第10話
翌朝、リオンは遠慮がちに言った。
『ラヴィ、本当に水だけでいいの?』
『いいって。しつこいな。リオンはスライムのこと知らな過ぎだぞ?』
食堂で俺は水を、リオンは例による粗末なスープとパンと生野菜を食べた。今日のスープは具は殆どなく、申し訳程度の掻き卵が入っていた。外食派の生徒達も朝から外食に行くのは億劫なのか食堂には結構人が入っている。
俺は水を取りこんでリオンに今日の予定を告げる。
『今日はまずブツを換金しに行く。リオンじゃ多分足元を見られるだろうが、上手く交渉してくれ。』
『任せて。そういうのは得意。』
リオンは楽しそうに笑った。
パンと掻き卵のスープと生野菜を食べ終わると、2人で出かけた。まずは商人のところだ。「買い取ってもらいたい物がある」と言ったら怪訝そうな顔をされたが。会うだけ会ってくれるらしい。ブツを見せると商人が仰天した。
「お客様はどこでこれを…?」
「ゴブリンが持ってたんだ。倒したら討伐者の所有になるんでしょ?」
にこやかに答えた。それから値段交渉。案の定足元を見られたが、リオンの『そういうのは得意』は嘘じゃないらしい。商人が半泣きになるまで値をつり上げて売った。流石商家の5男坊だな。テイマーじゃなくて商人になった方が良いような気さえする。
「高く売れたよ。」
『良かったな。だがそれだけの現金を持ち歩くのは心配だな。銀行みたいにどこかに預けられるか?でなきゃ俺がまた収納しておくけど。』
『銀行…ってのはよくわからないけどアンフィルガーっていう預金できる場所があるよ。口座は複数持てて、他の口座に入金したりもできる。でも手数料がすごく高い。簡単な預金だけなら冒険者ギルドに預けられるよ。ギルドカードを持ってればその都度下ろせるし。』
『じゃあ、必要な分は手元に置いて残りは預金しちまった方が良いな。』
『そうだね。』
冒険者ギルドに行き、ギルドに大金を預金した。受付嬢さんは目を丸くしていたけど、そこはプロで、騒ぎ立てることなく預金してくれた。
『じゃあ、次は服を買いに行こう。少なくとも4セットは欲しい。新品とは言わないが、それなりに見栄えのする物を。』
『そんなに必要かな?』
『リオンの持ち服は2セットって言うのが異常なんだからな?4セットでも少ないくらいだぞ。』
中古の服飾店に行く。リオンはお金に余裕さえあれば趣味はいいらしく、中々お洒落な服を4セット選んで購入していた。全く。貧乏は敵だな。
いい時間になっているのでレストランで昼食を取ることになった。『青い鳥亭』という店だ。流行っているのか割と沢山人が入ってるっぽい。
『ここの食事は安くて美味しいって評判なんだ。ラヴィも何か食べる?』
『いらない。水は貰って欲しいが。』
リオンはウサギ肉の香草焼きとサラダとポタージュスープとパンを食べるようだ。旨そうだし量もたっぷりしている。これで安いなら確かに流行るだろうな。俺は水を飲み干して食事するリオンを眺めた。
『次はどうする?』
『雑貨屋。リオンは新しい歯ブラシを買った方が良い。石鹸も欲しいしな。』
『石鹸?』
リオンは訝しげな顔だ。
『この街にはお風呂に入れる施設はないのか?』
『湯屋があるけど……僕汚い?』
『汚い。』
即答するとリオンががくっと項垂れた。
垢まみれってことはないが、俺の嗅覚にはリオンの強い体臭が感じられる。森狼もこれならさぞや簡単に獲物を見つけられた事だろう。因みに【超嗅覚】はパッシブでなくてアクティブなのである程度加減できる。そりゃあ俺だって美女の芳しい香りを嗅ぐのは吝かではないが、加齢臭漂うおっさんの香りを【超嗅覚】で嗅ぎ取るのは御免蒙りたいところである。そんな変態ではないのだ。
食後、雑貨屋へ行き、馬毛の歯ブラシと、手ぬぐいと、櫛と、鏡と、石鹸と、鍋と、フライパンと、フライ返しと、お玉と、ボウルと、皿と、ナイフと、フォークと、スプーンと、弁当箱を購入した。髪用石鹸なる物もあったのでそれも購入させた。信じられない事にリオンは櫛も鏡も持っていなかったのだ!鏡を覗き込んで気付いたのだが、スライムの頭頂部付近に赤い花のような模様が入っている。以前湖で見たときはこんな模様入っていなかったと思うが…
『リオン。この花みたいな模様って何だと思う?』
『それは従魔の証だよ。従魔にはみんなマークが入るんだ。見える所につけておくのが義務なんだよ。そのマークで従魔と野生の魔物とを区別しているから。マークは人それぞれ違って、それが僕のマーク。気に入らない?』
『いや、いいマークだと思うよ。』
