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第七話  両親の話

 カレーを食べながら、恵美は、きり出した。

「祐二、さっきなんか言いかかっていたよね?」

「ああ、そうだった」

 祐二は、口に含んでいた酒をごくり、と大きく飲みこんだ。

「悪い! 何の話だったか忘れた。明日思い出したら言う」

「あっ、そう。何か言いたそうにしてたからさ、大事な話かと思っちゃった。祐二の顔がまじだったから。まあいいよ。それより、ねえ、祐二、この家さぁ、とっても静かでいいけど、ちょっと怖いから、番犬を飼いたいんだけど、いい?」

「だめだ」

 瞬時にぴしゃりと返された返事。恵美の予想通りの答え。しょぼんと、恵美の声のトーンが下がる。

「たぶん、祐二はそう言うと思った。やっぱりだめだよね……」

 祐二は大の犬嫌いだった。里山を歩いていると、犬を連れている他の登山者に遭遇することがあるが、どういうわけか、祐二はいつも激しく犬に吠えられる。犬を放して登山道を歩いている飼い主もおり、祐二が恵美と一緒の時にも、噛みつかれそうになったことは、一度きりではなかった。

「俺が犬は苦手なの、知っているだろう。俺は、犬から好かれない体質だから」

 祐二は、手に持っているカップ酒を口に運んだ。

「どうしてもだめ?」

 祐二は無言で、ギロリと恵美に視線だけを送った。

「祐二が反対するなら、番犬を飼うのはあきらめる。犬がいる方が安心かなって思ったの。今日さ、ひったくりのニュース見てたらさ、それが隣の町だったから、犯人が逃げて来たらどうしようかと思って……怖くて電話しちゃった」

「だから、電話してきたのか。何の用かと思った。ハハ……こんな貧乏な家、犯人が来ても奪う金もない。犯人もがっかりするだろうな」

「笑い事じゃないよ。あたしだってさ、一応女だからさ、その……お金を取られるだけならいいけど、何かされたら嫌だなって……」

「そんな心配しなくていい。俺が守ってやる。俺はずっと一緒だから」

「今日みたいにいない時だってあるじゃない。この家、ちょっと用心が悪いよ。やっぱり、人がいなさすぎるのも怖いね。山の中では何とも思わなかったけど、ここで生活するとなるとなんか静かすぎて怖い」

「恵美は、ひとりでこの家にいるのが怖いのか? そんな心配はいらない。びっくりすることを教えてやる。この家、実は、そのうちに――」


 ジャカジャカ……


 祐二が何か言いかかっていた時、恵美の携帯電話が鳴った。恵美の母親からの電話だった。しばらく話して、電話を切った恵美は、祐二にうれしそうに話の内容を伝えた。

「母がね、少し生活用品送ってくれたってさ。明日か、明後日にでも着くって。ありがたいよね、親は」

 恵美は明るい顔でそう言ったが、祐二の表情を見て、しまった、と笑顔を引っ込めた。祐二は、いっぺんに不機嫌な顔になり、恵美をチラッと見るたが、すぐに視線をはずした。

「何を送って来るって? なんにもいらないのに」

 祐二は数年前、交通事故で一度に両親とも亡くしており、そういう親の話題は禁句だったことを、恵美はうっかり忘れていた。

「ごめんね……」

「何がだ」

「怒らないでよ」

「俺は怒ってない」

 ぶっきらぼう。怒っているに決まっている。こういう時の祐二は、いつもとりつく島がなかった。兄弟がいない祐二は、両親のことで深い心の傷を負っており、親に関する話題が出ると、たいがいそういう状態になる。

「ごめん。ごめんね……」

「何を謝っている」

 恵美は、結婚式を挙げた今でも、祐二の両親が、どこで事故に遭ったのかということや、そのお墓の場所すらも聞くことができずにいた。祐二の両親は、トラックに轢かれてぺしゃんこになったのだという。

 眉を寄せてしまった、祐二に背を向け、恵美は、携帯メールをチェックした。先ほどの母からの電話の内容がうれしい。 


『必要になりそうな物を詰めて送ったから。ひとつでも使える物があれば――』


 恵美の母親は、そう言った。

 切った携帯電話を抱きしめたくなる。いつもいつも温かい母親。

 

 東京で一人暮らしをしていた恵美の、実家は遠い北海道で牧場経営をしている。両親は年中無休で牛の世話に追われており、恵美の結婚式が終わるとすぐに北海道へ帰ってしまった。この古家の新居にもまだ来たことがない。

 祐二が、貯金をすべてはたいて、恵美の為に家を用意してくれた、ということで、恵美の両親はすっかり安心していた。古家でも、ローンなしで庭付きの家があるなら、若夫婦にとっては好ましいことだ。しかも、相手の祐二には、うっとうしい親兄弟がいない。恵美の両親は、その条件に満足し、結婚を簡単に認めた。両親は、祐二とは電話で話して、人柄を推測しただけで、実際に会ったのは式の日だけ。なにぶんお金がなく、北海道まで挨拶にいけなかった祐二だった。

 結婚が決まった時、恵美の両親は、嫁入り道具や生活用品を、すべてそろえてやる、と言ってくれたが、今月末で海外へ移住する祐二の友達から、全部もらい受けることができるので、恵美はそれを断わっていた。両親としては、娘の新生活を応援したい思いでいっぱいだったに違いない。電話によると、北海道から贈った荷物は、三口の段ボール箱だという。眉をよせている祐二の隣で、恵美は、段ボールに一生懸命あれこれ詰めている両親の姿を思い浮かべ、かすかに口元を弛めていた。


 ――祐二はいらない、って言っているけど、何でももらえるなら、お金のない今はありがたいよね。段ボール三箱もなんて、いったい何が入っているか楽しみ。親からの荷物も来るとなると……


 恵美は、スケジュールを頭の中で組む。

 親からの荷物は、ちょうど家電製品一式がもらえる日と同じか、その翌日にでも届くはずだ。それを全部収めたら、後は、自分のアパートにまとめてある荷物を取りに行く。そこまで考えて、ちらっと祐二の方を見る。あいかわらず唇をへの字に曲げ、ふてくされた顔になっている。

 全く量がわからないのが、祐二の荷物だ。仕事道具があるので、持ってくる都合もあるのだろうが、いつ持って来るとはまだ聞いていない。大変なのは、荷物を入れた後の整理だ。


 恵美は、横でむっつりとカップ酒を飲んでいる祐二の横顔を、もう一度盗み見た。眉間のしわはそのまま。触らぬ神に祟りなし。つまらないことで祟りには遭いたくない。幸い、祐二は単純で、機嫌はすぐ直るからありがたい。

 恵美は、祐二が、先ほど何か言いかかっていたことも気にかかったが、今きいても話してくれるような雰囲気ではなかったので、黙っていた。





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