちらついて眠れなくてさ。おまえの体をどうしても見たくなって、全部……でもほめてくれよ。おまえを起こさず、そこまでがんばった。絶対に起こさないように、すごく気を遣ったんだぜ。脱がせるの、大変だった。そんな顔をするな。これからだよ。いいことはまだやってない」

「いっ、いいことって……バ、バカッ……」

 何も知らず眠っているうちに、祐二に全部見られて……いよいよ血が上り、汗がドッと噴き出した。

 ――やだっ!

 一気に大汗をかいた恵美は、体を隠しているタオルケットから、暑さのあまり、手足だけ出した。何も身にまとっていない祐二がすぐそこで、自分を凝視している。結婚式を挙げ、夫婦になったと言っても恥ずかしい。それにしても――昼寝をしたくせに、脱がされていても気がつかないほど自分は爆睡していたのか。祐二が触れていたから、おかしな夢を見たのかもしれない。恵美は苦笑し、体を隠したまま祐二と目を合わせた。

「ねえ、祐二、この家、もしかして幽霊とかいるんじゃない? 何か、夜眠ると苦しくって、絞め殺されそうな感じがした。夕べも、今夜もそうだったの。昼寝してもなんともなかったから、夜しか出ないなら、絶対に幽霊だよ。起きて確かめようと思っても、目も開かない。祐二、あたしの目をおさえてなかったよね?」

「はっ、何いってるんだ。俺がおまえの目をおさえて開けなくしたって言うのか? ばかばかしい」

「でも、目を開けたいのに、どうしてもできないんだもん。じゃあ、やっぱり幽霊だ。この家って、幽霊屋敷だから、売りに出されたのかもしれない」

「幽霊なんているわけないだろう。たまたま変な夢を見ただけだ」

「だって、二晩ともだよ。マジで、ここはお墓の跡地だったとか、火葬場だったとかさ、そういういわくつきの土地かもしれない。なんか、寝ていると何かが乗ってくるみたい。手も足も動かなくなった。こういうのを金縛りっていうのかな。そういうの初めてだから、よくわからないけど、祐二は何ともない?」

「俺はそんなものは感じない。たださぁ、かわいい恵美がすぐそこにいると思うとさ、俺はそれだけでもう……狂い死にして、悪霊になって恵美を襲う!」

「キャッ!」

 祐二は恵美のタオルケットを、バッととりあげると、恵美に覆いかぶさり、ところかまわず狂おしく唇を押しつけた。

「恵美……きれいだ……俺の恵美……」

「あ……祐二……」


 祐二……冷たい……唇も……体も……


 肌を合わせて、恵美はただそう思った。山で手をつないでくれた時も、祐二の手はいつも冷たいと感じた。山歩きで大汗をかいている時ですら。どんな時でもひんやりとして、それを指摘すると、低体温だから、と彼は答えた。死者のように体温が全くないわけではないが、かなり平熱が低いのだろう。生まれつきそういう体質なのだという。

 こうして肌を重ねると、そのほどよい冷たさが、火照った体に心地よく、蒸し暑い真夏の夜に身を寄せ合っても苦にならなかった。




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