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第十六話  追放

 翌日朝、家主だと名乗った白髪の男は、解体業者のトラックを先導し、昨日の軽トラでやってきた。鍵のかかっていない玄関を開けて、中を確かめる。玄関には男女の靴が脱いである。男は眉を寄せた。

「まだいやがるな。警察に通報してやる」

 男は土足で中へ上がりこんだ。

「うわぁ!」

 男の口から、悲鳴が上がった。座敷には二組のふとんが敷かれており、その周りに、女性の下着を含む服が散らかっていたが、人の姿はなく、その代わりふとんの上には、巨大な二匹の蛇が、絡み合っていた。二匹とも、どこの動物園から逃げてきたのかと思えるような、太く長い蛇だった。どちらも、胴体周りは二十センチ以上あるだろう。伸ばした長さは、数メートルはありそうだ。一匹は黒、もう一匹は真っ白だった。どちらにも模様はない。

 家主の大声に、解体業者たちも何事かと、中へ覗きに来て、皆、オワッ、と声を出した。

「これは大変縁起がいい。白蛇だ。神の化身だと伝説があるから、殺さずに逃がしてやろう。どこから入ってきたのか。こんなふとんの上に大蛇がいるとは……」

「しっ、しっ、ほれ、外へ出ていけ」

 家主たちは、外から棒を拾ってきて、二匹の蛇を追い払った。蛇たちは、体をほどくと、畳の上をザアーッ、と音をたててすべり、開け放たれた縁側から庭に下りた。草ぼうぼうの庭を横切って、裏の森へ移動して行く。黒の蛇よりも、ひと回り小さい体の白い蛇が、黒蛇の後を追う。

 家主は、不法侵入者がまだいると思い、家中を調べたが、誰もいなかった。ふとんの近くの畳の上には、真新しい二本の結婚指輪がころがっている。ちゃぶ台の上には、二台の携帯電話もある。恵美の運転免許書や、財布の入ったバックも残されている。家主は、恵美のバックを手に取り、中身を確かめた。

「通報すると脅しておいたから、全部捨てて、慌てて逃げて行ったか。浮浪者め。どうせこのかばんも盗品だろう。まだ逃げたばかりのようだな」

 家主は、恵美たちの遺留品をすべてそこにあった紙袋に詰め込み、家から持ち出した。すぐに、解体作業が始まった。

 バリバリと家が壊される音が響く中、しばらくすると、一台のトラックが家の前で止まった。恵美の両親が北海道から送ってきた荷物が届いたのだった。家主は、ちょうどいい、とつぶやくと、到着した荷物をそのまま送り返すように指示した。そして、送り状に書かれていた恵美の実家の住所宛てに、返送する荷物と共に、遺留品を詰め込んだ袋も着払いの扱いで宅配便屋に渡した。家主は、遺留品をすべてそのまま警察へ渡そうかとも考えたが、何をするかわからない犯罪者には、かかわりあいにならない方が得だと思ったのだ。



 北海道にいる恵美の両親は、送り返されてきた荷物と、別に、もうひとつの荷物に入っていた恵美のバックや、携帯電話と結婚指輪に驚き、数日後、急きょこの古家を訪ねてきたが、そこはすっかり更地になっていた。恵美と祐二からは何の連絡もなく、警察に相談しても、らちが明かないので、恵美の両親は、興信所に調査を依頼した。

 二週間ほど経過し、届いた興信所からの報告に、恵美の両親は、言葉を失った。祐二の会社は存在すらせず、結婚式に来ていた祐二の招待客は雇われ人ばかり。古家は祐二のものでなく、他人の名義。不法侵入し、家主にみつかり二人とも逃走。婚姻届けは未提出。祐二の戸籍は確認できず、森神祐二という名はおそらく偽名。祐二の本籍だと知らされていた住所の戸籍には、確かに森神祐二の名があったが、その男はすでに死亡。

 興信所は、その死んだ『森神祐二』についても調べてくれたが、『森神祐二』は、数年前に、あの辺りの山で遭難死した、五十五歳の男で、遺体は遭難後すぐに発見され、身内に引き取られたらしい。恵美と一緒にいた『祐二』は、山で亡くなった『森神祐二』の住所と名を語る別人。残された結婚写真の『祐二』はどう見ても二十代。童顔だったとしても、五十五歳の『森神祐二』ではないと明らかにわかる。

 

 恵美は、どこの誰ともわからない男と蒸発。現在の居場所は不明。


 あまりの調査結果に、恵美の両親は、とんでもない男にひっかかってしまった最愛の娘の不運に涙した。その後、恵美と祐二がどこへ行ってしまったのか、両親は生涯知ることはできなかった。



   ◇◇◇



 古家を追われた恵美と祐二は、森の中から、家の解体が始まったのを見ていた。人の姿ではない。バキバキ……メリメリ……重機の破壊音が静かな山里に響く。地面が揺れ、建物が簡単に引き裂かれていく。 壊れされていく……バラバラになりどんどんその姿を変えて……祐二を愛していた恵美の心も一緒に。汚く古くても恵美にとっては、幸せの夢を託した家だった。

 恵美の目は潤んだ。

「恵美、いつまでも見ていても仕方がない。あれは俺の家じゃなかったんだ。俺の隠れ家へ行こう。いつもの滝の近くだから、ついて来い」

 祐二の声が語りかけてくる。恵美は静かに首を横に振った。

「あたし、祐二の奥さんになんかならない。これは普通の蛇じゃないよね。人間の姿になれるなら、あたしは人間として暮らす。もう、祐二には会わない。この山にも来ない」

「恵美……」

 祐二は、何でだ? という顔をした。

「あたしたち、もう終わりだよ。あたし、祐二のやったことはどうしても納得がいかない。祐二は人殺しだよね。お金をひったくって、自転車の女の人を殺したんでしょう? どうなのよ、そうなんでしょう?」

「……確かに俺がやった。俺は、どうしてもおまえと……おまえとなら――」

 恵美は最後まで言わせず、祐二に背を向け、早口で一気に言葉をぶつけた。

「もういい! あたしの為とか言ったって、あたしはそんなことして欲しいなんて、頼んでいないし、祐二がそこまでやるとは思ってもいなかったし、祐二のやったことは消せない。被害者の女の人、死んじゃったんだよ。どうやったって、償えない。あたしは祐二とは暮らさないから。さよなら!」

 恵美は茂みの中から、舗装していない道へ飛び出した。

「おいっ、恵美、待て! 明るく何もない所へその姿で出るな」

「放っておいてよ。もうついて来ないでね。あたしたち、終わったんだから」

「恵美、待てって! 危ない!」

 次の瞬間、突然、恵美の上に黒い影が現われた。

「きゃあぁぁ!」

「恵美、さっさと隠れろ」

「祐二! 血が!」

「逃げろ、恵美! 早く!」





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