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第十一話  訪問者(2)

「えっ?」

 思わず、大きく目を開いて男の顔を凝視した。何を言われているのかわからない。

 またドッキリシリーズ? 冗談にしては、これは……

 恵美は、テレビのいたずら企画ですか、と聞きそうになったが、男の強面に言葉を止めた。白髪の男は眉を寄せ、目付きはギロリとして猛禽類のように鋭い。明らかに怒っている顔をしているが、狂人には見えない。

「今日、電力会社から連絡があった。私の家の名義人が変わっているから、電気代の精算をどうのこうのと。この家は明日からでも取り壊すつもりだった。そのつもりで手配してあったのに、いったいどういうことですか」

「えっ、あの……私は、主人がここを買ったから、住んでいるのですが……」

 男は眉間のしわをさらに深めた。口元もつりあがっている。

「私は売ったつもりはない。あなた方は無断侵入者だろう。勝手に入り込んで人の家を使っているな」

 男は怒りを抑えるように低い声でそう言った。突然現れて突き付けられた言いがかりに、恵美はのけぞりそうになったが、負けじと言い返した。

「そ、そんな、違います。主人はこの家を買うために全財産をはたいてくれたんです。無断侵入者だなんて酷いです」

 男の目元がピクリと動いた。男はチッと口の中で舌打ちする音を立て、恵美を威嚇するように一歩前に出た。


 ――殴られる!


 恵美は体を固くして身がまえたが、男は何もしてこなかった。

「んん? ここが自分たちの家だと? それなら権利書を見せてください。買ったと言うなら、あるはずだ」

「それは主人が持っていると思いますが、主人は出かけているので、どこにあるか私ではわかりません」

「だんなが持っているわけがない。ここは私の家だ」

 恵美は泣きたくなってきた。白髪の男は、初対面の愛想笑いもなく、恵美を睨みつけている。自分が何をしたというのか。何がいけないのか。夫が用意した家に住み始めたところなのに……

 恵美が返す言葉もなく、喉を詰まらせていても、男は容赦なく冷たく言った。

「権利書がないなら出て行ってもらいます。もう一度言うが、ここは私の家だ。私も今はこの場に権利書は持って来ていないが、家にあるから明日持ってきて見せます。ここが誰の家かってことはそれで明らかだ」

「ちょっと待ってください。主人に連絡してみます」

 恵美は、男を玄関先に待たせておき、中に入って自分の携帯電話から、祐二の会社の番号へかけた。恵美からの連絡は、いつも祐二の携帯へしているので、祐二の会社に直接連絡するのはこれが初めてだ。電話に出た声に、恵美は凍りついた。

「この番号はただいま使われておりません。番号をお確かめになり――」

 機械の女声が、携帯電話の小さい穴から漏れた。

「これ……番号違ってる……」

 落胆を隠し、恵美は玄関へ戻った。男はおとなしく待っていた。しかし、顔は怖いままだ。

「すみません、主人は、今日は携帯電話を忘れて行ってしまって、ちょっと連絡が取れませんでした」

 恵美は精一杯頭をさげた。男は、そうだろうな、と冷笑した。

「うまい言い訳を考えたな。どうせ、だんなにそういうふうに嘘をつけと言われているだろう」

「いいえ! そんな! 違います」

 思わず大きな声になる。こめかみから首に向かって汗が流れるのを感じる。

 ――嘘じゃない、あたしは嘘なんかついていない!

 恵美は、勇気を奮い立たせ、この失礼極まりない男をキッと睨み返した。恵美の尖った視線にも、男は顔色一つ変えない。

「フン、絶対にあなたのだんなが権利書なんか持っているはずはない。今日は見逃してやるから、明日の朝までには必ず出て行ってくれ。明日、取り壊しが始まる時にいたら、警察に通報してやる」

 白髪の男はそう言い捨てると、軽トラで帰って行った。

「通報って……ちょっとぉ……何なのよ、あのおじさん。祐二、早く帰って来て……」

 

 男の軽トラが見えなくなると、恵美は、ガクガクするひざで這いながら、祐二の携帯電話の前にたどりついた。手の震えがなかなか止まらない。手だけでなく、唇も。銀白のゲレンデに薄着で放り出されたように、歯の根が合わなかった。

「祐二……怖かったよぉ……」

 潤んだ目でぼんやりと祐二の銀色の携帯電話を眺めた。それは早く取ってくれとばかりに、着信があったことを知らせ続けている。この携帯電話は恵美がプレゼントしたものだった。知り合った頃の祐二は、今時珍しい携帯電話を持たない人だったので、恵美が連絡用に、自分の物とお揃いで買って渡し、電話代は恵美が払っていた。

 恵美は充電の終わっている祐二の携帯のコードを抜いて、アドレス帳の画面を開いた。

「祐二、ごめん、ちょっと勝手に携帯見るよ」

 恵美の携帯に登録されていた、祐二の会社の電話番号が間違っている、となれば、祐二の携帯から会社へ連絡するしかない。 

「あれっ?」

 思わず瞬きする。アドレス帳に登録されているのは、恵美の名、ただ一つだけだった。






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