第1話
オレは、草薙はやと。
勉強、運動、顔面偏差値、全て中の下。
ごくごくごく普通の高校2年生。
今日も、いつも通り7時半に起きる。
昨夜も遅くまでゲームをしてたせいで体がだるい。
仮病で休むのは簡単だけど、不登校児童と思われたくないからしぶしぶ学校に行く。
これもいつも通りだ。
とはいっても、あと10分で遅刻だ。オレはチャリをこぐ足に力をこめる。
本日4つめの信号無視だ。
でもしかたない。
そして5つめの信号を無視して、道路をつっきる... 。
ふいにオレの目にトラックがあった。次にあったのは闇だった。
きがつけばオレは、おおきな通りのはしっこにうずくまっていた。
かおをあげると、さっきの道路とはあきらかにちがう。
はしっているのは、トラック…じゃない、牛だ。牛がきらびやかな、御車を引っ張っていた。
まわりをあるいている人々の格好は、着物を着て、あたまにリーゼントのようなぼうしをかぶった男や、下着どうぜんのうすよごれた服を着た男女もいた。
学校の制服を着ていたおれはまわりからじろじろとみられた。
オレは死んで異世界にきたのか。直感的にそうかんじた。
あまりに突然の出来事でオレはどうしていいのかわからなかった。
きがつけば、足がおのずと前にでていた。
「おおおい、あぶねえぞおお」
うしろで声がきこえたときには、オレのからだは、牛車につきとばされ、宙になげだされた。
その感じが妙にきもちよかった。
そして、オレは黒い雨のふる無限の闇のなかをさまよった。
永遠とおもえた時間のあと、オレはとびおきた。
「はぁ…はぁ…」
正常に息がでず、全身が汗びっしょりとぬれていた。
「だいしょうぶ?」
やさしい声がきこえた。
ふりむくと、オレの目に美しい少女がうつった。
「はぁ…はぁ…」
次の瞬間、オレはその少女のむねにだきついていた。そして大声で泣いた。
こんなにないたのは、幼ないとき以来だった。
少女からはすこしおどろいた顔をしたが、だまってオレのあたまをなでてくれた。
とても長いあいだないたあと、オレは自然と少女のひざのうえで長いねむりにおちた。
おだやかなねむりだった。
ふたたびおきたときは、ゆうがただった。
あたまはやわらかい物のうえにのっていて、きもちよかった。
すこしあいた木の開き戸からそとの様子がみえた。
「きれいなゆうやけだ」
自然と口からもれた。
「そうだね」
オレはまたもやとびおきた。
そこには、さきほどの少女がいた。
「からだは具合はどう?」
「い、い、良い…」
オレはずっと少女のひざのうえでねていた、きまずさと、もうしわけなさで、ぶっきらぼうにこたえてしまった。
「よかった」
少女は目をとじて、しんそこ安心したようだった。
あらためてみると、少女はかなりきれいでかわいかった。
背丈はオレより少し低いくらいだろうか。
髪は肩よりすこしみじかいくらいで、藍色のぬ布きれで、ひとつにたばねていた。
下は藍色、上は白の着物を着て、巫女のようないでたちだった。
すごい美少女だ。同時に自分とは到底つりあわないとおもった。
「えっと…」
少女が顔をあからめて、すこし困ったように、オレのほうをみていた。
オレはずいぶんながいあいだ少女のことをみつめていたらしい。
「おなか…すいてる?」
少女はためらいがちにオレに聞いた。
たずねられると、ふしぎとはらがへってきた。
オレがうなずくと、すぐにおかゆをもってきてくれた。
すこしきいろがかっていたが、それは玄米の色だった。
オレは相当はらがへっていたのか、いっきにおかゆをかきこんだ。
少女はオレがたべるのをじっとみていた。
「あんた、いきてたんかあ」
ふいに大声がしてオレは空になったおわんをおっことしそうになった。
ふりかえると中年のうすよごれた着物をきた男が、開き戸からのぞいていた。
「おまえさん、わしがさけんでもとまらなくてのう。しっかし、牛にけとばされて生きてるなんて運のいいお方だ」
男はいっきにまくしたてた。
「あなたをここまではこんでくれた人よ」
オレがきょとんとしていると少女がおしえてくれた。
オレはだんだん事情がのみこめてきた。
「あの…ありがとうございます」
「礼ならやえちゃんにいってくれ。やえちゃんはお前さんのことを三日三晩やすまず看病してくれたんだからの」
それだけいって男はさっていった。ふたたび少女と二人になった。
三日三晩ときいて、オレは胃がでんぐり返る想いだった。
「ありがとう」
自然と口にでたことばだった。
少女の顔はみるみるあかくなっていった。
「ど、どういたしまして」
てれる少女もかわいかった。
「わたしのなまえはやえ。よろしく…」
てれかくしをするように、やえはいった。
「おれは、はやと。こちらこそよろしく」
「そっか、はやと君ていうんだ」
「ところでやえ、ここはどこなんだ」
「ここは、はなさめ神社、わたしが神主をしているの」
「ひとりで?」
「むかしは母さんが神主をしていたんだけど、数年前、病でなくなってからはわたしが神職をひきついだの」
オレはあわてて、ごめん、といった。
「ううん。あやまらないで。もうこころの整理はついてるから」
「そっか。それでおかしなこときくんだけど、いまはいつなの?」
やえはちょっとふしぎそうな顔をした。
「いまは文治元年の二月三日だけど…」
「文治元年(西暦1185年)!?」