第三話 留守番
翌朝、前日に買っておいたコンビニのパンで朝食を済ませると、祐二は恵美に家の掃除を言いつけた。
「なんで? ねえ、あたしと一緒に、町へお買いものに行くんじゃなかったの? この家、何にもないんだもん」
「ああ、そのつもりだったけどさ、この汚い家を掃除しないと、自分たちの荷物を運びこむこともできないだろう? 今日は掃除を頼む。俺は町へ行って何か食べる物を買ってくるから。ここはコンビニもないんだからな」
車も持っていない祐二は、遠いバス停まで歩いて行った。とりあえず、食料を買わなければならない。『町』と祐二が言う食品が売っている店がある場所には、バスを使わないと行きつけない。
舗装していないじゃり道を、祐二がザクザクと音を立てながら遠ざかって行くのを見送ると、恵美は、玄関へ入った。玄関は広いが、引き戸になっている扉は、鍵が壊れており、建てつけがとても悪く、思いきり力を入れないと、閉まらない。築何年になるのか、この家が時代遅れな家であることは間違いなかった。
トイレは当然汲み取り式。水道水は、井戸から手動のポンプで汲み上げ。金属製のハンドルを上下させ、水を汲み出す。台所は土間。そこには、前に住んでいた人が残した、というよりも、わざと捨てて行ったと思われる古い鍋や、タガのはずれた、たらいが転がっている。土だらけの漬物石が、ふたつみっつ隅に積み上げられている。台所のふた口のガステーブルだけが、この家での文明の利器。恵美は夕べの悪夢のせいで、寝不足から来る頭痛を引きずりながら、この恐ろしく汚い家の掃除に励んだ。
蝉の声がうるさい。外は夏の日差しが照りつけているが、森に囲まれた純日本家屋のため、エアコンなしでも、家の中は以外と涼しかった。障子を開けておくと、網戸なしの家の中は、風がさわやかに抜けていく。虫は多いが、それさえ我慢すれば、快適に住めるのかもしれない。
隣近所は家がくっついているわけではなく、ずっと離れた遠くに、同じような古家がぽつぽつとあるものの、人が住んでいるかどうかは不明で、どこが一番近いお隣さんなのかわからない。家のすぐ裏は暗い森で、ブナなどの広葉樹の枝が、丸く空に広がっている。こういうのを鎮守の森、と言うのだろうか。家の敷地は広く、その端から、手入れされていない色の濃い自然森が続いている。
祐二が買ったこの古い家。自然が大好きな祐二ならではの選択だと思う。我ながらおもしろい相手と結婚したものだと、恵美は無意識に、掃除しながら鼻歌が出ていた。