湯屋に行ったが、当然従魔は中に入れない。湯屋の外で待つ。道行く人に物珍しそうに見られるが、従魔のマークが入っているので「街中に魔物があ!!」みたいな騒ぎにはならない。リオンには念入りに洗え、と指示を出しておいたので多分時間がかかるだろう。時折湯上りのお姉さんたちに「きゃあ。可愛いスライム~」と撫でられるのが微妙に心臓に悪い。前世からある女性への苦手意識はやはりなかなか抜けないものだな。
長いこと待って湯屋から出てきたリオンは中々愛らしく見えた。ほのかに漂う石鹸の匂いも好ましい。薄茶の髪もつやつやしている。
『次はどうする?』
『市場で食料を購入しよう。』
『明日から自炊かあ。』
『料理に自信がないか?』
『そんなことないよ。』
市場へ行って肉やら野菜やら調味料やらを購入した。大荷物になってしまったので途中でこっそり収納してやった。パン屋でパンを買うのも忘れない。散々散財してリオンはちょっぴりお財布が心配そうだ。そんなに心配しなくてもお金が無くなったら適当な魔物を狩ってくるのに。
『他に何かある?』
『もう用事はないな。』
『じゃギルドで何か簡単な依頼を受けていこうか。』
ギルドのクエストボードでリオンは依頼を吟味している。
「これにしよう。」
リオンが受けた依頼は街に住むお婆さんの話し相手だった。お婆さんは少し足を悪くしていて、家で退屈しているらしい。
「お婆ちゃん、こんにちは。ギルドから依頼を受けてきた冒険者のリオンです。」
「おや、随分可愛い子が来たねえ。そっちはスライムかい?まあ、中へおはいり。二人ともゆっくりくつろぐと良いよ。」
お婆ちゃんは話し相手を欲するのも頷ける程話し好きだった。
「テイマーが役立たずなんてとんでもない話さ。弱い魔物でも一から育てていけば強くなるし、強く育った魔物を使って別の魔物をティムできるんだからね。」
なろほど。リオンは弱いが、俺が戦って相手を屈服させれば、そいつがリオンの従魔になる訳か。
『ティムした魔物同士は会話できるのか?』
『そんな話は聞かないね。テイマーとティムした魔物は意思の疎通が出来るみたいだけど。』
『じゃあ、お婆さんにこの辺に生息する知能の高い魔物について尋ねてみてくれ。』
俺はリオンにティムさせる魔物は何が良いか考えた。俺自身が会話できないのはつまらないので【念話】が通じる知能の高い魔物に限る。
「お婆さん、この地域周辺に住む魔物で知能が高いのって言ったら何がいるかな?」
「なんだい?お前さんティムするつもりかい?やめときな。あいつらは恐ろしく頭が良いからね。」
「あいつらって?」
「アラクネさ。カザミ街道から西に少し行ったところが奴らの住処さ。糸を使った攻撃が得意でね。罠なんかも張る魔物だね。顔が美しいから売ろうってやつらが一時期騒いだこともあったがね。奴らが手強いんで諦めたのさ。」
「そうなんですか。」
中々手強そうだな。果たしてちょっと魔法が使えるスライムごときが相手にしていい相手なんだろうか…もう少し魔法に慣れるまで保留だな。うーん、リオンのためを考えるなら知能が低くても強い魔物、もしくは有用な魔物を捕まえた方が良いのかもしれんが。
「お前さんがティムするならウェザーバードなんてどうだい?見た目は綺麗だし、飛ぶ早さは折り紙つきさ。割と賢いし、すごく強い訳でもない。一匹ぐらい飛べる魔物を従えておけば遠方と手紙のやり取りなんかもできるよ。」
「それはいいなあ。どの辺に生息してるんですか?」
「あいつらは普段は南方に生息してるんだが、夏になるとキャラハ森の中の湖にやってくるね。湖に住むディラって言う魚が目当てさ。とにかく好物みたいでね。」
リオン曰く今は春の終わりらしい。はっきりしない地域もあるが一応四季があるとの話。キャラハの森って言うのは俺が住んでた森のことらしい。
「湖って魔物が立ち入らないんじゃなかったですっけ?」
そうそう。俺はあの湖にずっといたけど他の魔物なんて見たことなかったし。
「ウェザーバードだけは特別さ。」
お婆さんの話は中々為になった。あとは末の息子がもうすぐお嫁さんを貰うんだがそのお嫁さんと2番目の娘の折り合いが悪くて困るとか、最近の流行はよくわからなくて孫にプレゼントをあげるのも一苦労だとか他愛ない話をした。
少し早い夕食をご馳走になって、ギルドに依頼の達成報告をした。
とりあえず取るべきなのはウェザーバードか。空を飛んでる相手に有効な魔法なんてあっただろうか。しかも殺さずに捕えないと意味ないし。面倒臭い問題だ。




