第二話 初夜
その夜、恵美は夢を見た。
何かが自分の体を締め付けている。まともに息を吸うことすら難しく、押さえつけられている感覚がずっと続く。
――誰か! 助けて。
胸にかかる重圧。身体のすべてが自由にならず、酸素を求めて必死で首を振る。
――なにこれ。なんなのこれ。金縛り?
目を開けようと瞼に力を込めても、どうしてもできない。
「ゆう……じ……たすけ……」
声になっているのか、いないのか、わからない。悲鳴を上げようとして、かすれた空気が喉を抜けているのが自分でわかる。
「……ゆ……うじ……」
「――み……えみ……大丈夫?」
揺すられて現実に戻った。ようやく目を開くことができた。
「祐二?」
真上から顔を覗き込む祐二の向こうに、古びたしみだらけの天井が目に入った。障子の外はまだ暗い。
ここは新居の古民家だ。そうだった、結婚初夜。スウスウするお腹に、あっ、と気がつくと、いつの間にか、パジャマがまくりあげられ、腹から胸元が露わになっていた。
「ちょっと!」
祐二に体を見下ろされている……恵美はあわてて胸元を隠した。
「もう、祐二、何もしないって言ったのに……」
「おまえの寝顔を見ていたらさ、ちょっといたずらしたくなったんだ。まだ、何もしてない。期待していたのか」
心を見透かされたようで、恥ずかしい。恵美は、ふん、と寝返りをうって、祐二に背を向けた。
「別に。これからずっと一緒なんだから、いつでもできるじゃない」
「まあ、その通りだな。こんなくたびれている今日しなくても、たっぷりといつでも……」
祐二は笑って、自分のふとんに戻った。
「恵美……おまえ、結構色白なんだな。白くて細いきれいな体だ。白蛇じゃないか」
「なっ、何言っているの……」
「ほめてやったのにうれしくないのか。おまえは、山歩きばかりしているから、顔が日焼けして赤っぽいだろう? 服の下に隠されている体は白いんだな……気にいった。またたっぷり楽しもう。おやすみ」
「お……おやすみ」
恵美の顔はカァッと火照ってしまったが、タオルケットで隠した。祐二は背を向けてそれきり口をきかなくなり、眠ってしまったらしい。恵美は悪夢の余韻で、すっかり目が冴えてしまった。
しみがいたるところに浮かぶ天井。小さな豆電球の下で、それは血がにじんでいるように見える。想像は飛び、天井から本物の血が、今にもポトッ、ポトッ、と落ちてきそうで、目をぎゅっと閉じた。
古い家にとりついていた霊が、新しい住人を呪い殺す――題名は忘れたが、そんな映画を昔テレビでやっていたことを思い出した。この家なら、そういうことがあってもおかしくないような気がする。ここにはどんな人が住んでいたのか。どうしてこの家は売りに出され、ここで暮らしていた人たちはどうなったのか。目を開けると、どうしても、しみ天井が見えてしまう。
ここで一家全員が殺されていたりして……それとも墓場の跡に建てられた家だったとか……床下に白骨死体でもありそうな……眠れない真夏の夜の妄想は果てしない。
この家は、猟奇殺人事件の現場かもしれないという考えにとらわれ、恵美は何度も寝返りをうった。
--気にしちゃダメ。今更、引っ越しなんてできないじゃん。お金ないもん。気にしない!
気にしない、気にしない、と念仏のようにつぶやきながら、恵美は目を閉じた。ふとんの冷たい部分を探して、手足を動かしているうちにやっと眠れたが、翌朝起きた時の寝ざめはすっきり爽快気分とはほど遠かった。